宴席と情報収集 1

 ――コクホウ城(と、いう名前らしい)。


 外観からは無骨な石造りの城塞としか思えなかったこの建築物であるが、そこはやはり、お館様を始めとする当主一族や、それに仕える大勢の家臣が暮らす家でもあるということだろう。

 内部には、暮らしを豊かにするための様々な工夫が施されているようであり、例えば、俺が通されたこの孔雀の間という宴会場らしき広間も、畳が敷かれ、石造りの壁には金糸で刺繍されたきらびやかな布が張られ……という具合だ。

 結果、肌で感じられる空気も明らかに温度が異なっていた。


 コールドスリープ刑へ処されるにあたり着用していたパイロットスーツの手首をいじれば、ホログラフィック表示により様々な情報が記されるわけだが……。

 12時34分現在、外の気温は14度と、10月後半と思えぬ涼やかな……というかやや寒い気温だった。

 俺が知る10月というのは、平均気温20度マークが当たり前だからな。記録に残されている秋とやらが復活したかのような気候だ。

 対して、ここの室温は17度ほど。たかが3度の差であっても、肌で感じられる空気は段違いである。

 もっとも、いざとなれば宇宙空間にも対応可能なこのスーツを着ていれば、南極に放り込まれても生存可能だがな……メットさえあれば。


 さて、この広間に集っている人数は、おおよそ200人といったところか。

 別に聞いたわけじゃないが、どうやら、厳選に厳選を重ねたらしき面子のようだ。

 皆一様に戦支度姿で、中には、返り血が鎧に付いている者も存在した。


 そして、俺が知っている宴会というのは、いわゆるビュッフェ形式とか立食形式とか呼ばれる類のものであるわけだが……。

 これは、古い日本式と言えばいいんだろうか? 座布団の上にあぐらをかき、着座した各員の前へ膳が運び込まれるスタイルである。

 膳の上でメインを張っているのは、いかにも香ばしそうな炙り焼きとなった薄切りの牛肉。

 これは、皿の隅にわさびが添えられており、肉自体にも金箔が散らされていた。

 その他、たけのこの煮付けやしいたけの天ぷらなど、いかにも和の献立といった感じの顔ぶれが並んでいる。


 ならば、飲み物も日本酒なのかといえば、そうではない。

 着座した皆さんには、召使い然とした――というか召使いなのだろう――簡素な装いの人たちが、陶器製のコップへビールを注いでいた。


 そう、着座した皆さんに対してである。

 俺の前に置かれたコップは、今のところ乾いていらっしゃる。

 まあ、ビールを注がれた人たちもまだ飲んでないので、乾杯前の準備といったところなのだろうが。


 さて、俺がそのように集まった皆さんを観察できているのは、他でもない……上座に座らされているからであった。

 あぐらをかいた状態で、並んでいる皆さんを睥睨できる位置だ。

 俺の右側には、空いている座布団と膳が二セット並んでおり、もう二人ほど、位の高い者が遅れて現れるのだと予想できる。

 というか、城へ着くなり女官っぽい人らと姿を消したお姫様と、その父親――お館様とやらだろう。


 さて……。

 どうしてこんなことになったのか、語るべきだろうな。

 と、言っても、原因は簡単。

 俺が、飯を食いたいと言ったのだ。

 より正確に言うと、眼前のお姫様や、防壁守備の兵士たちが俺のパイロットスーツと……それ以上に、この耳へ注目していることをじっくり観察した後、こう言ったのである。


「厚かましい願いだとは思うが、食事を恵んで頂くことはできないだろうか?

 当方は、それだけの働きをしたと自負している」


 これに対し、お姫様が見せた反応は劇的だった。


「――誰ぞ!

 この方が乗る馬の用意を!

 それから、伝令は城に走ってこの状況を伝え、歓待の宴を用意するように申し伝えよ!」


 細く華奢な体から発したとは思えぬ豊かな声で、防壁に告げたのである。

 それから、兵隊や家臣の皆さんは、彼女の命令を叶えるために動き……。

 俺は、慣れない馬に乗せられ……手綱を引いてもらって城に入り、この広間へ通され今に至っていた。


 これもまた、ひとつの交渉。

 まずは要求してみて、駄目なら別の手を考えようという腹だったが、ひとまず、飯は食わせてもらえるみたいだな。

 問題は、今後も食わせてもらえるか、どうか。

 俺は、この分からんだらけな世界で、食いつながねばならないのである。


 だからきっと、これから行われるだろう宴も――交渉の舞台。

 俺は、やや緊張しつつ……動物園のパンダみたいに注目を浴びながら、交渉相手の登場を待ちわびていた。


「お館様と、サクヤ様のおなーりー!」


 そうしていると、家臣の方が、広間中に響き渡る声で告げたのである。

 ……なるほど、多分、サクヤっていうのがあのお姫様の名前だな。

 俺は早速、そう胸に刻み込んだ。

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