第5話 仕掛けられた夜

 琴音の家での勉強会は、初日を終え、二日目に入った。初日の戸惑いを引きずりながらも、竜馬は凛の真剣な横顔を見るたびに、自分も集中しなければと気を引き締めた。しかし、琴音はそんな竜馬の努力を嘲笑うかのように、巧みに場の空気を操り始めた。


 昼間の勉強は、比較的穏やかに進んだ。琴音は時折、わざとらしく難しい問題でつまずいてみせ、竜馬や凛に解説を求める。竜馬が熱心に教え、凛が真剣に耳を傾ける姿を、琴音は満足げな笑みを浮かべて見つめていた。その視線の奥には、何かを企むような光が宿っている。


 夕食は、琴音が手早く作った簡単なもので済ませた。食事中も、琴音はさりげなく恋愛の話題を振ってくる。

 「ねえ、竜馬くんってさ、好きなタイプとかいるの?」

 琴音の直球な質問に、竜馬は思わずむせた。隣の凛も、少し驚いたように竜馬を見た。

 「え、いや、別に……」

 「もー、そういうのってつまんないよ! 凛ちゃんは?」

 琴音はすぐに凛に話を振った。凛は少し頬を染めながら、「私は、真面目で優しい人がいいな……」と小さく答えた。その言葉に、竜馬の胸が微かに高鳴る。


 食事が終わり、片付けを終えると、琴音は「ちょっと休憩がてら、映画でも見ない?」と提案した。

 「最近、友達がすごく面白いって言ってたドラマがあるんだけど、これ見ようよ!」

 琴音はそう言って、リビングのテレビに繋がれたレコーダーを操作し始めた。流れてきたのは、人気のある恋愛ドラマだった。だが、その内容は、琴音が選んだだけあって、かなり性的な描写を匂わせるものが含まれていた。

 主人公の男女が、最初は反発し合いながらも、徐々に惹かれ合っていく過程が描かれている。そして、二人の関係が深まるにつれて、キスシーンや、肌の露出を伴うベッドシーンが、遠回しに、しかし確実に示唆されていく。


 竜馬は画面から目を離せなかった。主人公の男が、女の髪を撫で、首筋にキスを落とすシーン。女が陶酔したように目を閉じ、喘ぎ声ともつかない息を漏らす場面。直接的な性行為の描写はないものの、その前後の空気感や、登場人物たちの表情、吐息、そして肌の触れ合い方から、濃厚な性的な興奮が伝わってくる。

 隣で凛は、ドラマの内容に集中しているようで、特に動揺している様子はない。だが、その表情は真剣そのもので、時折、頬を赤らめているようにも見えた。琴音は、そんな二人の様子を交互に見て、満足げに微笑んでいる。


 ドラマが進むにつれて、部屋の空気は重く、そして甘く変化していった。琴音が焚いたアロマの香りが、ドラマの官能的な雰囲気をさらに増幅させる。竜馬の意識は、ドラマの登場人物たちの感情と、琴音の意図、そして隣の凛の存在の間で揺れ動いていた。

 ドラマのクライマックス。主人公の男女が、ついに互いの想いを爆発させ、激しく抱き合うシーン。服を脱ぎ捨て、肌を露わにする二人の姿は、直接的な描写がなくとも、その後の展開を雄弁に物語っていた。


 ドラマが終わり、テレビ画面が暗転すると、部屋には沈黙が訪れた。

 「ねえ、どうだった? 面白かったでしょ?」

 琴音が明るい声で尋ねた。

 凛は少し考え込むようにしてから、「うん、面白かったけど……なんだか、ドキドキしちゃった」と素直な感想を述べた。

 琴音は竜馬に視線を向けた。

 「竜馬くんは? どう思った?」

 竜馬は、自分の心臓の音がうるさいほどに響いているのを感じた。琴音の意図は明白だ。このドラマを見せることで、自分と凛の性的な意識を刺激しようとしている。

 「……すごく、引き込まれた。なんか、気持ちが、伝わってくるような……」

 竜馬は、精一杯平静を装って答えた。その言葉の裏には、ドラマの官能的な描写に刺激され、自身の身体が熱を帯び始めているという、隠しきれない事実があった。

 琴音は、竜馬の答えに満足したように、にこりと微笑んだ。その笑みは、まるで「計画通り」とでも言っているかのようだった。


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