15 ガキ大将と天使
仲良く遊んでる姿をチラ見たら速攻で引き返そう!
ニーヴェルたちが曲がった角を曲がる。が、どこにも子供たちの集団は見えない。辺りを見回しながら小走りで進んでいると、雑踏の音に混じって何処からともなくかんかんかん、と木を叩く音とが聞こえ、足を止めて耳を澄ませる。声は人の多い通りを外れ、細道の向こう側から聞こえているようだ。
辿り着いた先は広場だった。いや、広場というほどの広さはない。公営団地の余った箇所で作ったような猫の額ほどの公園みたいな所だ。そこに、ニーヴェルと子供たちはいた。積まれていた木箱の陰に隠れて様子を見る。
興じているのは矢張りチャンバラごっこだ。自分の持ち物なのか、ニーヴェルが持ってるのは木剣で、子供の持ってる木の棒を打っている。
なんだ、やっぱり仲良く遊んでるのか……よかった……。
ほっと胸を撫で下ろし、元来た道を引き返そうとした時だった。
「……な……!?」
押せ押せのニーヴェルの攻撃で、防戦一方だった相手の少年がバランスを崩し、尻もちをついた。持っていた棒も地面に転がる。
だがニーヴェルはそんな少年に構うことなく、木剣をあちこちに叩き付けていく。
子供が「痛い! 止めて!」と泣き叫んでも止まらない……周りの子供はなんで止めないの!? チャンバラごっこの域越えてただの暴力じゃん!! 何やってんだニーヴェル!?
突然の出来事に私が固まっていると、気が済んだのか、ニーヴェルは手を止めた。木剣を肩に乗せる。
「ふん! 口ほどにもないな!」
そう高らかに声を上げて嘲笑う姿は、クールなイケメン騎士の面影はどこにもなかった……。
ニーヴェルって、ゲームでは騎士道精神溢れ、弱きを助け強きを挫く系の騎士だったんよ。例え敵であろうと、『倒れた相手に剣を振るうのは騎士道に反する。立て』と正々堂々と勝負する。
そのイメージと今見た光景との食い違いにゲームイメージがガラガラと崩れ、頭の中が真っ白になっている。
「邪魔だ! 負け犬はさっさと消えろ!」
体を小さくして頭を抱えてグズグズと泣いている少年に蹴りを一発。少年はヨロヨロと起き上がり、四つん這いで他の子供たちの元に這っていく。
よく見たら、そこにいる子供たちも全員お通夜状態で、けして仲良く遊んでいる子供たちという雰囲気ではない。
「……まるでジ○イアンのリサイタルみたい……」
ニーヴェルの男爵令息時代って、こんなジャイ○ンみたいなクソガキだったのか……。なんかショック……。
あ、だからゲームで『昔のことはあまり思い出したくない』とかぼかしてたんだな〜。
きっとアマーリエという自分以上の性悪を目の当たりにして、自分自身の行いを反省し、あそこまで高潔な人になったんだろうな〜。納得。
「よし、次はそこのお前だ! 来い!」
「ひっ!」
木剣を向けられたのは、子供たちの中でも一番チビでヒョロい子だ。ビクウッ! と全身を跳ねらせて、泣きそうな顔で助けを求めるように周りを見渡すが、目を逸らされていた。いや、っていうか一対多じゃん。全員でボコれ。
「何をしている! さっさと前へ出ろノロマ!」
「ひいっ! ご、ごめんなさい……!!」
ニーヴェルが木剣の先で地面を突きながら怒鳴った。哀れ、少年はまるで生まれたての子鹿のような足取りで前に出る。
「何をしてる! さっさと構えろ! ……ははははは! なんだ、そのヘナチョコな構え! お前、剣の使い方も知らないのかっ!? 流石平民だなぁ!」
「だ、だってボク、剣なんか持ったこと……」
「ああ!? なんか言ったか!?」
「ひぃっ! ごめんなさいごめんなさいなんでもないですぅっ!!」
うっわー……一昔前のヤンキーみたい……。
「って、ドン引いてる場合じゃない! 助けないと!」
あんなもやしっ子、ニーヴェルの容赦ない攻撃食らったら大怪我するでしょ絶対!
慌てて木箱から飛び出した、その時だった。
「止めて!!」
どこからともなく飛び出してきた少女がもやしっ子を庇い立つ。あれは……。
「ヨツバ……!?」
どことなく父親に似た金髪を靡かせながら現れた美少女は間違いない、《クローバーの約束》キーキャラ、ヨツバだった。もやしっ子や他の子も「ヨツバちゃん!」と口々に呼んで、顔をほころばせる。
「なんだよ、お前! 邪魔すんな!」
ニーヴェルが、ぶん! と木剣を振り回して風を切る。それに少しビクついたが、それでもヨツバは退かず、ニーヴェルを睨みつけている。
「退かない! どうしてこんなひどいことするの!?」
「オレがこいつらをどうしようとお前には関係ないだろ! 女が出しゃばるな!」
「関係なくない! みんな私の大事な友達だもの!」
「友達だあ……!? ふざけて……ん? お前、どこかで……あ! 赤目の魔女の屋敷にいた平民!!」
はっ! と突然思い出したときの顔でヨツバを指差して叫んだニーヴェル。いや、こんな美少女、一度見たらなかなか忘れられないでしょう普通。
ってか、『赤目の魔女』? 《クロ約》にそんなあだ名のついたキャラいたっけ? そこで二人顔を合わせたことあるみたいだけど、アマーリエの屋敷に来た時以外に顔を合わせたってこと……?
と、考えていたところで、自分の目の色を思い出す。母親譲りの美しいゴールドレッド……。
「……まさかとは思うけど、魔女って私のことじゃないだろうな!? あのクソガキ……!!」
「そうよ。私はヨツバ。あなたは?」
え、ちょ、あの、ヨツバさん? 『赤目の魔女』で『そうよ』って返したってことは、貴方も私を魔女だと思ってるってことでしょうか……?
ニーヴェルの蔑称にいきり立った私だが、ヨツバの肯定にしゅるしゅると萎えて小さくなった。博愛の天使のヨツバちゃんはそんなこと言わないと思ってたのに。
「はっ! 平民なんかに教えてやるわけないだろ! 教えてもらいたいなら、地面に頭を擦り付けるんだな!」
「じゃあいいわ。ねえ、答えて。あなたはどうしてこんなことするの? 友達と一緒に遊ぶなら、皆で楽しいことをしたが絶対面白いのに」
「はぁ〜? オレとお前らが友達だあ? 冗談じゃない。なんでお前ら下等な平民が、オレのような高貴な身分と同じ立場にいれると思うんだよ。これだから無知で頭の悪い平民は困る」
うっわーうっわーうっわー……幼少期ニーヴェルよ、どこまで腐り落ちてるんだ。選民思想ってやつだよね、これ。
まあ、確かに貴族の方は立場が上だし、子供たちもだからニーヴェルに逆らえないでされるがままだったってわけね。
「大体、友達なんて、お前らみたいな弱くて汚い奴らが自分だけを守る為に作った肉壁みたいなものだろ」
「何よそれ。意味がわからないわ。友達っていうのはね、一緒にいて楽しくて、なにか困ったときには支え合う大事な仲間のことよ。あなたにだっているでしょ」
「は! そんなもの、貴族であるこのオレにいるわけないだろ」
「まあ……そんなの、つまらないし、悲しいわ。じゃあ、私と友達になりましょうよ。きっと友達がいないから変な考えになっちゃってるんだわ」
「はあ? お前、バカ? 話聞いてたか? オレとお前じゃあ釣り合わない。釣り合うどころか、お前ら平民は、貴族であるオレを楽しませるおもちゃでしかないんだよ」
「何よそれ、ひどいわ! 私たちはおもちゃじゃない! 私たちも貴方も同じ人なのよ!」
「だとしても、お前らはオレたち貴族が王様から与えられた所有物。所有物をどう扱おうが、所有者の勝手だろ」
「それも違う! だってお父さん言ってたもの! 『貴族は領土と領民を守る者』だって!」
「守るだぁ? 使い捨ての平民なんか守っても仕方ないだろうが」
典型的なクソ貴族の思想そのまんまじゃんか。どんな教育施したら九歳がこんなこと言うように育つんだ、ヨーキリス男爵家さんよぉ。
それに比べて、ヨツバの父ちゃん良いこと言うじゃん! あれ? この場合、ヨツバの父ちゃんってライニールのこと? それとも再婚相手? いや、あの
「ほら、わかったらさっさと退けよ! 邪魔なんだよお前っ!」
「いやよ! 友達を傷付ける人は私、許さないから!」
「許さない? は! 女のくせに、何ができるって言うだ?」
「女だろうと男だろうと、誰かを守ることはできるわ!」
「守る? なんだ、じゃあお前がオレの相手をしてくれるってのか? いいぞ。オレは女だろうが容赦はしないけどな」
下衆な笑みを浮かべたニーヴェルが木剣をヨツバに向ける。しかしヨツバはゆっくりと首を横に振って、真っ直ぐにニーヴェルを見据えた。
「しない。だって、叩かれたら、あなただって痛いでしょ? そんな思いをさせるの、私は嫌よ」
…………………………はあああああっ!!!!!?
ヨツバ
ヨツバの言葉が理解出来なかったのかなんなのか、ニーヴェルはポカンと間抜けに口を開けて止まっていた。
しかし、徐々に意味を飲み込んだのか……顔を真っ赤にし、怒りの表情を顕にする。なんで!?
「平民が貴族を叩くつもりだったのか!? 無礼者め! お前は百叩きの刑だ!」
そっち!? そーゆー風に捉えるの!? ゴリゴリに偏って硬い頭はホントに厄介ね!
ニーヴェルは木剣をヨツバに向かって思い切り振り上げる……やばい、奴は本気だ! ヨツバもホントに逃げないし! 男の子ら固まってないで庇えよ! 男見せろ! 特にもやし!!
もう流石に静観できない!
木箱の陰から飛び出し、ドレスのことなんか気にしないで全速力で二人の元に向かう。
「くぉらー! ニぃヴェーーーール!!」
満を持して、私登場である。
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