10 調査結果、証人、そして証拠

 こちらに来る宰相を迎える為に私も立ち上がる。場所を譲ろうとしたが手で制され、宰相はソファーには座らず上座で立ち止まり、マーガレットと相対した。


「マーガレット、だったか。久しぶりだな」

「こ……こうしゃく、さま……。……っこ、小娘がっ、騙したわね!! 何が準備よ!!」


 宰相の突然の登場に度肝を抜かれ、圧倒されているマーガレットだったが、ハッと我に返って私を睨んでくる。こっわ。


「騙す形になったことは確かですので、素直に謝罪いたしましょう。しかし、突然現れた見知らぬ女性の、何の証拠もない言葉をあんなに簡単に信じる貴族が居ると思いますか?」

「そ、それでも引き取るって言ったじゃないのよ! 嘘吐き!」

「私は、『本当にライニール様の子供であれば』とも申し上げたじゃないですか。お忘れですか?」

「聞いてない!」

「言いましたよ」


 まあ、多少ニュアンスは違うかもけど、私は確かに『ライニール様の子であれば引き取りたい』って言ったもん。しかし動画や音声は残ってないし、言ったもん勝ちだ。私の堂々たる態度にマーガレットは口惜しそうに唇を噛み締める。案外押し通せるものだ。

 

「お互い、自己紹介は不要でしょう。宰相様、十年前、ご子息のエンリケ様と共に結婚の挨拶にいらっしゃったのはこちらの女性に間違いございませんか?」

「ああ、間違いない。それに、そちらの少年……息子の幼い頃に瓜二つではないか……」


 そう言う宰相の目線はケイレブへ。その心内では、息子の在りし日を思い出しているのか、それとも初めて見る孫に対する優しさか。どちらにしろ、細められた目に優しさであることに間違いは無かった。


 ケイレブは母親の怯えっぷりや第三者の登場にキョトンとしていたが、宰相と目を合わせると惹き込まれたかのように見入っていた。

 

「ええ、ええ。私もこの子はエドモンド様にも似ていると思います。エドモンド様、もしもこの子がご子息のエンリケ様の子であり、貴方の孫であったらどうなさいますか?」

「無論、我がホーンバック公爵家で引き取ろう」

「だ、そうですよ。マーガレットさん」

 

 だからいい加減認めろや。ホーンバック公爵家で引き取ってもらえや。万感の思いを込めて投げ掛けるが、祖父と孫の感動の対面を、母親は体を張って遮る。

 

「し、知らない! この子とホーンバック家はなんの関係もないわっ! あんた達、あたしが平民だと思って馬鹿にしてるでしょ! その調査もじじいも、全部適当に作り上げた嘘っぱちに決まってるわ!! あんた達貴族なんて、嘘吐きや卑怯者ばっかりで、平気であたしら平民を踏み躙って始末しようとする鬼畜のくせに!」 


 まだ足掻くのか。ってか、凄い言われようだな。

 この国で二番目位に偉い家の人に詰め寄ってじじい呼ばわりとか、マーガレットヤバすぎない? 下手したら死罪よ? 今にも掴みかかりそうだし、これ以上は暴走させる訳にもいかない。


 仕方ない、最終手段だ。


「正直、証拠も証人も揃えて、そこまで否定されるとは思いませんでした。マーガレットさん、貴女はあくまでケイレブはライニール様の子であって、ホーンバック公爵家とは無縁と仰るのですね?」

「そうよ!」

「わかりました。では、ケイレブの話を聞いてみましょう」

「は?」


 突然呼び掛けられてびっくりしているケイレブの横に腰掛け、そっと肩を抱く。細く小さな肩が大きく跳ねたので、宥めるようにポンポンと軽くあやし、笑顔で覗き込む。


「ケイレブ、正直に話して欲しい。君はお父さんから何か言われてたりしない?」

「えっ……?」


 ここに来て、戸惑いの声ながらようやくケイレブの声を聞いた。


「何でもいいよ。お父さんの昔話とか、お父さんやお母さんに何かあったらどうするかとか、そういう話をされたことはないかな? 何だったら預かったものとかあったら素晴らしい」

「あんた、さっきから何言っ」

「黙ってろ」


 ちょっと強引だが致し方ない。そこをまたもしゃしゃり出てきたマーガレットを睨め上げると、ひっと口を噤んだので視線を戻す。


「………………あっ!」


 ケイレブはすぐ思い出してくれたようだ。よしよし、聡い賢い!

 

 慌ててポケットをまさぐり、出したのはボロ布で作られた小袋。テーブルの上にひっくり返されるとツヤツヤとした小石やドングリなどの木の実等が机の上に散乱する。特にめぼしい物は見られなかったが、ケイレブは更にその小袋を裏返して内側を表にする。


 そこに、鈍色のカフスボタンが縫い付けられていた。


「あの、これ、お父さんが……お父さんとお母さんに何かあったら、だれかおとなの人に見せるんだよって……そんなときが来るまでは、ぜったい、だれにも見せちゃダメだよって……」


 弱々しく、泣きそうな顔で亡き父からの言葉を語るケイレブ。

 

 そう、このカフスボタンこそが最終手段。


 ゲームの恋愛イベント全五段階中、第四段階で発生するイベントに出てくる重要アイテム。


 公爵家令息が持つには相応しくない汚い小袋。

 

 事前のフラグイベントにおいて、ふとした拍子に落とした現場を目撃した主人公が拾って渡すと、「幼い頃に亡くなった父親から貰った大事なもので、御守り代わりに持っている」という話が聞ける。

 

 その後のとある日の放課後。ケイレブのことを『親もいない、宰相とも血の繋がりのない孤児院上がりの平民公爵子息』と馬鹿にしている一部貴族子息の嫌がらせで掠め盗られたそれが、学園の庭園にある池に投げ捨てられるのを目撃。

 

 主人公が貴族子息たちを問い詰めるも、逆上されて池に突き落とされる。幸いなことに池は主人公の胸ほどの深さなので溺れずに済んだが、小袋は見当たらない。嘲笑いながら去る貴族子息たちに怒りを感じるも、濡れたついでにと小袋探しを敢行。

 

 その頃、ケイレブはたまたま偶然嫌がらせをした貴族子息たちの会話を耳にして、小袋を盗まれていたこと、主人公を池に突き落としたことを知り、急ぎ主人公の元に駆け付ける。

 

 日は暮れ、満月が地上を照らしてからようやく小袋を発見した頃に二人は顔を合わせる。貴族子息たちを止められなかったこと、でも小袋は見つけたよと笑顔で報告する主人公に対し、ケイレブは問答無用で水の中に飛び込み、ずぶ濡れの主人公を抱き締める。

 

 常に微笑みを称える饒舌なケイレブが、「君が無事で良かった」と心から安堵してみせ、主人公と唇を重ねる。

 

 突然のキスに驚きつつ、既にケイレブに心を傾けている主人公はケイレブからの愛を受け入れる……。


 このイベントは超美麗スチルに彩られ、クロ約の中でも一、二を争う人気スチルだ。


 で、貪るようなキスの後、主人公は小袋をケイレブに差し出し、中身の無事を尋ねる。

 

 「中身は覚えてないけど、特に意味は無い」と笑いながらひっくり返す袋の中から、経年劣化で糸が解けて出てきたカフスボタンがコロリ。

 

 それを見てようやく父の言葉を思い出して自分の出生を振り返り、宰相と話をした結果、わだかまりが溶け、宰相とケイレブは本当の家族となるのだ。


 めっちゃフライングしてるし美麗スチルイベント起こせなくなるけどケイレブファンの皆、どうか許してくれ!!


 いや、もう私が悪逆非道路線から外れようとしてるところで全ファンに土下座謝罪もんだったわ! 今更だったね! とりあえず皆様ごめんなさい!


「ちょっ……ケイレブ! あんた、何なのよそれっ!!」

「邪魔をしないでいただきましょう」

「な、ちょ、触んじゃないわよ! 離しなさいっ!!」

「ナイスディフェンスだ、パーシー」


 鬼気迫る顔で迫ってきたマーガレットをパーシーが腕を掴んで引き止める。


 ケイレブはそんな母親を見、宰相を見、最後に私を見た。

 

 安心してと言い聞かせるように微笑みかけると、ケイレブはきゅっと唇を噛みしめてから小袋を両手の平に乗せて私に差し出した。


「……有難う。ちょっと借りるね」


 断りを入れてから手に取り、カフスボタンを眺める。そこにはホーンバック家の家紋である盾と角笛が描かれていた。


「宰相様」


 呼ぶと傍にきた宰相にそれを渡す。

 

 宰相は掌に乗せられたカフスボタンをマジマジと見つめた後、グッと拳で握り込んで天井を仰いだ。

 

「……間違いない。我が家の家紋の掛かれたカフスボタン。そしてこれは我が息子エンリケの誕生日に、私が贈ったものだ」

 

 血の気を失ったマーガレットの全身から、力が抜けた。

 

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