第一部 7 一人目の攻略対象者
私が前世の記憶を取り戻して十日。
ケイレブ母子の報告書が届いた。
*****
ケイレブ・ホーンバック(ゲーム開始時十八歳)
宰相の孫息子であり、公爵家令息。金髪碧眼という、ライニールの血を受け継いでそうな見た目の彼だが、ライニールはどちらかと言えば碧より翠に近い目だった。まあ、それはかなり些細な事なので、彼推し以外は気にしていないだろう。私もファンブックを見るまで全く気付かなかった。
性格は温厚で紳士的。舞台となる学園では生徒会長も務め、容姿端麗頭脳明晰、学園の王子様と呼ばれ、主人公を甘やかす王子様かつお兄様的存在。ライニールに似ているという事で殴られるということはなかったようだが、アマーリエ・バルカンに性的虐待を受けていた為に女性不信に陥っている(アマーリエ気持ち悪!)
『よくヨツバに抱きしめて慰められた。その温もりのお陰で辛くとも壊れずにいれた。彼女は僕にとって、姉であり、母だった』
というのが、ケイレブのヨツバに対する感情。
逃げ出した後、隣の領であるホーンバック公爵領にある孤児院に逃げ込んで暮らしていたが、偶々視察に来ていたホーンバック公爵に出奔した息子に似てるからと見初められ、引き取られる。
実はケイレブ父はホーンバック公爵家の者。二人は実の祖父と孫の関係にあたる。
主人公のお陰でケイレブが正当なる後継者であると認められ、次期宰相と公爵家の権力を使ってアマーリエ・バルカンの様々な悪事を白日の下に晒し、アマーリエを処刑台送りにしてハッピーエンド。
*****
……というのが、私が書き起こしたメモ。
一人目の調査報告ですと渡された書類に目を通す。
攻略対象ケイレブの母マーガレットは元々王都で働く当時二十三歳の普通の平民だった。学園に通っていた年下の貴族令息と恋に落ち、燃え上がる愛の赴くまま新たな命を宿す。
令息に乞われるまま結婚の挨拶を貴族の親にしたのだが、身分や年が上であることを理由に反対される。
されど、反対されればされるほど燃える上がるのが若い恋心。二人は駆け落ちし、王都から離れたバルカン領の領主町に逃げ込んで夫婦となった。
家から持ち出した金品を元手に店を始め、ケイレブも生まれ、細々ながら幸せに暮らしていた。
しかし、ケイレブが五歳の時、夫は事故によってこの世を去る。夫の死にショックを受けたマーガレットは仕事に手が付かなくなり、店は閉店。生活の困窮から、マーガレットは娼婦に身を落とした。
かなりの美人な上、見事な肉体の持ち主だったので買い手は多かったようで、マーガレットはすぐに売れっ子娼婦となる。そうして三年前に出会ったのが、バルカン領に移封されたばかりのライニール・バルカン。
当時はライニールが領主だと知らずにいたようだ。彼が亡くなってから領主であったことを知り、彼に似た容姿を持つケイレブを彼の子供として渡せば大金が手に入るし、なんなら次期公爵の産みの母という立場にもなれる! と企んで、領主の館に乗り込んできた……。
と、言う事が、密偵からの調査報告書に事細かに書かれていた。メモの裏付けを取ったような詳細さに、公爵家の密偵の有能さを確信する。
これに前世で読んだファンブックの内容を加えさせてもらうと、ケイレブ父の死は、馬車に轢かれそうになったケイレブを助けたことが原因だったりする。怒りと悲しみが複雑に絡み合った結果、マーガレットはケイレブに冷たく当たるようになったのだ。
そんなわけで、 ケイレブはこんな酷い母親の元にいるより、ホーンバック公爵家に行かせるのがいいだろうというのが私の考え。バルカン公爵家と違って、地位も金も歴史もあるし、正式な形でホーンバック公爵家に任せた方が彼も幸せになると思うんだよね。
しかしながら、これだけの情報をたっすた十日で凄くない?
あ、証言者の項目凄いことになってる。どうやら本人も周りも口が軽かったようで。
こんな情報網ガバガバで、よく貴族騙そうとしたな。ライニールにアマーリエのチョロさでも聞いていたのかな? あり得る。
「奥様、姿勢が崩れております」
机に肘をついて報告書を読んでいたものだからパーシーから注意を受ける。しかしながら、溜まった疲労とこれを読んだら脱力もしてしまうだろう。
「パーシーはこれを読んだか?」
「いえ。そちらは奥様個人の御依頼ですので」
「公私混同はしないということか。良い心がけだ。まあ、読んでみてくれ。そして感想を聞かせてくれ」
彼に報告書を差し出すと、一瞬戸惑ったようだが素直に受け取る。上から下へと目線が移動していくのを黙って見ていたが、目を瞠ったりジト目になったりと目だけで表情を表すのが面白かった。暫くして顔を上げた厭きれ顔に向けて、ニヤリと笑って見せた。
「感想は?」
「なんというか、愚かしいですな。このような突発的な行動が罷り通るわけもないでしょうに」
「同意見で嬉しいよ。私の姿勢が崩れるのも仕方がないだろう?」
「それとこれとは別です。貴女様はいつでも毅然とした態度でおらねばなりません」
「普段はそうするつもりだが、プライベートな時間は勘弁してくれ。パーシーならどうするのがいいと思う?」
「詐欺罪でこの母子を捕えましょう。然るべき罰を与えるべきです」
「そうだよな。やっぱりそう思うよな」
「勿論です。早速人を送り……」
「まあ待て。確かにマーガレットがしたことは犯罪だが、子供は母親に連れて来られただけで罪はないだろう?」
「では、母親だけを捕えましょう。子供は孤児院にでも預ければ良いでしょう」
「投げやりだな。怒ってる?」
「明らかにバルカン公爵家を馬鹿にされているのに、怒らないと思いますか?」
静かに怒りのオーラを醸し出すパーシー。忠義に厚い人だなぁ。
「その気持ちは有難いが、今は怒りを抑えてくれ。それよりも私は、このとある貴族というのが気になる」
「女と駆け落ちしたという令息ですか?」
「ああ。もしこれが本当なら、あの少年……ケイレブは貴族の血を引いているということだ。然るべき家に帰した方がいいと思うのだが、どうだろう?」
「……奥様がそうおっしゃられるのであれば、従いましょう。しかし、肝心の貴族の名前が記載されていないようですね」
「貴族だと言い触らした割に、家名を出すようなことはしなかったのか。こんなに単純思考なんだからうっかり口を滑らせてくれていてもいいのに」
「調査を続けさせますか?」
「いや、得られる情報は全て集めてくれたみたいだし、後はこちらで調べよう。調べた者に十分な報酬をしてやってくれ」
「かしこまりました」
「パーシーは、最短でも十年くらい前に失踪した貴族の話を聞いたことはないか?」
ぶっちゃけ私はホーンバック公爵家だと知っているけど、ここに記載がない以上は名前を出すわけにもいかないし、調べる体をするしかない。
「十年前ですと、私はトリスタン領の御屋敷で御奉公をさせて頂いておりました。ですので、王都で起きた出来事は少々疎く……申し訳ありません。思い出すには、少々時間を頂きたく存じます」
「そうか……。パーシーはどの辺りの爵位が怪しいと思う?」
「一般的に貴族と平民が一緒になるのは良識とは言えませんので、大抵の家は反対するでしょう。なので、一概にどの爵位とは申し上げれません。ただ、家柄や血筋を重んじる名家などは特に忌避するでしょうね」
「となると、歴史と名誉のある公爵、侯爵貴族位あたりかな」
「そうとも限りません。爵位は低くとも歴史があったり、名誉はあれど領地のない名だけ貴族も中には存在します。中には一代限りと受け入れて名も無き平民と婚姻を結ぶ家もありますが、殆どはお家存続や再興の為に裕福な商人辺りと婚姻を結ぼうとします。なので、金も地位もない只の平民を受け入れるような家はごく僅かと言えるでしょうね」
「……つまり、爵位の高低に関わらず、殆どの家は怪しいと?」
「さようでございます」
わーお。パーシー、滅茶苦茶考えてくれるやん。
私は単に『高位の貴族』『公爵家』でワード出せばホーンバック家思い出してくれないかな~って思って言ったんだけど、予想以上の答え返ってきちゃったよ。
名誉とか歴史とかプライドとか面倒くさいな貴族。只の一般家庭に生まれた元日本人には理解できない世界である。
とにかく、パーシーが思い出してくれないならもう地道に探すしかないか。
「取り敢えず、貴族名鑑を調べてみるか。どんな理由にしろ、翌年には消えているのが怪しいな」
貴族名鑑は、その名の通り貴族たちの絵姿や情報などが乗っている図鑑だ。広辞苑並みにかなり分厚いくせに、年に一度発行・更新されている為かなり場所を取る代物になっている。なので直近のものは執務室に置いてあるが、古いものは屋敷の図書室に保管されていた。
「そうですね、お持ちします」
「いや、時間が惜しい。私も図書室まで行こう」
探しに行こうと席を立ったところで、まるで見計らっていたかのようなタイミングで部屋の扉が開く。
このノックなしの突撃訪問の相手はわかっている。キャロラインだ。
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