第2話 初めての移動は、揺れる
良いことを教えてあげよう。
スライムの動きは――めちゃくちゃ鈍い。
亀並みに足が遅いくせに、ウサギ並みに進むのをサボりやがる。
スライムと契約してしまった魔剣の俺は、初めて祠の外へと連れ出された。
そこは、石畳が敷かれた暗がりの洞窟。
ダンジョンと言われれば、素直に頷いてしまうような鬱蒼とした空間だった。
俺はスライムに包まれたまま、ずるずると地面を這いつくばって進んでいる。
正直に言おう。
めちゃくちゃ酔う。
この魔剣には、目というものが存在しない。
その代わり、360度カメラのように剣の周囲すべてを把握できる。
――できるのだが。
その視界が、ずっと揺れている。
上下に。
左右に。
ときどき、べちゃっと。
しかも常に、水の中にいるみたいに、空間そのものが歪んで見える。
たぶん胃袋があれば、とっくに全部、解き放っていた。
おい、スライム。
勝手にお前が連れ出したんだ。
もう少し、配慮というものはないのか。
当然のように、返事はない。
そもそもこのスライムに、意思というものはあるのだろうか。
偏見だが、スライムといえば最弱モンスター。
戦闘能力がないのはもちろん、生存本能すら本当に存在しているのか疑わしい。
俺とお前は一心同体だ。
お前が死ねば、俺も死ぬ。
意思疎通ができないことは、もう受け入れた。
だからせめて――「生きたい」という気持ちだけは、強く持っていてほしい。
はあ。
契約すればスライムが美少女になるかも――なんて妄想をした過去の自分を、全力で殴りたい。
異世界に転生したからといって、物語のようなご都合主義が訪れるわけじゃないのだ。
それから、スライムは自由気ままに動き続けた。
同じところをぐるぐる回っている気もするが、考えるのを止めた。
普通に悲しくなってくるから。
スライムの腹の中で眠ることに、少しだけ快感を覚え始めた頃――急に、動きが速くなった。
え?
何?
お前、そんなに速く動けたの?
徐々に、空気が変わり始める。
湿った洞窟の匂いに、生臭い何かが混じる。
あ、魔剣にも嗅覚あるんだ。
そんな疑問が浮かんだ直後、スライムは一直線に走り出した。
嫌な予感がする。
この先にいるのは、きっと――。
おい。
待て。
待てって言ってるだろ。
スライムは俺の制止に聞く耳を持たず。
その先に立っていたのは、緑色の体をした人型のモンスターだった。
片手に棍棒。
口元からは、鋭い牙が見え隠れしている。
前世の知識と照らし合わせるなら、こいつはゴブリン。
スライムと並ぶ、最弱モンスターだ。
ゲラゲラと、気味の悪い笑い声をあげながら、ゴブリンはこちらを見下ろしている。
スライムとゴブリンの、にらみ合い。
最強の魔剣なのに、俺はゴブリンに怯えていた。
当然だ。
俺の契約者はスライムで、俺を振るう“手”を持っていない。
頼む。
見逃してくれ。
もしくは、俺のオーラに怯えて逃げてくれ。
スライムと同じく、俺にも手はないが、両手を合わせるつもりで祈った。
――先に動いたのは、スライムだった。
え?
お前、何してんの?
勝てると思ってんの?
ぷるぷるした柔らかい体が、思い切りゴブリンの頭部にぶつかる。
その衝撃で、俺はスライムの腹の中から弾き出され――次の瞬間。
ゴブリンの頭に、深々と突き刺さった。
何が起きたのか、理解できないほど一瞬の出来事。
頭が受け入れ始めた頃、ゴブリンがゆっくりと後ろに倒れた。
……え。
おうぇ、くっさ。
なんで魔剣に嗅覚なんてものが搭載されているんだよ。
突き刺さった部分が血に濡れたうえ、ゴブリンの体臭自体が、絶望的な悪臭を放っている。
五感のすべてが存在する魔剣とは?
まあ、そんなことは今どうでもいい。
運よく、俺たちは勝利できたみたいだ。
なんだか体に力がみなぎる。
異世界らしく、経験値が入ったのかもしれない。
スライムも心なしか、ぷるっと体を揺らして喜んでいる気がする。
そのままスライムは、ゴブリンに突き刺さった俺を取り込み、ゆっくりと歩みを進めた。
……まあ。
スライムが無事なら、今はそれでいいか。
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