第15話 ディメンション・アクシデント



 潜次元航法Dドライブは、宇宙に人類が進出するようになって後、いくつか開発された超高速航法の中では最も安価で最も高い安全性を誇っている。

 だがそれは、あくまでも安全圏航路セーフティラインで使用されることが前提だ。次元下という特殊な空間を利用して距離と時間を超越するという行為は、本来とても危険な行いである。

 失敗すれば、次元下に存在する異形の生物を呼び出してしまう。

 便宜上『次元下』と呼んでいるが、それは三次元の下にある二次元というような意味ではない。

 現在存在しているこの宇宙とは別の次元という意味であり、その次元になにが存在し、どのような物理現象が働いているのかは、いまだ研究の途上である。

 そして、潜次元航法、あるいは潜次元技術を用いた事故はD事故ディメンション・アクシデントと呼ばれ、特別な対応が必要となる。


 それこそ、帝国の最高戦力である星守ステラガーダーを呼ぶような対応が必要となる。


「ふうむ」


 揺れが落ち着き、施設の外に出てみると遠くで盛大な炎が吹き上がっていた。

 カーゴトレインを運ぶチューブトンネルが千切れ、だらりと垂れている。

 そして、そんな炎の中に立つ、黒い巨人の姿があった。


「宇宙怪獣か?」

「違います」

『アクマよ』


 二人が同時に否定してきた。


「アクマ?」

「そうです」

『D事故の発生で出現する別次元生命体。宇宙怪獣との違いは……物理じゃそう簡単に死んでくれないこと』

「そう簡単にということは、死にはするんだな?」

「はい。ですがかつて、アクマ一体を片付けるのに帝国正規艦隊三個艦隊が出動し、一個艦隊が被害として消失したこともあります」

「それは大変だな」


 炎の中に立つ黒い巨人……アクマは形が定まっていないかのように、時々、姿がブレる。

 腕と足が二本ずつに頭が一つというのは変わらないが、それ以外ははっきりとしていない。


『この交易コロニーにいる警察艦では無理な相手だし、近くに駐留している治安艦隊だって対応不能だよ。もう非常事態通信は飛んだから、バーンズ星系国家の首都はこの事態を把握してるだろうけど、そこから艦隊が駆けつけるのは早くて一時間後。で、たぶんこのコロニーは一時間も保たない』

「なら、逃げるしかないか」


 と言ったところで、イオは自分たちの逃げる方向にアクマがいるのだと気付いた。


「逃げ場がないな」

『そうよ、どうするの⁉︎』

「少し待った」


 通信に集中していたイオは、ミーシャを引き寄せ、レーザーガンを引き抜いた。

 警報が止まらない騒がしい中、施設から避難する職員たちの姿に混ざって落ち着いた様子でこちらに近づいてくる者たちがいる。

 そのことにミーシャも気付いて、ハッとした表情で彼らを見た。


「彼らは?」

「もしかして、この騒動を起こした張本人かもしれないな」

「そんな!」


 イオは施設の壁を利用して背後を取られない位置を取りつつ、連中を見る。


「傭兵か? その少女をこちらに寄こせ」

「傭兵ではない。それに少女を誘拐するような性倒錯者の言うことを聞く理由もない」

「そうか」


 その瞬間、イオの眼前で光が爆ぜた。

 眩しさに僅かに目を細めたイオだったが、その間に包囲している者たちが動いているというわけでもない。

 イオは冷静にレーザーガンを構え、連中を相手に引き金を引いた。

 反動もなく細い光条が連続で走る。

 さすがに全員の頭に穴を開けるまでには至っていないが、全て命中した。

 目の前の不審者たちが皆、死ぬか傷口を押さえて動けなくなっているというのに、再び光が爆ぜる。


「狙撃手か」


 どこか遠くから攻撃をされているようだ。


「な、ぜ……シールド?」


 不審者の一人が不思議そうに呟く。

 痛みで言葉がうまく出ていなかったが、「なぜ狙撃が通じないのか?「シールド発生機を持っているのか?」と言いたかった。

 だが、イオはレーザーガンは持っているが、シールド発生機は持っていない。

 また、先ほどの狙撃手のような攻撃を二発も無効にするのであれば、個人で携帯できるシールド発生機であっても最高グレードのものでなければ不可能だ。

 第五皇女であるミーシャの護衛であれば、その程度の装備を持っていたとしてもおかしくはないが、イオはそのような立場の人間ではない。


 もちろん、これは魔法だ。

 外部からの物理的な影響を排除する結界の魔法をイオは反射的に使用しており、それが狙撃銃のレーザーを防いだ。

 二度の攻撃で狙撃手の位置を把握したイオは、さすがにレーザーガンでの応射は諦め、魔法で対抗することにした。

 ただ、レーザーガンを持ったまま放たれたために、他の者には銃から生まれたように見えただろう。

 レーザーよりもはるかに太く短い光弾は、遮蔽物に隠れた狙撃手を追って大きく曲がって、その背中を貫いた。

 新たな攻撃がないことを確認してから、イオは包囲している者たちに順にとどめを刺していき、最後に一番元気そうな者を残した。


「さて、これはお前たちがやったのか?」

「ははは、バカめ、少女をこちらに寄こせばたすけてやったのに」

「そんな嘘は吐かなくていい。それで、お前たちはどうやって逃げるつもりだったんだ?」

「誰が言うか」

「そうか? まぁ言わなくてもお前の武器を取り上げてから放置するだけだ。お前は生き残りたくて、自分からそうするだろうからな」

「……くっ!」

「さあどうする? 命欲しさに自分から脱出手段に辿り着いて最後に殺されるか、それとも俺たちと一緒に脱出するか? その後の運命はお前の交渉力次第だ」

「……わかった、案内する」

「利口だな。おっと、その前に……」


 イオは指先に魔力を込め、男の首筋に押し付けた。


「なにを?」

「安全対策だ。裏切るとひどいことになるからな」


 念押しをしてイオは男から離れる。


「ほれ、痛くても動けるだろう? 立って歩け」


 そうして男を立たせてから歩かせる。


「大丈夫なのですか?」

「さあ? 五分五分というところかな?」


 心配気に尋ねてくるミーシャにイオは素直な感想を告げた。


「襲撃者がこいつらだけとも限らないからな」


 イオは先を行く男の反応を見ながら少し大きめの声で言ってみた。

 警報と火災の音に紛れそうになったが、それでも男には届いているはずだ。


「それなら?」

「だが、いまさら職員用の脱出口なんかを探す暇なんかもない」


 タイミングを揃えたつもりはないが、コロニー内の天井部分に炎が伸びていき、同時に亀裂が走った。

 天井に映し出されていた青い空は黒く染まり、炎に炙られた部分が変色していく。

 壁の向こうがそのまま宇宙空間というわけではなかったようで、空気と共に人々が排出されていく凄惨な光景が展開されることはなかったが、その未来は確実に近づいている。


「その前に、重力装置が切れてしまう可能性があります」


 と、ミーシャがイオの考えを訂正した。

 コロニーにはいくつか種類がある。その中で、交易コロニーの大半に使われているリング型は、ドーナツ形状の空間とその中央に刺さる一本の柱という構造となっている。

 これはリング部分を追加することで施設を拡張しやすいからという理由からであり、またコロニーの根幹となる重要施設を主要空間となるリング部分から離しておけるという利点もある。

 重要施設とは、重力発生機、大気生成機、発電機の三つだ。


「いまのところ被害はリング部分だけのように見えますが、職員の脱出も不可能となれば、リングを切り離して機能の保全が行われる可能性も……」


 凄まじい音がミーシャの言葉を認めた。

 全身のバランスが崩れるような気持ち悪さの後に、足が地面から離れていく。無重力室でトレーニングをした経験がなければ、イオは混乱していたことだろう。

 そのすぐ後を追うように周囲から光が失われた。

 いくつかの非常電源が淡い光を残しているが、イオたちにとってさほど役に立つような光量ではなかった。


「アクシデントにはなれっこだが」


 やはり宇宙と地面の上では起こることが違うと頭の中でだけ呟き、イオはすぐ近くにあるミーシャを掴み、明かりの魔法を使った。

 周囲が闇から切り払われる。

 先を進んでいた男は?

 イオが視線を彷徨わせると、少し向こうで手足をばたつかせている姿をみつけた。地面か建物か、とにかくなにか掴める物を求めて体の動きを制御しようとしているのだが、その目的が達成される前に一本の光条によって男の生命が停止した。

 光条の元を探れば、そこに金属製のスーツを着た集団がいた。

 戦闘用のパワードスーツだ。

 スラスターが噴射する淡い光を引き延ばしながら、連中はイオたちに迫ってくる。

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