第50話:運命の公聴会

 リーフェンブルク市議会議事堂。

 普段は街の行政を静かに司る石造りの建物が、この日ばかりは異様な熱気に包まれていた。議場を埋め尽くす人々、廊下にまで溢れる聴衆、そして建物の外にまで伸びる長い列。

 街の運命を左右する公聴会の開催を聞きつけ、リーフェンブルクの市民だけでなく、近隣の街からも多くの人々が駆けつけていた。

 「すごい人だな」

 ヴォルフが議事堂の正面階段を見上げながら呟いた。

 「リリアナちゃんの事件が、これほど注目されているなんて」

 エルミナも緊張した面持ちで周囲を見回している。

 「大丈夫よ。私たちには真実がある」

 しかし、その声は微かに震えていた。

 三人は人波をかき分けながら、議事堂の正面入り口へ向かった。

 ***

 議場の内部は、荘厳で重厚な空気に満ちていた。

 高い天井には美しいステンドグラスがはめ込まれ、朝日の光が七色に分かれて議場を照らしている。円形に配置された議員席には、各ギルドの代表者たちが厳粛な表情で座していた。

 議場の中央には、証言台が設置されている。そこに立つ者は、数百人の視線を一身に浴びることになる。

 「あそこね」

 エルミナが議場の一角を指差した。関係者席に、テオ師匠とフェリクスが座っている。フェリクスの表情には、深い決意が宿っていた。

 「お前ら、こっちだ」

 ローガン・グリムが手招きした。冒険者ギルドマスターである彼は、リリアナたちの協力者として、特別席を用意してくれていた。

 「緊張してるか?」

 ローガンが小声で尋ねる。

 「ええ、でも」

 リリアナは深く息を吸い込んだ。

 「やるべきことは分かっています」

 ***

 やがて、議場の大きな扉が開かれた。

 現れたのは、錬金術師ギルドマスターのマグヌス・フォン・ヴァイスである。彼は従者を従え、貴族然とした威厳を漂わせながら議場に入ってきた。

 その後ろには、金獅子商会の支店長ゲルハルトの姿も見える。

 「いよいよ始まるな」

 ヴォルフが拳を握りしめた。

 議長席に市長のハインリッヒ・モーゼが着席すると、議場に静寂が訪れた。

 「リーフェンブルク市議会臨時公聴会を開催いたします」

 市長の声が議場に響いた。

 「本日の議題は、錬金術師リリアナ・エルンフェルトの活動に関する安全性の検証、並びに近日発生した火災事故の責任の所在についてであります」

 リリアナの名前が呼ばれると、議場がざわめいた。支持する者もいれば、敵意を向ける者もいる。

 「まず、告発者であるマグヌス・フォン・ヴァイス氏の証言を聞くことといたします」

 ***

 マグヌスは証言台に立つと、議場を見回した。その眼差しには、冷たい確信があった。

 「市民の皆様」

 彼の声は朗々と議場に響く。

 「私は、錬金術師ギルドの長として、深い憂慮を抱いております」

 マグヌスは演説口調で語り始めた。

 「錬金術は、古来より厳格なる秩序の下に管理されてきた高度な学問であります。それは、誤った使用によって甚大な被害をもたらす可能性があるからです」

 議場の聴衆が固唾を飲んで聞き入っている。

 「しかるに、リリアナ・エルンフェルトなる人物は、何の認可も受けぬまま、未熟極まりない技術で危険な魔道具を製造し、市民に販売してまいりました」

 リリアナの支持者たちから、抗議の声が上がりそうになったが、議長に制止された。

 「その結果が、先日の悲惨な火災事故であります!」

 マグヌスの声が高まった。

 「複数の家屋が焼失し、多くの市民が家を失った。この惨事の根本原因は、間違いなくリリアナ・エルンフェルトの無謀な錬金術にあります」

 議場が重苦しい空気に包まれた。マグヌスの弁舌は巧みで、説得力があった。

 「私は、錬金術師ギルドの長として、また市民の安全を守る立場にある者として、強く訴えます。リリアナ・エルンフェルトの錬金術活動を直ちに停止し、彼女を街から追放すべきであると!」

 ***

 マグヌスの証言が終わると、議場は複雑な雰囲気に包まれた。

 彼の論理は一見もっともらしく、火災の恐怖を体験した市民たちの心を揺さぶった。しかし同時に、リリアナに助けられた人々は納得できない表情を見せている。

 「続いて、被告であるリリアナ・エルンフェルト氏の証言を聞くことといたします」

 市長の声が響いた。

 議場の全ての視線が、リリアナに向けられた。

 彼女はゆっくりと立ち上がった。もう震えはない。迷いもない。彼女の瞳には、確固たる信念の光が宿っていた。

 「行ってきます」

 リリアナは仲間たちに微笑みかけると、証言台へ向かって歩き始めた。

 その足取りは堂々としており、かつての人見知りの少女の面影はどこにもない。

 証言台に立ったリリアナは、議場を見回した。数百人の視線が彼女を見つめている。敵意、好奇心、期待、様々な感情が交錯していた。

 「市民の皆様」

 リリアナが口を開くと、議場が静まり返った。

 「私が話すことは、言い訳ではありません」

 その声は、かつてないほど力強く、澄んでいた。

 「私の、そして私たちの、未来の話です」

 ***

 リリアナは一度、深く息を吸い込んだ。

 師匠の教え、仲間たちとの絆、街の人々の笑顔。すべてが彼女の背中を押していた。

 「私は錬金術師です。人々の生活を便利にし、幸せにするために錬金術を学んできました」

 彼女の声が議場に響く。

 「確かに、先日の火災は痛ましい事故でした。しかし、その原因は私の技術ではありません」

 議場がざわめいた。しかし、リリアナは臆することなく続けた。

 「真の原因は、私たちの街が直面している、もっと深刻な問題にあります」

 彼女は議場の人々を見回した。

 「皆様にお伝えしなければならない、重要な事実があります」

 リリアナの手に、古代工房で得られた分析データが握られていた。

 「私たちの母なる川、セレナ川が、静かに、しかし確実に汚染され続けているという事実を」

 議場が一瞬にして静寂に包まれた。

 まるで時が止まったかのような、完全な沈黙。

 リリアナは、運命の真実を告げようとしていた。

 それは、街の人々にとって衝撃的な事実であり、同時に彼女の戦いの本当の意味を明らかにする、決定的な瞬間でもあった。

 「皆様、どうか聞いてください」

 リリアナの声が、静寂を破って響いた。

 「私たちの街の、本当の危機について」

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