第45話:古代遺跡への鍵

 セレナ川浄化システムの設計図を前に、リリアナは額に皺を寄せていた。

 壮大な構想は描けたものの、現実の技術的な問題が次々と立ちはだかる。特に、川全体の流れを制御し、汚染物質を効率的に分解する中核システムの設計が難航していた。

 「う〜ん…」

 リリアナは設計図に向かって呟く。

 「現在の錬金術では、これほど大規模なマナの制御は理論上不可能よね」

 エルミナが材料調達のリストを作りながら言った。

 「なら、現在の技術じゃない方法を探すしかねえな」

 ヴォルフが部品の加工計画を練りながら提案する。

 「古い技術…」

 リリアナの脳裏に、ある記憶がよみがえった。以前、市立図書館で古代文献を調べた時のこと。エリオット司書が語った、古代の錬金術工房の伝説。

 「そうだ! 図書館に行ってきます!」

 リリアナは立ち上がった。

 「古代の文献に、何かヒントがあるかもしれません」

 ***

 リーフェンブルクの市立図書館は、街の居住地区にある古い石造りの建物だった。

 重厚な扉を押し開けると、羊皮紙とインクの匂いが鼻をつく。書架には古今東西の書物がぎっしりと並び、静謐な空気が漂っていた。

 「エリオットさん!」

 リリアナが呼びかけると、書架の奥から細身のエルフの青年が現れた。司書のエリオット・アルヴァネンである。

 「やあ、リリアナ。また古い文献を調べに来たのかい?」

 彼の表情は相変わらず気難しそうだったが、瞳の奥には親しみが宿っていた。

 「はい。実は、古代の錬金術について調べたいことがあって」

 「ほう」

 エリオットの眉が上がった。

 「具体的には?」

 「大規模なマナ制御システム。川全体に働きかけるような、古代の技術について知りたいんです」

 リリアナは熱心に説明した。

 エリオットは腕を組んで考え込んだ。

 「そんな大それた技術…確かに古代には存在していたという記録があるが」

 彼はリリアナを手招きした。

 「ついてきたまえ。君の計画が本気なら、特別なものを見せてあげよう」

 ***

 エリオットに導かれ、リリアナは図書館の最奥部へ向かった。

 普段は立ち入り禁止の「特別資料室」の扉が、重い音を立てて開かれる。

 「これは…」

 室内には、信じられないほど古い書物や羊皮紙の巻物が保管されていた。中には、文字がほとんど読めないほど古いものもある。

 「この街で最も古い文献の数々だ」

 エリオットが説明する。

 「その中に、君の探しているものがあるかもしれない」

 彼は書棚の一角から、特に古い地図を取り出した。茶色く変色した羊皮紙に、精密な線で描かれたリーフェンブルクの古い街並み。しかし、現在の街とは明らかに異なる部分がある。

 「これは建都以前の地図だ。この街が作られる前から、この土地には何かがあったということを示している」

 エリオットは地図の一点を指差した。セレナ川の湾曲部、現在のリリアナの工房があるあたりに、奇妙な円形の建造物が描かれていた。

 「『聖なる水の神殿』と記されている。古代の錬金術師たちが、水の力を借りて大いなる業を成した場所らしい」

 リリアナの心臓が高鳴った。

 「それって、もしかして…」

 「地下に眠っているかもしれんな。君の工房の真下に」

 ***

 リリアナは地図を食い入るように見つめた。

 古代の設計図には、複雑な水路と、巨大な円形の錬成陣が描かれている。セレナ川の自然な流れを利用した、壮大なシステムの設計図だった。

 「これよ…これが私の求めていたもの!」

 「しかし」

 エリオットが冷静に言った。

 「入り口がどこにあるかは分からない。それに、仮に見つかったとしても、何百年も封印されている遺跡だ。簡単には開かないだろう」

 リリアナは地図を見ながら考え込んだ。

 工房の地下…そういえば、テオ師匠が渡してくれた鍵があった。

 「エリオットさん、この地図をお借りできますか?」

 「構わないが、どうするつもりだ?」

 「確かめてみたいことがあるんです」

 リリアナは地図を大切に抱えた。

 「もしかしたら、師匠が持っている鍵が…」

 ***

 クローバー工房に戻ったリリアナは、興奮を抑えきれずにいた。

 「師匠! 見てください、これを!」

 彼女は地図を作業台に広げて見せた。

 テオの表情が変わった。その瞳に、驚きと、そして何か深い感慨のようなものが浮かんだ。

 「これは…」

 「古代の錬金術工房の地図です。きっと、師匠がくださった鍵で開けることができる遺跡が…」

 リリアナは興奮して説明したが、テオの表情がただならぬものであることに気づいた。

 「師匠?」

 テオは静かに鍵束を取り出した。その中の一本、特に古い真鍮製の鍵。よく見ると、鍵の頭部に精巧な紋章が刻まれている。

 「王家の紋章…」

 リリアナが呟いた。

 「この鍵は、古い友人から預かったものだ」

 テオは遠い目をした。

 「いつか、真に水の力を理解し、人々のために使える者が現れたら、この鍵を渡せと言われていた」

 「まさか…」

 「そのまさかだ」

 テオは立ち上がった。

 「地図の示す場所を確認してみよう」

 ***

 三人は工房の地下室へ降りた。

 普段は道具や材料を保管している薄暗い地下室。石造りの床は、長年の使用で摩耗している。

 地図と照らし合わせると、部屋の中央付近に、わずかに他と異なる石が埋め込まれているのが分かった。

 「ここですね」

 リリアナがその石を指差した。

 テオは鍵を手に、慎重にその石に近づく。よく見ると、石の中央に小さな鍵穴のような窪みがあった。

 「数百年ぶりの再会だな」

 テオが呟きながら、鍵を差し込む。

 カチリ。

 軽やかな音と共に、石がゆっくりと沈んでいく。すると、床の一部がスライドし、螺旋階段が姿を現した。

 階段の先から、冷たく、しかしどこか神聖な風が吹き上げてくる。

 「すごい…本当にあったんですね」

 リリアナの声は震えていた。

 「さあ」

 テオが松明を手に、階段へ足を向けた。

 「君の求める答えが、この下にあるかもしれんな」

 三人は古代へと続く螺旋階段を、静かに降り始めた。

 石の階段を踏みしめる足音が、長い沈黙を破って地下深くに響いていく。

 そして、その先には…

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