裏切られ令嬢ですがモフモフ神獣と農地改革するので恋愛してる暇はありません⁉︎

宮永レン

第1話 裏切りは突然に

 どうして、こんなことになってしまったのだろう。


「シェリナ・クライン男爵令嬢。オルデミール王太子殿下に対する不敬罪で、学術院除籍および国外追放を言い渡す!」

 レインボルト国の宮殿にある謁見の間。突然ここに呼び出された私を待っていたのは、そんな宰相の厳しい言葉だった。


 高座には宰相だけでなくオルデミール様と国王陛下の姿がある。また部屋の左右の壁際には枢密院に属する貴族と王立アルセリオ学術院の研究員らがずらりと並んでいた。


 部屋の真ん中にポツンと一人で立たされている私は、彼らの突き刺すような強い視線を受けて身をすくめる。


 ――不敬罪? なにそれ?

 もちろん罪状の意味はわかる。君主や王室の人間に対して、敬意を欠いた発言や行為を処罰するものだ。


 わからないのは、私のどんな言動がそれに該当したのかということだ。さらには通常でも五年以下の投獄で済むはずが、国を出ていけというのだから穏やかな話ではない。


「わ、私がいったい何をしたというのですか?」

 オルデミール様とは研究を通じて、良好な関係を築けていると思っていたのに。


「シェリナ。お前は殿下に禁忌薬物を飲ませ、心身を惑わし、殿下が心血を注いで完成させた研究論文を盗用した。証拠も挙がっている。それでも申し開きたいことはあるか?」

 宰相の最後の言葉は、とりあえず決まり文句だから付け足したかのような義務的な響きがあった。


「な、なんですって……?」


 ――禁忌薬物? 論文盗用? 証拠も挙がっている?

 余計にわけがわからなくなる。


 私が、王都にある王立アルセリオ学術院に入学したのは、約一年前のこと。


 風が吹けば土埃が舞い、雨が降れば何もかも流される、そんな不毛な故郷――クライン男爵領を救うすべを見つけたかったからだ。


 特にここ数年、天候不順は当たり前のように続いており、自分たちも庶民とほとんど変わらない暮らしを送らざるを得なかった。


 このままでは、いずれ人は減り、ますます貧しい領地になってしまう。

 少しでも両親を助けたい、領民を笑顔にしたい。何かできることはないか考えていた時に、旅の学者が王都にある学術院の存在を教えてくれたのだ。


 領地経営に関しては弟が継ぐだろうから、私はその学術院で痩せた土地の改良方法を見つけようと決意した。そして入学後、他の領地も、いや、それどころか西の山脈の向こうにある大国シュテルンガルト帝国でさえも同じような問題を抱えていると知って驚いた。


 そんな大陸規模の問題に、私は挑もうとしているのか、と。

 数々の英知を集めても解決できていないことを、十八歳のひよっこ研究員である私がなんとかできるとは思えなかったけど、何もしないよりはましだと、及び腰になった自分を叱咤する。


 私が選んだ研究分野は【地脈テラノア学】というものだった。


 地脈テラノアとは、簡単に言うと地下に張り巡らされた水脈に似た存在だ。ただしそこを流れるのは水ではなく【魔素エーテル】という生命力の源みたいなもの。これがおよそ百年前から減少しているらしい。


 おそらくその魔素が、土壌の栄養だったのではないかという推測は立っているが、肝心の枯渇した魔素の増やし方はまだ解明されていない。


 私は領地のはずれにある古い森の周辺には、草木がよく育っていたことを思い出した。地脈や魔素というものが存在するなら、そこにはまだ流れがあることになる。けれども、なぜそこだけなのか。


 ――もしかして、特定の植物には魔素を引き寄せるか、蓄える力があるんじゃないかしら。

 それなら、その植物を各地に増やしていけば、魔素が満ちて肥沃な土壌になるのではないか。

 そんなことを夢中でノートに書き綴っていた時、背後から声をかけられた。


『すごいね、この仮説は君が一人で考えたの?』

 そうです、と言いながら声の主の方を振り仰いだ私は、その整った面立ちに思わず『ひぇっ……』と声を詰まらせてしまった。


 彼は美しい金の髪を揺らし、琥珀色の瞳でまっすぐにこちらを見つめてくる。


『もっとよく読ませてくれないか』

 突然肩越しにノートを覗き込まれ、『は、はい……』と小さな声で返事をしながら顔が熱くなるのを感じた。鏡で見たら、きっと林檎みたいに真っ赤になっていたに違いない。


『魔素の吸着、か。今まで聞いたことがない。これは他の研究員も知っているのかい?』

 耳元で囁くように問いかけられて、私はぶんぶんと首を横に振った。


『そうか。これは素晴らしい研究になりそうだ』


『ありがとうございます……』


『だが、君はまだ一年生だね』

 彼は、私の制服の襟に刺繍されている一本線を見て顎をさすった。


『若さゆえに発言をないがしろにされることもある。よければ僕と共著という形で論文を書いてみてはどうかな?』


『あの、あなたは……?』


『僕はオルデミール・レインボルト。論文が完成するまで、このことは二人だけの秘密だよ?』

 王子様から輝くような笑みを向けられたら、その甘い沼に一気にドボンだ。


『ワカリマシタ……』

 かちこちに固まった私を見て、オルデミール様は一言『いい子だね』と言って目を細めた。


 彼は内緒で特別なお菓子をくれたり、私の瞳の色に合わせてアクアマリンの髪留めをプレゼントしてくれたこともある。


 途中から領地のことよりもオルデミール様に認められたい、褒められたい一心で昼夜も厭わず研究にのめり込んだ。


 だから、研究のほとんどを私一人で内密に進めることになってもなんの疑問も抱かなかった。彼が話を聞いてくれるだけで、私の心は満たされていたからだ。


 約一年がかりで書き上げた論文をオルデミール様は受け取ってくれた。


 頑張ったねと、彼に優しく微笑んでもらえただけで疲れも吹き飛ぶ。大好きな人の力になれたことが嬉しくて、早く共著をみんなに発表したくて、徹夜も苦にならなかった。


 それが、つい昨日までの話――。


 さて、どこに禁忌薬物や論文盗用の要素があったでしょう。

 わかった人がいたら挙手してくれる?

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