第6話
アロイシウス・コーウィン・ウエブスター大公。地球を除く太陽系を治める銀河アースガルド帝国皇帝ローガリク陛下の異母兄だ。本拠地は火星で、領地にある天王星や海王星では超高圧下でメタンガスが分解され、炭素が変化したダイヤモンドが生成される。これが大公家の収入源の多くを占めていた。
しかしそのダイヤモンドが度々
「なんだあの数は!?」
極秘任務だった今回のダイヤモンド大量輸送計画だが、どこからか情報が漏れていたらしい。モニターに映し出された艦隊や戦宙機の数を動員しても、宙賊には十分な実入りとなるほどの大量の輸送だった。
この宙賊討伐艦隊の指揮を執るのは大公領軍第三艦隊司令のヴァル・フェルトンである。これまで多くの宙賊を宇宙の塵とてし葬ってきた彼も、目の前の大型スクリーンに投影された敵の大軍団には目を見開かざるを得なかった。
「敵勢力、大型艦3、ミドルクラス10、ライトクラス52、他に戦宙機256機が展開!」
「
「バカを言うな! 大型艦はどう見てもアストロ級だろう! ミドルクラスこそがサテライト……
「ま、まさか!? そんなことが本当に可能なんですか?」
もう一人は副司令のロスウェル・ニコライ。長くヴァルの許で苦楽を共にしてきた51歳で、二人は同い年の戦友だ。
艦紋とは艦船独特のもので、帝国軍は現存する全てのデータを持っている。そこに一致しないとなると秘密裏に建造された新造艦か、無許可の造船所で造られた艦ということだ。
この敵大軍団に対しヴァルの率いる第三艦隊は、最小構成のサテライト級巡洋艦一隻を旗艦とするアステロイド級駆逐艦五隻のみだった。船団の規模に対し護衛艦が少ないのは今回の輸送が極秘任務であったためだが、通常であれば宙賊相手には十分すぎる戦力である。
むろん不測の事態が発生すればすぐに援軍が駆けつける手はずになっていた。しかし第三艦隊の誇るアストロ級戦艦も20隻を有する巡洋艦も一向に姿を見せる気配がない。
「艦紋偽装は反皇帝派のムルデン伯爵が密かに開発を進めていたという噂があったが……」
「
「あるいは伯爵は生きていて宙賊に加担しているとも考えられる」
トマス・ムルデン、太陽系からおよそ300光年離れた惑星ムルデンを軸とした惑星系領域を治めていた伯爵である。ただし惑星自体は人が居住可能な環境ではなかったため、本拠地はムルデン軌道上に浮かぶコロニーだった。ムルデン家取り潰しの際に領民は退去させられ、現在は廃棄コロニーとして登録されている。
「3千光年の彼方でワープ中継機も
「司令、宙賊の
「なんだと!? 繋げろ!」
通信士が回線を開くと、妙に甲高い声が聞こえてきた。
「声紋解析できません!」
「ボイスチェンジャーか……」
「大公領軍の諸君、私のことはそうだな、ブラックビアードとでも呼んでくれたまえ」
「ブラックビアード……黒ひげだと!? バカバカしい!」
「その声はヴァル・フェルトン司令かな?」
「宙賊が声紋データを持っているとは驚きだ」
小声で通信士がロスウェルに黒ひげとは何者かと尋ね、副司令は史上最も有名な海賊の一人だと答えていた。
「帝国の
「やはり艦紋偽装か」
艦紋を偽装する意味は、レーザー砲の出力を容易に計算させないためである。小さく見せれば出力が下げられるので、受けるダメージを軽減できるというわけた。
「我々の戦艦は帝国のアストロ級より世代が進んでいてね。主砲の火力、シールドの耐久力とも従来の5割増といったところかな。もちろん他の艦もね」
「なんだと!?」
「さて、こちらからの要求だが見ての通り戦力差は一目瞭然だ。とは言え戦えば少なからず我々も被害を被る。そこでどうだろう。輸送船は積み荷を残し総員退艦。乗組員を回収したら君たちは速やかにこの宙域からワープして離脱するというのは」
「ふざけるな!」
「言っておくが現状そちらの火力ではこちらの戦艦はおろか、ミドルクラスの巡洋艦のシールドすら飽和させるのは不可能だよ。その前にこちらが沈めてしまうからね」
裏付けはすぐに取られた。解析の結果、ブラックビアードの言葉は誇張ではないと分かったのである。つまり第三艦隊に宙賊への勝ち目はないということだ。
「
「な、なにを!?」
「駆逐艦イーシャルがロックされました! 敵全砲門イーシャルに向いてます!」
「全砲門だと!?」
「イーシャル回避行動開始! 敵艦一斉射!」
肉眼で視認できる距離にいた駆逐艦がレーザー砲の一斉射撃を受けた。フィルターで明るさをコントロールしなければならないほどの光を放ち、何本ものレーザー光がイーシャルに突き刺さる。シールドは1秒も持たずに飽和し、艦体が熱で赤く染まって膨張の兆しを見せていた。
「回避! 回避! 回避!」
「逃げられません! 被弾します!」
「艦長ーっ! シールド飽和ぁ!」
「もう持ちません!」
「熱い! 熱い!」
「た、助けてくれーっ!」
イーシャル艦内の混乱は音声入電によって伝わってきた。大型艦、ミドルクラス、ライトクラス合わせて65隻もの艦からレーザーの一斉射撃を受けたのだ。あれでは駆逐艦はおろか、ヴァルの乗る旗艦たるサテライト級巡洋艦でも1分と持たないだろう。
「イーシャル陽子炉臨界……爆発します」
レーダー官の悲痛とも言える呟きの数秒後、駆逐艦イーシャルは大爆発を起こした。このわずかな時間で外に避難できた乗組員はいない。事実、イーシャル乗員約250人の生命反応は皆無だった。
「イーシャル、爆沈……」
「輸送船のワープはまだか!?」
「ワープ中継機がクラッキングされたようです! ワープ出来ません!」
「ぐぬぬ……」
「尊い命が失われてしまった。哀れな彼らに弔意を表しよう」
「ブラックビアード、貴様!」
「どうかね、ヴァル司令。これ以上の戦いは無意味だと思うが?」
「輸送船に打電。総員退船……」
「司令!?」
「ヴァル司令!?」
だがその時、宙域のあちらこちらで小さな爆発が起こっていた。
「な、なにごとだっ!?」
不測の事態に黒ひげも慌てているようだ。
「敵戦宙機が攻撃を受けているようです」
「戦宙機が攻撃を受けているだと? 相手は?」
「レーダーに感なし! 正体不明です!」
「高出力レーザー反応確認! 味方でしょうか」
「分からん。第三艦隊全艦シールド最大出力! 攻撃に備えよ!」
「はっ!」
それから間もなく、第三艦隊も宙賊も驚きのあまりフリーズしてしまうことになる。現れたのは全長2万5千メートルの黒い艦体だった。
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