第4話
『本艦の所有者の変更は認められません』
これが俺に聞こえたアリスイリスの声だった。理由は出発前にレイアが
しかし一つ重大な問題もある。それはアリスイリスが自身を"船"ではなく"艦"と称したことだ。言葉遊びをするつもりはない。船も艦もいずれも"ふね"を意味するが、"船"がもっとも一般的な"ふね"を表すのに対し、"艦"は主に軍艦を表すのである。
最初に
『本艦は銀河アースガルド帝国を滅ぼすなど造作もありません。むろんのこと、その他の国々も例外ではありません。本艦は現時点において銀河系最強です』
銀河系最大を誇る銀河アースガルド帝国。アリスイリスはその強大な帝国を滅ぼすほどの力を持っているというのだ。挙げ句は銀河系最強とか。さすがに盛り過ぎだろうとは思ったが、男はそういうところにロマンを感じるんだよね。
もちろん俺は帝国に仇なすつもりは毛頭ない。宙賊に襲われて住む家も家族も失い途方に暮れていた俺を保護し、士官学校に通えるようにしてくれたのは帝国だ。恩を感じこそすれ、反逆するなど以ての外なのである。
「とにかく無事に帰らないことには始まらないか」
「ねえ、いきなり海王星軌道に近づくのはマズいんじゃないかしら」
「地球を除く太陽系は大公領だからな。認知されていない船が不用意に近づくと攻撃される可能性がある、というか高いぞ」
「ユリウスの言う通りね。一光年くらい手前にワープアウトしたらどうかな」
「アロイシウス殿下なら士官学校の生徒だって名乗れば話は聞いてもらえるかも知れないか」
アロイシウス・コーウィン・ウエブスター大公殿下はローガリク皇帝陛下より二つ年上の39歳、異母兄である。母親が前皇帝の側妃であったため、帝位は正妃の息子である弟のローガリク陛下が継いだ。何事も一番でないと気が済まない陛下に対し、アロイシウス殿下は野心に疎いと言われている。もちろん本当のところは定かではない。
「アリスイリスも一光年手前のワープアウトに賛成だそうだ」
「なら決まりね」
「えっ!? いや、しかしそれは……」
「どうした、ハルト?」
「アリスイリスが
「どうして!?」
「
俺に聞こえた本当の理由は違う。しかしこう説明しろと言ったのもアリスイリスだ。
「確かにこれだけの大きさのコロニーだし、ソーラーシステムは休眠しているだけのようだからな」
「なんで廃棄されたのかしら」
「太陽系から一千光年も離れたこんなところを彷徨ってたんだ。維持の問題じゃないか?」
違う。そんな平和な理由じゃない。しかし今は言えない。
『アリスイリス、起動します』
「もしかしてこれがハルトに聞こえてた声か?」
「ああ」
「透き通るような耳に心地いい声ね」
間もなくすると俺たちにコロニーから出るようにとの指示が聞こえたので、素直に言われた通りにした。メドギドから外に出ると、こちらから見てコロニー上部の巨大なハッチが開きアリスイリスが姿を現す。
しかし今は赤色に点滅しているビーコンライトが、もし白色で明滅もしていなければ単なる星明かりにしか見えないだろう。よほど近づかない限り艦体の視認は不可能に近いのではないだろうか。それにしてもデカい。
そしてなにより――
「レーダーに反応がない!?」
俺たちが見ていたのは船外を映すモニターで、ある意味肉眼で見ているのと同じ光景だ。このモニターは単純にレンズを通した画像と、各種センサーの信号を合成した映像を見せてくれる。しかし現在センサーは全く反応しておらず、モニターにはレンズからの物理的な映像のみであることが示されていた。
「レーダーにセンサーまで無反応とは……」
「肉眼でしか見えないってこと!?」
「この船のセンサーって帝国でも最新式じゃなかったっけ?」
「軍用に準ずる性能のはずだ。レーダーもな」
実はこれがメドギド発見時に発したレイアの疑問、質量計算が合わないと言ったことに対する答えだった。アリスイリスが質量を隠蔽していたため、あの格納庫自体の質量が丸々センサーに反応しなかったのである。
『貴船ストロウベイリー号の制御系統の解析が終了しました。これよりコントロールビームで格納庫に誘導します。安全のためシートに座り、生命維持ベルトをお締めください』
再び全員に聞こえる声で指示がきた。コントロールビーム?
そんなことを考えながらシートに座ると、船の状況を示すモニター全てが通常航行状態に移行していた。なるほど、トラクタービームで強引に引っ張られると受け入れる操作をしなければ警告音が鳴り響くのだが、どうやらコントロールビームは船自体をきちんと制御しているらしい。まるで自動操縦だ。
もちろん船外モニターは正常に機能しているので、俺たちがアリスイリスに誘導されて近づいていく様子も見えている。今になって気づいたことだが、あの艦には継ぎ目らしき部分が一切見当たらなかった。全身ツルッとした感じで兵装のような突起物すらも見えないのである。
漠然と不思議に思っていると、俺たちの船はアリスイリスに衝突寸前のところまで近づいていた。そしてまさにぶつかるというその瞬間に、黒い艦体の一部がふわっと光ったのである。
信じられない感覚だった。まさに壁抜けのごとく、ゆっくりとストロウベイリー号の船体が光の中に吸い込まれていく。そこは紛れもなくアリスイリスの艦内だった。
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