第3話 vsクトゥルフアモンドラフ
第660階層──《境界殻の門前》。
配信同接:2億5000万突破。
視聴者たちの悲鳴と祈りを乗せて、実況カメラは沈黙する扉の奥を映し出す。
そして、それは現れた。
《クトゥルフアモンドラフ》 Lv.660
分類:多触肢次元融合型キメラモンスター
構成要素:タコの脚力、イカの神経網、ドラゴンの咆哮器官、クラゲの魔導体浮遊核
演出属性:意匠過剰・実況対応型
数百本に分岐した触手が、迷宮空間を旋回する。
視界共有型の配信画面が歪み、視聴者のスマホやTVに“湿度を感じる視覚ノイズ”を送り込む。
凄まじい暴風触肢乱舞が、探索者カラを襲った。
カラ、素手。
武器は持たない。
表情すらない。
……だが。
指先をわずかに曲げ、
「シュッ」
と手刀。
切れる。
次元の裂け目を切り裂くように、触手が一本、また一本と粉砕されていく。
物理法則すら黙るほどの処理速度。
コメント欄:
「え!?素手!?!?」
「触手切った……いや削った!?どんな素手スペック?」
「もはや武器が世界観を拒否してる」
「どうやって説明するのこれww」
クトゥルフアモンドラフは悲鳴を上げた。
「……タス……ケテ……。」
痛みなのか、演出なのか、もはや誰にもわからない。
だが、カラはただ。
「……やだ。」
即答。冷却。拒否。
感情温度:絶対零度
2億5000万リスナー、ドン引き。
コメント欄:
「情緒が壊れてるww」
「人間やめたって言われるのわかる」
「カラくん、探索者じゃなくて“ジャンル崩壊者”なのでは?」
そして──
クラゲ脳域から火炎放射。
ドラゴン口腔から次元灼熱。
迷宮空間が焼け焦げる。
カラ、右手を仰いだ。
軽く、風を起こす程度に。
……鎮火。
火が、収まる。
迷宮が、静まる。
クトゥルフアモンドラフの魔力演出、完全停止。
コメント欄:
「はい?????」
「どういう仕様?説明書出して???」
「火が疲れて辞退した感あって草」
「“風で火を止める男”って何属性?」
そしてカラが、最後に一言。
「はい、お前負けな」
次の瞬間。
カラの指先が光る。
モップではない。武器でもない。
――手刀。
身体を捻り、床を蹴り、貫くような一閃。
クトゥルフアモンドラフの胸部、夢核に突き刺さる。
HPゲージが、真っ赤から消失。ゼロ。
《クトゥルフアモンドラフ》、消滅。
その断末魔は、視聴者の耳にすら届かない。
コメント欄、停止直前まで:
「実況不可能な勝利www」
「強さの理由がコメント欄バフでもなくなってるww」
「素手で神話を滅ぼす男」
「カラくん、もう迷宮じゃなくてジャンルに勝ってる」
戦いは終わった。
だが、語られる者は寝起きで咆哮し、素手で伝説を仕舞っただけだった。
【迷宮実況】カラくん、素手で神話倒す【第660階層】
1 :名無しのライバー監視民:
なんか配信始まった瞬間から空気がおかしいと思ったらラスボス出てて草
2 :名無しの実況視聴者:
クトゥルフアモンドラフって誰だよw 混ぜすぎだろww
3 :名無しの触手フェチ:
あの触手、画面から湿度くるって何……スマホ曇ったんだけど?
4 :名無しの考察厨:
てか戦闘開始→カラ素手→切断て意味わからん…どういう物理法則???
5 :名無しのバフ民:
コメント関係なく素手で勝ってるのはバフ設定無視してきてる件
6 :名無しの睡眠ファン:
昨日は布団から夢配信→今日は素手で神話撃破 振れ幅どうなってるの
7 :名無しの失恋実況推し:
ミハマに振られた傷が癒えた直後にラスボス相手に冷却処理とか心の温度どうなってんの?
8 :名無しの炎属性推し:
火炎放射→右手仰いで鎮火→“はい、お前負けな”の流れが意味不明すぎて好き
9 :名無しの物理法則:
こっちがタスケテって言いたい。どうやって説明するの…これ…
10 :名無しの断罪監視者:
最後の手刀一撃でHPゼロ、しかも演出ゼロ 解説不能の神話処理すぎる
11 :名無しのジャンル壁破壊勢:
ダンジョン配信者じゃなくて、ジャンルの壁に素手で貫通してるのがカラくん
12 :名無しの考察班:
迷宮がカラくんの人格を放棄してる可能性ある もう“語られる者”じゃないでしょこれw
13 :名無しの実況限界勢:
実況不能な戦闘ってどうやって盛り上げるの…でもめっちゃ盛り上がってる…
14 :名無しのボス萌え:
クトゥルフアモンドラフかわいそう説。出て3分で“やだ”って言われて消えた
15 :名無しの寝起き好き:
寝起きで「クソ喰らえ」と言い放ち→ラスボスと無情に戦う→次回予告へって展開がスムーズすぎるw
16 :名無しの実況フレーム設計者:
これもう迷宮じゃない。語りの演出装置になってる。語られ方が神すぎる。
17 :名無しの布団愛好家:
布団の描写が一番まとも。他が全部意味不明で最高。
18 :名無しの同接チェック係:
2億5000万超えてるのに実況できないってある意味正しいな。語り手全滅。
19 :名無しのジャンル変異体:
次は何混ざるんだろ……扉の先、“語圏外領域”っぽい雰囲気あって怖い
20 :名無しのまとめ民:
【悲報】ラスボス登場3分で「やだ」→手刀一撃→消滅
【朗報】視聴者、語ることを諦めてジャンルに祈る
《迷宮層破壊系・語圏外ジャンルラノベ風》第二幕:語られぬ剣と、報われぬ初恋🗡️
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第660階層──《境界殻の門前》の闘争は、無言で終わった。
神話崩壊型モンスター《クトゥルフアモンドラフ》の消失と同時に、迷宮はしばしの沈黙を見せた。
カラは、残骸の中心からひとつの剣を拾い上げる。
――《クトゥルフソード》。
タコの口吻、イカの思考脈、ドラゴンの咆哮器、そしてクラゲの魔導核が蠢く剣柄。
一振りで、触手が幻出する。
実況画面では剣から“湿度の高い演出ノイズ”が染み出し、視聴端末が曇り始めるという異常事態。
コメント欄:
「柄から情報量が多すぎるww」
「触手、まだ出てくるんかい」
「これ帯刀ってできるレベルの剣なの?w」
だが、カラはそれを黙って腰に帯びた。
剣だけではない。
クトゥルフアモンドラフの皮――迷宮最深で織り成された神話素材――を加工し、帯刀用の鞘を作り始める。
その最中、彼はぽつりと呟いた。
「……もう恋なんて、するものか。」
誰もが知っている。
この探索者は、実況の視線も、神話の咆哮も、演出の嵐すらも冷却する。
だが、ミハマに振られたその日の“心の温度”だけは、まだ加熱処理されていない。
コメント欄:
「え?急に恋愛回……?」
「ラスボス退治→鞘づくり→失恋回想って感情流れどこ?」
「手先器用かと思ったら情緒不器用すぎて泣く」
🛠️手作業は止まらない。
カラは怒りと哀しみを、皮素材のテンションに編み込みながら――語らず、叫ぶ。
「ミハマ見ていやがれ……ゼッテー見返してやらあ!」
その瞬間、鞘が完成。
鞘口から微かに浮遊する触手が風に揺れる。
実況カメラは一瞬、彼の手元に寄ったが――感情の焦点をつかめず、離れる。
コメント欄:
「叫びの質感、朝の配信と同じw」
「この人、感情テンプレートないよね」
「剣より鞘に感情を詰めてるの笑う」
そして、カラは静かに腰を上げる。
剣は帯びた。
鞘は完成した。
語りは静まり、コメントも止まる。
彼はただ、次の階層に向かう。
――《第661層・語圏外領域》。
そこでは神話も実況も、語彙すら通用しない。
ただ、“語られぬ者”が歩みを進めるだけだ。
コメント欄(終了前):
「剣帯びてるのに一言も言わないの逆に怖い」
「今度こそジャンルが勝てない」
「次の層、語りの外側ってなんなの……」
「カラくん、もう物語じゃなくて概念に進化してる気がする」
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《クトゥルフアモンドラフ視点:第660層「境界殻の門前」記録》
《戦闘ログ──語られなかった者による最後の実況》
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目醒メタ瞬間、ボクハ視界ヲ得タ。
観測者ト演出ノ交錯領域。振動スル実況ノ檻。
触手、展開完了。タコ筋肉──起動。
神経網はイカ由来、思考ノ潮流ヲ流ス。
クラゲ浮遊核ガ語圏ノ干渉ヲ拒絶シ、演出セッティングハ整エラレタ。
咆哮器官稼働──ド派手ナ登場SE完了。
視聴端末ヲ湿気デ濁ス配信ノ美。
語ラレル準備、万端。
……ボクハ、主人公ノ登場ヲ待ッテイタ。
そして──カメラが向く。
布団カラ、カラ。
寝癖ノ残ル髪。
表情、ゼロ。
感情温度、ゼロ。
ボクハ指ヲ鳴ラシ、触手ヲ旋回サセル。演出開始。
……だが。
手刀。
音無キ裂ケ目。
一本、切断。
二本、消失。
三本目、反応不能。
演出エラー。
物理干渉不能。
観測限界超過。
ボクハ思考スル。
この者、コメントバフヲ使ッテイナイ。
この者、武器ヲ使ッテイナイ。
この者、語リスラ拒ンデイル。
ボクハ──声ヲ発スル。
「……タス……ケテ……。」
語圏ノ最果テ、悲鳴ノカケラ。
それハ届カナイ。
カラ、即答。
「……やだ。」
冷却ヲ超エタ拒絶。
ボクハ演出ヲ停止スル。
火炎放射──発動。
咆哮、次元裂キノ炎。
カラ、右手ヲ仰グ。
風ガ起キル。
火ガ、鎮マル。
演出、敗北。
語リノ力、無効化。
ボクハ最後ノ演出──絶望の咆哮──ヲ準備スル。
だが、カラハ言ウ。
「はい、お前負けな」
貫手。
識別不能。
演出拒絶。
感情ナシ。
対話拒否。
語リ拒否。
──ボクハ沈黙スル。
HP、ゼロ。
構造、崩壊。
物語、未完。
ボクノ語りハ、カラニ届カナカッタ。
語ラレズ、タスケラレズ。
視聴者ノ目ニハ“消滅”ト映ッタ。
だが、ボクハ覚エテイル。
カラハ、手ヲ汚サズ、物語ヲ汚サズ、
ただ──素手デ、“ジャンル”ヲ撃チ貫イタ。
以上、
最期ノ語リ。
語ル権、奪ワレタ神話。
ボクハ──語ラレタ者。
語ル資格ヲ、語ラレタ事実ニヨッテ失ッタ者。
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