*呪録典*《遺志抱く少年 編》

へろあろるふ

出逢い


 何も無い暗闇の中で、金木犀のような甘い香りが漂っている。


 何処からか、風が葉を揺らす音や、鳥のさえずりが聞こえてきた。



 (これが『死』なのかな。これからずっと、永遠の時間をこんな風に、心地の良い音を聞いて過ごすのかな。)



 そんな事を思った時、僕は暗闇の正体に気付いた。周囲の全てを覆うそれは、暗闇ではなく目蓋だ。


 (目を開けよう。そうすれば、きっと何かが見えるはずだ。)



「………っ。」



 目を開くと、そこには眩しい光が待っていた。

 真っ白な景色から徐々に光が抜けていき、鮮やかな世界が、森林が、僕の視界に染み込んで映る。



「ここは…。」




 見た事がない場所だ。



 膝ほどの丈がある草が生え、野太い木々が辺りにそびえている。

 白や青の花が咲き乱れ、遠くの何処かで鳥が鳴いている。




 僕は身体を動かせる事を確認すると、森の中を歩き始めた。



 間もなく、僕の目の前に大きな熊が現れた。額には青く光る宝石が……なんで刺さってるんだろう? 熊さん、痛くないの? 大丈夫なのかな?



 僕が心配していると、熊さんは右手に持った斧を振りかぶった。

 僕の後ろに立っている木を切りたいようだ。


「邪魔だよね、ごめんなさい。」



 僕がそこから退こうとするすると、熊さんはいきなり斧を振り抜いた。


「わっ!?」

「バカ野郎ッ!!」



 突然 女の子の声がしたと思うと、僕はそこから蹴り飛ばされた。

 僕は地面に身体を打ちつけ、膝を擦りむく。


「痛てて…。」



 顔を上げると、そこには女の子の後ろ姿が立っていた。白い長髪で、パーカーらしき服を着ている。


「下がってろ。」

「あ、はい…。」


「詠唱 省略、第二章 展開。」



 シャン、と鈴の音が聞こえた。少女の周囲の草が燃え上がり、彼女の背後に赤い円環が浮かび上がる。


「【破城のいしゆみ】」



 円環の内側に紋章が広がると同時に、少女のかざした掌が輝く。

 その掌から、けたたましい破裂音と共に 赤い稲妻が弾け飛んだ。


 一筋の閃光が空中を駆け、狙い澄ましたように熊の額を貫く。頭にぽっかりと穴が空いた熊は、ゆっくりと地面に倒れた。




 草を燃やしていた周囲の炎は、徐々に勢いが落ちていき、最後には全ての火が消えた。


「…無事か?」

「あ、はい…。」



 その時、初めて女の子が振り向いた。その透き通った碧色の瞳は、夏の海のように輝いて見えた。


 無愛想な表情、細くもたくましい身体。可愛いらしい声質に反して、男らしい口調。


 全てが合わさった結果の第一印象としては、『スケバンの姉貴』だ。



「…血みどろじゃねーか。」

「いや、ただの擦り傷…だよ。助けてくれて、ありがとう。」


「……まぁいい。それよりお前、どこの村の人間だ。送ってやる。」

「村……?」


「鈍臭い奴だな。……何処から来たのかって訊いてるんだ。」

「えっと……病院…。」


「ビョウイン? そんな地名、聞いた事ないぞ。随分と遠くから来たんだな。」



 少女は眉をひそめて、僕の顔を眺めた。僕は未だに状況が掴めずにいる。


「えっと、地名じゃなくて…。ここは何処なの?」


狼聖姫ろうじょうきの森だ。東モレバスの平原地帯に位置する森林で、指定危険区域『オメガ・ダンジョン』の一つでもある。」


「ロウセイ……モレ…?」

「嘘だろ…。お前、魔族か何かじゃねーの?」




 その後、僕は自分が異世界に来た事を知った。

 彼女曰く、魔法が普及している世界らしく、聞いた限りだと最近のラノベとかで良く見るような世界観のようだ。

(彼女の服装からは、異世界の雰囲気なんて微塵も感じられないけど。)



 ここはモレバスという国の東部にある森で、『魔獣』と呼ばれる危険な動物が蠢く『ダンジョン』というらしい。


 その中でも、ここは上位クラスの危険度を誇るんだとか。



「えっと……。」

「ん。……私はアズヴァルト・レインスカーナだ。お前は?」


「ショウゴ…。よろしくお願いします、アズヴァルトさん。」

「バルでいい。呼びにくいだろ。あと敬語もやめろ、キモい。」


「うん、バル…。バルは、どうしてこんな所に来たの? ……危険、なんだよね。」


「………。パトロールだ。ついて来い、安全な場所まで連れて行ってやる。」


「あ、ありがとう…。」










































































































 

































































































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