第43話 サークル臨時⑤


 結局、今回のトラブルは主催チームの介入によって収まった。


 押し付け組も、雨木も、そしてカナタも、誰一人として納得しないまま、サークル臨時は継続となった。

九階層の平原を抜け、階段の手前まで進んだところで、一度足が止まる。

そこから先は、来た道を引き返すだけだ。


 アーチャーレッサーコボルトが出現しない位置まで戻ると、空気は一変した。

戦闘は淡々と進み、誰も無理をしない。

まるで、さっきまでの出来事など、最初から無かったかのように。


 だが、確かにあった。

それを証明するかのように、編成に変化が生じている。


 まず、折り返し地点で先行していた組が入れ替わった。

一つが中盤へ下がり、代わりに別の組が先行に回る。

それに伴って、全体の位置取りも変わった。

そして、先行に上がったその組の中には、女性冒険者を突き飛ばした男の姿もあった。


 最も大きく変わったのは、カナタだろう。


助けた女性冒険者に付き添って歩いている。


「大丈夫? まだ痛む?」


 穏やかな声色で、心配そうに声を掛けている。

ついさっきまで殴り合っていたとは思えないほどだ。

女性冒険者は、少し照れたように笑って答えている。

その周囲には、自然と人が集まっていた。


 漢気を見せた。

その一点だけで、カナタは周囲から放っておかれなくなった。


 一方で、雨木は少し離れた位置――最後尾にいた。

周囲に人はいない。


 ――まあ、こうなるよな。


 雨木は内心で肩をすくめる。

女性冒険者を守るために戦ったカナタ。

対して雨木は、突然喧嘩に介入し、理不尽に暴れた、という扱いだ。


 もちろん異議はある。

だが、雨木がトンファーとバールを振り回し、暴れたという事実は消えない。

主催チームが武器を持って介入するまで、容赦なく振りまわしていた。


(初参加の俺に、揉め事に武器はご法度なんて言い分、知るかよ)


 それがサークル臨時の暗黙の了解だ。


 切れたカナタも問題だが、素手で向かっていた。

 これは問題ない。


 受けた相手も素手だった。

 これも問題ない。


 途中から乱入し、カナタを蹴った者。

 そしてそれに続いた者たち。

 彼らも武器は使っていなかった。だから問題ない。


 だが――雨木、お前は武器を振り回した。

 だから駄目だ。


 これが、この場の不文律だった。


 主催チームの判断により、本日の分配は剥奪。

経験値稼ぎをする権利も取り上げられた。

結果、雨木は最後尾を一人で歩いている。


 最後尾を歩く雨木は、近くにレッサーコボルトが現れた時だけ、参戦を許されている。

だが、戦闘が起きることはない。


 雨木が飛び蹴りを喰らわせた男とその仲間たちが、雨木に経験値稼ぎをさせなかったのだ。


(フン、出来るなら最初からやればいいものを)


 わざわざ後方に位置取りを変え、道中、雨木を睨みつけてくる。

レッサーコボルトが現れれば、積極的に倒しに行く。

そうやって雨木を排除し、同時にカナタとの距離も分断していた。


 しばらく歩き、休憩ポイントに差し掛かる。

雨木は最後に、そこへ到着した。


 その時だった。

男が二人、人の流れを抜けて雨木に声を掛けてきた。


「まあ、なんだ……あんたは貧乏くじだったな」


 声を掛けてきたのは、先行組だったチームの一人。

その横には、カナタと殴り合っていた男がいる。


「何? 第二ラウンド?」


 雨木は飲んでいたペットボトルを戻し、トンファーに手を掛けて答えた。


「ちげーよ。するなら、とっくにやってる。

俺は引いた。あんたも、それ見てたよな?」


 確かに、主催チームが間に入った時、殴り合っていたこの男は、事を大きくする気はないと言っていた。

むしろカナタの方がエキサイトしていて、止まらなかったくらいだ。


 雨木は、主催チームに武器を向けられ、囲まれた状態でそれを聞いていた。

この男の言葉次第では、即座に再度暴れるつもりだった。


(女を突き飛ばすような奴が、理知的ぶってんじゃねぇよ)


なんて思っていたくらいだ。


「……まあな。殴り合ってた方が引いて、乱入した奴が続けさせようとした。変な光景だったな」


 目の前にいる男は、あの場で引いた。

代わりに「ふざけんな、続けろよ」と騒いだのは、雨木がライダーキックを叩き込んだ男の方だ。

だがそいつは自分が殴り合うのではなく、この男に続けろと煽った。

カナタではなく、「雨木そいつをぶっ飛ばせ」とエキサイトして叫んでいた。

そしてあっさり拒否された。

だからそいつは今も、雨木を目の敵にしている。


「それな。少し、話していいか」


 雨木は少し迷い、それからうなずいた。


「率直に言う。突き飛ばしたのは、わざとじゃねぇよ。

だが、謝る気はねぇ」


 男は雨木の目を見て、はっきり言った。

(なんだやっぱり、喧嘩売りに来てるんじゃん)

雨木がそう言い返そうとした、その前に、男は続ける。


「敵が出たら散る。それが戦場ここじゃ当たり前だ。

ああいう時は、散らねぇ方が逆に危ねぇ。標的にされて、身動きが取れなくなる」


 雨木は黙る。

そこに、先行組だった男――顔に大きな傷のある男が続けた。


「弓が追加で出た時点で、即散開が正解だった。

誰かが前に出るより、まず距離を取る。狙いを分散させて、個別に対処するべきなんだ」


「……でも、あの子は動かなかった」


 先行組の男はそこで言葉を切り、押し付け組の男が続けた。


「結果として、ぶつかった。それだけだ」


 言い分は分かった。

雨木は、直前まで後ろを向いていた。

すべてを見ていたわけではない。


 それは、無い話じゃないと思った。

経験の差も、判断の違いも、理解できてしまった。

自分も今日、何度か、立ち止まった覚えがある。


「言ってることは分かる、けどさ。

だったら最初に、こうしろって言えばいいじゃんか」


「なんでだよ。俺たちは仲間じゃねぇだろ。

いちいち戦い方を教えてやる筋合いもねぇ。同じ、ただの参加者だろ」


 鼻で笑われた。

言われてみれば、その通りだと雨木は思い、何も返せなかった。


「身も蓋もねぇ言い方だけどな。

後ろで見て覚えるか、何も覚えねぇか、怪我して覚えるかだ」


 先行組だった男は、自分の顔に走る傷を指でなぞりながら言った。


 雨木は、一応は理解できる話だと思った。

初めてのサークル臨時。知らないことだらけだ。

ここには、ここの考え方がある。


 ――だが、それをそのまま、受け入れるつもりはなかった。


 それは選択肢の一つに過ぎない。

言われたことをそのまま、鵜呑みにするつもりはない。

それが正しいかどうかは、あくまでも自分で考える。


「で……それを、なんで俺に?

カナタに言えよ。殴り合った相手に」


 それが、雨木にとって最大の疑問だった。


「今は、聞く耳持たねぇだろ」


「落ち着いたらでいい。聞かせてやってくれ」


 二人は同時に親指で後ろを指す。


 その先には、カナタがいた。

複数の女性冒険者に囲まれ、楽しそうに話している。

満面の笑み。

あの時の猛々しさは、どこにもない。


 雨木は、その横顔を見て思った。


(そいつら、押し付け組と一緒にいた女なんだけどな)


 分かりやすく持ち上げられ、有頂天になっている。


(俺下げ、カナタ上げ、か。

……これは、あんまり期待しない方が良さそうだ)


 そう思いながら、雨木は二人の男に向き直った。


「機会があれば言っとく。

でも、あんまり期待しないでくれ」


 二人の男は、それを笑って受け取った。







※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを補助利用しています。

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