第25話 光に変わるもの、残るもの
微かにまだ残る熱気に顔を歪めながら、雨木は高速で思考を巡らせていた。
(危ねぇ。あれは危険だ。突っ込んで速攻でぶっ殺すが吉)
(いいな! 突っ込んで膝だ。チビの顔にぶち込んでやる)
(駄目だ、牙に当たると感染症が怖い)
(ならリーチで勝る。
(いや、こんな時こそ頭をバールでフルスイング)
(あー、セックスしたい。とんとご無沙汰だ)
(フルスイングのために冷静に動け、考えろ)
(ゴブリンにも雌がいるのかな? どうでもいい)
(身体が燃えるのは駄目だ。燃えていいのは心だけ、技は一瞬の風の如く)
(そんなこと出来る訳ない、どこの達人だよ)
(知ってる、出来ないから努力する。諦めたらそこでほにゃららだろ)
(あー、もう、面倒くさい! 何も考えず暴れまわりたいっ!!)
トンファーを強く握り直す。
(……なんて出来たらどんなに良かったか)
(フン、次弾をわざと撃たせてから距離を詰める……それが最良だな。避けられないほどのモーションじゃねぇ)
そう決めた瞬間に、違和感が走る。
「……あれ?」
蠟燭ゴブリンの頭上に揺れていた炎が、跡形もなく消えていた。
火を放った直後――まるで油が切れたように。
「こいつ……連発はできねぇのか?」
額を流れる汗を拭うこともなく、雨木は一歩後ろへ下がった。
トンファーを低く構え、敵の出方を測る。
(今日は撃つところを見ておくべきだ。今ならまだ余裕がある。条件があるなら確かめたい)
右側の棍棒ゴブリンは、肩口に突き刺さったバールを抱えたまま呻いていた。
だが、まだ息はある。
血を垂らしながら棍棒を拾い直し、ぎこちなく足を引きずって近づいてくる。
左のゴブリンも同じだ。
頭を打たれて倒れたが、ふらつきながらも棍棒を握り、寄って来ている。
だが動きに鋭さはない。
「……それはもう何度も見たよ」
雨木は大きく動かず、じりじりと距離を測った。
トンファーで棍棒を小さく弾き、押すように蹴りを入れて間合いをずらす。
狙いは倒すことではない。
時間を稼ぎながら、蠟燭ゴブリンとの距離を一定に保つことだった。
やがて、消えていた炎が再び小さく灯るのが見える。
最初は頼りない灯火。
それが少しずつ膨らみ、輪郭を持つように揺れ始めた。
「……なるほど。お前ら、前衛後衛できっちり役割分担なんだな」
雨木は、蠟燭ゴブリンが前に出てくることはないと確信する。
と、同時に蠟燭ゴブリンの頭上に炎がふたたび燃え盛る。
――撃ってくる。
直感した瞬間、雨木は右手のトンファーを右の棍棒ゴブリンの顔めがけて投げつけた。
風を切る音と共に、鈍い悲鳴が上がる。
一瞬の隙が生まれた。
その隙に駆け寄り、肩へ突き刺さったままのバールを引き抜きながら、棍棒ゴブリンの身体を蠟燭ゴブリンへと蹴り飛ばす。
だが、放たれた火球は蹴り飛ばされたゴブリンの頭をかすめ、なおも真っ直ぐ雨木へと迫ってきた。
「……っと!」
反射的に腕を上げ、バールを構える。
その曲がった先端が、偶然火球を受け止める。
――ジュッ。
軍手ごしに、掌に熱が走る。雨木は思わず腕を振り払った。
まとわりついた炎が床へ散り、赤々と揺らめく。
炎が石床を這い、ジュウッと嫌な音を立てて消えた。
「……なんだ、受けられるのか。ならもう一度――だが、雑魚はもう要らねぇ!」
雨木は左にいた棍棒ゴブリンへ踏み込み、火の熱を帯びたままのバールを横薙ぎに叩き込んだ。
――ガキンッ。
頭の骨が砕ける手応え。
ゴブリンの体が石床に叩きつけられ、痙攣を残して沈む。
さらに一撃、頭を打ち抜き、完全に沈黙させた。
視線を右の棍棒ゴブリンへと戻す。
その先で、雨木は異様な光景に気づいた。
蠟燭ゴブリンの頭上――燃えていたはずの炎が戻っていない。
焦げた芯だけが突き立ち、黒ずんだままだった。
「……おかしいな。さっきは割とすぐに――ん? 雑魚を殺すと火を撃てないのか?」
残る棍棒ゴブリンにはとどめを刺さず、雨木は距離を取りながら様子をうかがう。
だが炎が戻る気配はない。
黒い芯が、ただ静かに空気を焦がすだけだ。
「撃ったら消えて、また
さっきは時間でまた燃えてた気もする――が、どうなんだ?
もしかして二発しか撃てない?
どれが本当だ……分かんねぇ。けど絶対、何かしらルールがある筈だ。
それを見極めさえすりゃ、また遭遇しても勝てる」
時間だけが過ぎていく。
残った棍棒ゴブリンは呻きながらも立ってはいるが、もはや脅威ではない。
雨木は小さく吐き捨てた。
「あー……飽きた」
一気に距離を詰め、バールを振り上げる。狙いは蠟燭ゴブリンの右側頭部。
だが、残る棍棒ゴブリンがよろめきながら主を庇うように飛び込んできた。
狙いがずれ、バールの先端は蠟燭ゴブリンの顔面をかすめる。
――ズシャッ。
蠟燭ゴブリンの鼻が削ぎ落とされ、血飛沫が石床に散った。
蠟燭ゴブリンは悲鳴をあげ、呻きながらよろめいて逃げる。
「……グロッ、きもっ」
吐き捨てながらも、雨木の頭は冷静だった。
倒れた棍棒ゴブリンの後頭部へ、容赦なくバールを叩き込む。
――ガギンッ。
骨が割れ、呻き声が途切れる。
息を吐き、バールを振って緑色の血を払う。
視線を戻せば、蠟燭ゴブリンは鼻を押さえ、這いずるように逃げていた。
頭上の炎は再び灯ることなく、黒く焦げた蝋だけが突き立っている。
「たまに火の玉を打ち出すだけ……安い火炎放射器だったな、お前は」
鼻を削ぎ落とされ、血に濡れた顔。
それでも蠟燭ゴブリンは床を這い、追いつかれると震える腕をこちらへ伸ばした。
――助けを求めるように。
一瞬、雨木の動きが止まる。
(……そういや掲示板で見たな。
ゴブリンダンジョンが嫌われる理由の一つ、“人間臭さ”。
最期に命乞いみたいな真似をする――ってやつ)
「まんざら作り話でもなかったってわけか。……ま、俺には関係ねぇけど」
バールを振り下ろす。何度も。
鈍い衝撃。蠟燭ゴブリンは痙攣し、ぐったりと沈黙した。
やがて光に呑まれ、霧散する。
残された、他のゴブリンとは違う色の小さな魔石を拾い上げながら、雨木は呟いた。
「おっと、トンファーが先だ」
投げつけたトンファーが、少し離れた床に転がっている。
魔石を拾っている間に、他のゴブリンが来る可能性もゼロではない。
歩み寄ろうとした足元――バールで弾き落とした炎が、まだ燻るように残っていた。
――カッ。
次の瞬間、炎が眩い光を放ち、その場で形を変える。
光が収まると、そこに一枚のカードが残っていた。
「……カード化、だと?」
白地。紋様も文字もない。
だが掌に伝わる熱は、紛れもなくダンジョンの産物だった。
「……外れか? いや……違うな」
これは
拾い上げたカードを見つめながら数歩進むと、さっきまでの足元に黒ずんだ塊があった。
――石床の上に、黒ずんだ塊が転がっている。
削ぎ落とした蠟燭ゴブリンの鼻だった。
血に濡れ、肉片のように見えるその欠片が、じくじくと震えている。
「げっ……鼻だけ残るのかよ。……グロッ!」
――カッ。
小さな閃光が走り、塊は光に呑まれていく。
燃え残った蝋の芯が弾けるように、一瞬の眩さ。
やがてそこに残されたのは、もう一枚のカードだった。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを補助利用しています。
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