ヴィル・フォリティス 〜少年は行く、虐げられてきた世界を変える為に〜

オルタネイト

《序章》

第一話 生まれたときから

壁がある。

この高台にある孤児院の屋根からなら見下ろせる程のこの壁は、このカンフリード大陸を建設からおよそ100年経った今も尚、この大陸を北、西、東、中央の四つに分断し続ける壁である。


屋根の上に座る青年は、自分の手にある紙に目を向ける。


「……くだらない」


少年、カイ・シャーガリアは灰色の髪を風に靡かせ、黒と黄色のオッドアイの瞳を空に向ける。

『選別の儀の為の徴収命令』と書かれた紙を士官学校の制服の中にしまい、立ち上がる。


「……まだ時間はあるかな」


「おーい、カイ!もうそろそろ時間だぞー!」


屋根から下を覗くと、カイとは違う軍学校の制服に身を包んだ黒髪に白と黒のオッドアイの少年がこちらに手を振っていた。


「ガラン、まだそんなに時間あると思うけど……」


同じ孤児院の友達のガラン・シヤハの言葉を訝しげに思いつつ、カイは右腕の腕時計を確認する。


「……ヤバい、時間だ」


「だから言っただろ!早くしないと遅れるぞ!」


ガランにせかされ、カイは何の躊躇いもなく屋根から飛び降りる。

ドサッと土を踏み締める音とともに地面に着地し、ガランの元まで行き、共に走り出す。


「相変わらず時間にはルーズだな。また西や東の連中の恨み言でも呟いてたのか?」

  

隣を並走しつつ、笑いながらガランがカイに言う。


「違う。それに、僕が恨み言を言っていたのは、ガランが急に屋根に登ってきたあの日だけだ。今日はただ壁を見てただけ───」


「分かった分かった。そんな早口で言わなくても分かるって。俺が悪かったよ。……けど、時間はちゃんと守ってくれ」


キッと睨みつけてくるカイを宥めつつ、ガランは言う。


「……確かにそうだね。ごめん、ガラン。君のおかげで遅れそうになったよ」


頬をポリポリ掻きながら目を逸らしたカイに、ガランはふっと笑う。


「いいって。するなら謝罪じゃなくて礼をしてくれ」


「分かった。ありがとう、ガラン」


隣で走るガランの方を向いて、カイは感謝をする。


「あぁ!良いって事よ!」


2人は互いに笑い合って道を駆けて行った。


――――――


ようやく街が見えてきたところで走るのをやめたカイとガランは、少し荒くなった息を整える。


南東都市『ヒガシグチ』

銃火器の発展した東の国『リベルディア連邦』と魔法の発達した西の国『ヴィアンティカ王国』の中立地帯に当たる、この壁に囲まれている『中央カンフリード』の南東に位置する都市であり、東と中央を繋ぐ重要都市だ。


2人の居る孤児院は、この南東都市『ヒガシグチ』の外れにある、東と西出身の者の間に生まれた混血、『イーウェスタ』達の村にある。走るには少し距離があるが、士官学校や軍学校で訓練を受けているカイにとってはそこまでの距離ではない。


身だしなみを確認したカイとガランは、街の入り口の門番に証明書を見せて、黒髪の門番に嫌な顔をされつつ、街の中に入る。

電灯と、魔法の炎によって灯りを生み出す魔法灯が左右に立ち並んだ街道を2人は目的地の都市支部に向かい歩く。


「あの髪色にオッドアイの目……混血だ」

「神の失敗作め……姿をみせるな」



「……はぁ」


またか、とカイは小さく溜息を吐く。


「そんなシケた面するなよ。俺達はちゃんと許可得て入ってるんだ!堂々としろ!」


東や西の人々のコソコソ話してるのか分からない声量の悪口にうんざりしていたカイに肩を組んでガランは快活

に笑う。


「……おい、あの混血黒髪だそ、魔力も無いのか?」




「ッ……!」


ガランの方を見て嘲笑する様な言葉に、カイは声の主を睨みつける。


「落ち着けカイ!俺の事は良い!」


「……チッ。分かったよ」


声の主を今にも殴りかかろうとする勢いのカイを何とかガランが抑え込み、カイは仕方なく矛を納める。


(……だからこの街を歩くのは嫌なんだ。東の連中も、西の連中も、混血を見下しやがって)


この世界では皆、黒髪、黒目の同じ容姿で産まれてくる。だが、成長するにつれ、西の者は魔法の力に覚醒する時、属性に応じて目と髪の色が変化する。混血も同じ様に髪も目も変化するが、髪色は淀んだ色となり、目の色も片方しか変化しない。

だが、当然例外もいる。魔力に目覚めなかった西の者や、そもそも魔力を持たない東の者は、黒髪と黒目のままであり、混血の場合は髪色は変わらず、片目だけが魔力を持たない事を意味する白へと変化する。


イーウェスタは、その見た目から、西の者には『神の失敗作』であり、我らよりも劣っていると見做され、東の者には奇怪な姿だと避けられた。


「神が何だって言うんだ。皆産まれてくる姿は同じじゃないか。選ばれたも、選ばれてないもないだろう。そんな事で自分達は神の使いだの何だの……」


「……不満言ってるところ悪いけど、もう着いたぞ」


下を向いて歩きながらぶつぶつ文句を言っていたカイはガランの言葉にハッとして顔を上げる。


「……本当だ」


巨大な外壁に囲われ、東の高度な建築技術の取り入れられた装飾が施された他の建物とは一線を画す広さを持つ建物がそこには聳え立っていた。


「ここが都市支部か……」


都市支部、正式名称『中央カンフリード軍南東都市支部』は、その名の通り、都市ごとに配置された、軍の駐屯地であり、街の警備も兼ねている。

この支部組織は、基本的には西の国や東の国から送られてきた者や、中央に住むイーウェスタ等で構成されているが、当然都市ごとに人種の割合は異なり、東の国『リベルディア』に近いこの都市は東出身の軍人が半分以上を占めている。

そしてそれぞれの都市支部には、街の警備以外に、士官学校や軍学校を卒業した17歳のイーウェスタ達の所属する軍を決める、『選別の儀』を行う場所でもある。

この『選別の儀』の選択肢としては、東の国『リベルディア連邦』への所属、西の国『ヴィアンティカ王国』の所属、そして『中央カンフリード』への在留がある。



カイは既に開いている門へと足を踏み入れたが、入って来ないガランを見て立ち止まる。


「どうしたんだガラン。来ないのか?」


「……悪い、俺は魔力無いし、軍学校出身だから東行きしか無いんだ。だから、俺が行くのはここまでだ」


そう言ってガランは白色の目をカイから逸らす。


「……ごめん」


「そんな顔すんなって。お前は俺よりも優秀なんだからよ。……気にするな」


肩へ手を置かれたカイは、ガランと目を合わせる。

そのガランの顔にはいつもとは違う、無理に笑みを浮かべている様に見えた。


「……分かった、行ってくるよ。ガランのおかげで遅刻せずに済んだ。ありがとう」


「ああ。また孤児院……じゃなくて、基地で会おう」


「了解、じゃあ」


カイはガランに手を振り、都市支部の建物内へと入って行った。


カイは『選別の儀徴収命令』の紙を取り出す。


「西か、東か、中央か……」


『中央カンフリード』への在留は、銃も魔法もある程度扱う事ができ、士官学校を十分な成績を納めて卒業している者しか選ぶ事はできない。カイはその条件に当てはまるくらいの実力は持ち合わせていた。


カイは選別の儀』の場である大会議室の前で足を止め、扉を開ける。


中にはカイ以外のイーウェスタ達が前を向き静かに座っており、会議室の奥の方にある壇上には、灰色の軍服に身を包んだ黒髪の男が立っていた。


静かに扉を閉め、会議室を歩く。誰もカイの方を向く者はいない。カイは自分の位置に立った。




「よくぞ来た諸君!」


カイが到着してから10分程が経った頃、壇上の男が口を開いた。


「まずは名乗ろう。私はカンフリード中央議会リベルディア代表、ヒロシ・ダマヤだ!」


部屋に声が響く。


「君達に集まって貰ったのは他でも無い!これから行う『選別の儀』の為だ。イーウェスタの君達にはこれ程重要な日は無いだろう!」


ヒロシ・ダマヤは一拍を置いて再び口を開く。


「君達は、自分で未来を選ぶ事が出来る恵まれた者だ。

しかし、恵まれなかった魔力を持たない無能な混血でも我らリベルディアは、あのヴィアンティカの国とは違い温かく受け入れる!君達が本当に賢い者なら、何処を選ぶべきかは分かるだろう!」


その言葉に、カイは眉間に皺を寄せる。


(……いつもそうだ、西と東は互いに貶し合い、混血を見下す。何処であろうと、誰であろうと)


ヒロシ・ダマヤの演説はより熱が入ってくる。


「運命と言うレールは生まれたときから決まっている!そしてレールにある分岐点は、今日しか無い!」


(こんな世界、認めない)


「さぁ選べ少年達!未来を!運命を!」

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