朝の鍛錬
今、私は遠くから「母の木」を見つめている。
一本の巨木の枝の間に、家が建っている。
まるでファンタジーの世界の風景のようだ。
その家が建つ大樹の根元から、幹に沿って螺旋階段が伸びている。
階段を上っていくと、意図された空間が現れ、そこがポーチだとわかる。
私は大きな玄関ドアを開けた。
中に入るとすぐに、広々とした板張りの部屋が目に入る。
まるで小さな体育館のように天井が高く、いくつかの光る石が天井に埋め込まれているため、室内は明るく照らされている。
細長い造りのその部屋の奥には、大きなガラス窓がある。
そこからも光が差し込み、窓の向こうには絵画のように青々とした森が広がっている。
玄関扉の横にも、二階へと続く螺旋階段がある。
階段の上には、ぽっかりと穴が空いており、そこが出入口になっている。
その穴からも光が漏れ、柔らかな輝きが階段を照らしている。
階段を上りきると、広々としたワンルームの部屋が広がっている。
部屋の中央には、天板が丸い木製のテーブルと椅子が置かれている。
他にはキングサイズのベッドがひとつあるだけで、空間はすっきりとしている。
突き当たりの窓には、片側の端に黒い遮光カーテンが束ねられている。
その大きな窓ガラスの左側にはドアがあり、開けるとその先にはテラスが広がっている。
内ドアを開けると、トイレがある。
その横には、大きな木をくり抜いて作られた、足をゆったりと伸ばせるバスタブがあり、シャワーと洗面台も並んでいる。
壁も衝立もなく、森林ビューが広がる開放的な水回りとなっている。
ガレージ風の屋根が設けられているため、雨の日でも快適に過ごせる。
屋根が途切れたその先のテラスは、ウッドデッキになっている。
腰の高さほどの柵が設けられているため、木から落ちる心配はない。
屋根はないが、頭上には大きな枝が広がっている。
そう五番枝だ。
ウッドデッキの一番奥には、森を眺めるためのソファーが置かれている。
私はそこに腰を下ろした。
衣・食・住は整った。
本格的に、体を鍛えよう。
朝、目覚めるとまず歯を磨き、顔を洗う。
タオルで顔を拭いた流れで、そのままテラスへ出て準備運動を始める。
まずは腕立て伏せだ。
通常のプッシュアップを100回、続けてナックルプッシュアップを100回。
さらに、フィンガーチッププッシュアップを5本指、3本指、そして親指と人差し指の2本指でそれぞれ100回ずつ行う。
最後に、一本指でのプッシュアップを親指、人差し指、中指、薬指、小指の各指で100回ずつ実施し、計1,000回の腕立て伏せを完遂した。
直後に、ローテーションを加えたクランチを1,000回、同様にツイストを加えたバックエクステンションを1,000回こなす。
起き上がると、ボディウェイトによるフルスクワットを1,000回実施し、下半身の筋持久力も限界まで追い込んだ。
トレーニングの締めくくりには、ジャンプからの着地を利用した開脚ストレッチを行い、複数の静的・動的ストレッチを組み合わせて全身を解きほぐす。
その後、ハンドスタンド、ブリッジ、フォールブレイク(受け身)の反復練習に移行する。
回転ハンドスタンド、サイドハンドスタンド、バックハンズプリング、フロント&バックフリップなどのアクロバティックムーブメントを交互に織り交ぜる。
インターバルには、ハンドスタンド・プッシュアップ、ナックル・ハンドスタンド・プッシュアップ、フィンガーチップ・ハンドスタンド・プッシュアップ、さらには片手によるフィンガーチップ・ハンドスタンド・プッシュアップも加える。
これらの動作を通じて、全身の関節可動域を最大限に広げ、身体が十分にほぐれていることを確認する。
ジャンプからの着地を利用し、背中でスピンを描きながら両脚を広げるウィンドミルを展開。
その流れで、ポメルホース(鞍馬)のように両手を支点にして脚を円状に回転させ、腕の下を通過するトーマスフレアへと移行する。
続いて、プッシュアップポジションから両脚をスウィングさせ、その反動で胴体ごと空中回転を行うスワイプスを繰り出す。
倒立姿勢では、スプリット(大股開き)を維持しながら、肩や背中を軸に回転し、脚を広げたり閉じたりするトランジションを加える。
これらのムーブメントは、ブレイクダンスにおけるパワームーブと、格闘技におけるボディコントロールの融合であり、体幹の安定性、瞬発力、柔軟性、空間認識力を同時に鍛える。
特に、スワイプスやウィンドミルは、カポエイラやトリッキングにおけるスピンキックやスイープ動作に通じ、回転力と重心操作の精度が求められる。
トーマスフレアは、レスリングや柔術におけるスイッチポジションやグラウンドエスケープの動きにも応用可能であり、身体の軸を保ちながらの連続動作が鍵となる。
倒立からのスプリット回転は、ムエタイやテコンドーにおけるジャンピングスピンキックの基礎動作にも近く、脚の可動域と股関節の柔軟性が重要となる。
肩回転や背中スピンは、柔道の受け身や回避動作にも通じ、衝撃吸収と方向転換の技術を高める。
最後に、蹴り技を繰り出す。
ハイキック、ミドルキック、ローキックを連続で打ち込み、続けてストレート、ジャブ、フック、アッパーなどのパンチコンビネーションを展開。
頭突き、膝蹴り、肘打ちも加え、接近戦での制圧力を高める。
急所攻撃のシミュレーションに移る。
アイポーク(目潰し)、グラブ・トゥ・ブロー(眉間への掌底)、ナソラビアルストライク(鼻下への打撃)、テンポラルショット(こめかみ)、スロートストライク(喉仏)…
さらに、ハートショック(心臓への打撃)、ソーラープレクサスストライク(みぞおち)、グローインアタック(金的)など、人体の急所を正確に狙う。
あらゆる攻撃技を網羅し、実戦を想定したフルコンバット・シミュレーションを行う。
打撃、関節技、急所攻撃、体軸操作、フェイント、反撃、すべての動作は、瞬間の判断と身体の記憶に委ねられる。
これは単なる暴力ではなく、自己制御と戦術思考の極限を試す、戦士としての最終確認である。
拳打、手刀、二本指突き、一本指突き、すべての技は、動作の終点まで意識を通し、力の流れを足の親指の爪先にまで集中させる。
最後の最後に、全身のエネルギーが一点に留まるよう、丹田からの発力を意識する。
マーシャルアーツの動作に、エアフレアの派生技を融合させ、身体を軸にグルングルンと回転しながら空間を支配する。
トルネードキック、スピニングバックキック、フラッシュキックなどの回転系打撃を織り交ぜ、空中での制圧力を高める。
そして必ず、最後はパンチかキックで締める。
それは技の終わりではなく、意志の到達点。
一撃にすべてを込め、空間に残響のような余韻を刻む。
全体重を乗せることを徹底的に意識し、仮想の対象物を真正面から打ち抜く。
打撃は、単なる接触ではない…貫通だ。
拳を捩じり込むように、体幹の回旋力を最大限に活かし、内部構造まで破壊するイメージで打ち込む。
手刀は、切り裂くように空間を断ち、対象の抵抗を無視して軌道を貫く。
すべての技は、重心移動、体軸の連動、地面反力の活用によって成立する。
打撃の瞬間、力は一点に集約され、対象を通過するように抜けていく。
それは破壊ではなく、通過技の完成形。
回転技の終了後は、クールダウンとして静的ストレッチに移行する。
筋肉の緊張を解き、呼吸を整えながら、身体の余韻を味わう。
家の建築期間中も、毎朝のトレーニングは欠かさず続けていたため、基礎筋力は着実に向上している。
さらに、総合的な身体能力強化、運動スキルの習得速度、全能力の向上効率を2.5倍にする魔法を自身に付与している。
そのため、実際に腕立て伏せを1,000回行えば、魔法の効果によって2,500回分の成果が得られる計算となる。
この魔法は、肉体の限界を拡張するだけでなく、神経系の適応速度や筋繊維の再構築効率にも影響を与える。
鍛錬の質と量が、現実の枠を超えて加速していく。
そのトレーニングによって得られた効果は、魔法の影響により通常の2.5倍の速度で身体に現れ、着実に蓄積されていく。
本来、トレーニング効果が定着するまでに30日かかるとすれば、この魔法の加速によって、わずか12日間で完了する計算となる。
かなりのチート能力だ。
一息ついて、食事の時間にする。
食卓は、まさに贅沢そのものだ。
肉、魚、穀物、野菜、果物、デザート、そして味噌汁まで…食した記憶があれば、どんなわがままも叶えられる。
おにぎりも4個…
サラダも種類豊富で、何十種類もの食材を自由に選ぶことができる。
ドレッシングも好みに応じて自在に調整可能。
搾りたてのジュースは格別の味わいで、異世界でもケーキが食べられるというのだから驚きだ。
牛ステーキ、とんかつ、から揚げ、大トロ、ハマチ、寿司、刺身…食に関しては何ひとつ心配する必要がない。
わがまま放題、食べ放題。
それは、鍛錬を積んだ者への静かな報酬であり、異世界の恩恵でもある。
さて、朝のルーティンはこんな感じ、今日は母の木の登頂に挑む。
どこまで登れるか、自分の限界を試してみたい。
玄関のポーチから、クライミングを開始する。
身体能力の向上により、登攀スピードも格段に上がっている。
ホールドの選択も、視覚処理と判断力の強化によって瞬時に行えるようになった。
指先の感覚、体重移動、筋力の連動、すべてが研ぎ澄まされている。
何番目の枝に到達したかを数える余裕もないまま、気づけば幹の直径が1メートルを切る地点まで登っていた。
下を見下ろすと、さすがに足がすくむほどの高さだ。
風が吹き抜け、母の木全体がわずかに揺れている。
その揺れが、自然の巨大さと自分の小ささを同時に感じさせる。
すでに頂上は視界に入っている。
行けるところまで、行ってみよう。
幹の太さは、ついに30センチほどになった。
もはやボルダリングの域ではない。
今は、全身で幹にしがみつくような体勢だ。
風が強まり、母の木はぐらんぐらんと大きく揺れている。
その揺れに合わせて、身体も空中に浮かぶような感覚になる。
だが、手を離すわけにはいかない。
頂上は、もうすぐそこだ。
両手で幹をしっかりと握り、まるで登り棒を登るような体勢になっている。
足元の枝に体重をかけると折れそうで、恐怖が走る。
幹はさらに細くなり、両手の親指と中指が触れ合うほどの太さになった。
足も枝に頼ることはできず、足の裏で幹を挟み込むようにして登っている。
風は止まない。
だが、身体は木と一体になり、揺れに合わせて自然に動いている。
頂上まで、あと少し…その瞬間を迎えるために、全神経を集中させる。
これ以上登れば、幹が折れてしまう。
ここが、登頂の終着地点だ。
身体は限界に達し、まるで船酔いのような感覚に襲われる。
風は止まず、木の揺れも収まらない。
その場でしばらく動けず、身体が固まってしまった。
揺れに身を任せながら、ただ静かに、頂の空気を感じていた。
周囲を見渡す。
眼下の景色は、まるで衛星写真のようだ。
果てしなく広がる森が、濃淡の緑で地表を覆っている。
遠くには、鋭くそびえる高山が見える。
さらにその向こうには、幾重にも連なる山脈が地平線に沿って伸びている。
街はあるのだろうか。
この角度からでは、人工の痕跡は見つからない。
左右、そして後方まで、首が回る限界まで視界を広げてみたが、街の存在は確認できなかった。
おそらく、30〜40キロ圏内には人の気配はないようだ。
「よし、降りるか」
そう呟いたものの、帰り道の方が遥かに怖かった。
登る時は集中していたが、今は高さと揺れを意識してしまう。
一歩一歩が、重く、慎重になっていた。
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