異世界

 鳥の声で目が覚めた。


 木の幹に横たわっている。


 ここは森の中。


 そよ風に葉が揺れている。


 枝と枝の少し大きな隙間から、青い空が見える。


 入院中に着ていた浴衣型の患者衣と、トランクス型のパンツしか身に着けていない。


 横たわったまま見上げると、高さがわからないほど、とてつもなく大きい。


 大きいという言葉では言い表せない。


 タワーマンションほどの、名前のわからない一本の木だ。


 もう一度、周りを見渡す。


 大樹の森だ。


 見渡す限り、木々は元気に育っている。


 地面には、くるぶしが埋もれるほどの青々とした名前のわからない草が一面に生えている。


 中には腰の丈ほどの草もあるが、そんなに多くはない。


 葉が触れ合う音と、何の鳥なのかわからない鳴き声が、時折聞こえてくる。


 鳥の声がなければ、とても静かだ。


 静寂と言える。


 自分の置かれている環境を理解するのに、どのくらいの時間が経過したのだろうか。


 大樹の森。


 植物の緑。


 心地よい風。


 風に揺らぐ葉の音。


 寝巻き姿。


 異世界。


 美しい魔法使い。


 エルスケ。


 いやらしいスキル。


 ふふっと笑った。


 ふふっと笑われた。


 あんな綺麗なお姉さんに、含み笑いされた。


 ニヤついてた。


 いやらしいスキルだと。


 なんでだ?


 ・・


 想像したものを具現化するスキル。


 想像したものが形になって現れる。


 想像。


 想像。


 想像。


 大樹の森。


 風に揺らぐ葉の音。


 寝巻き。


 寝巻きはマズいだろう。


 今は極端な寒さも暑さも感じない、心地よい気温だ。


 夜は?


 ヤバいだろう。


 異世界だし。


 異世界の夜。


 魔獣もいる?


 獣人もいる?


 ケモノじゃなくて獣人だぞ。


 猪も熊も虎もライオンもケモノだろ。


 魔獣って何なんだよ。


 辺りを見渡した。


 風に揺らぐ葉の音が、恐怖の扉を開けた。


 よくある異世界の冒険者?


 私は冒険者なんかじゃない。


 魔族と戦う勇者?


 自分は勇者なんかまっぴら御免です。


 そういえば、15歳。


 成人。


 手の平、甲。


 裸足。


 はだけて見える太もも。


 トランクスのパンツ。


 成人か・・


 日本なら中学三年生か。


 やっと大人の階段を上る高校受験生だぞ。


 頭の中はとっくに成人になってるけど。


 高校もとっくに卒業してるし。


 先生だとかヤンキーだとかギャルだとかの問題じゃない。


 こっちは魔族だぞ。


 座ってる場合じゃない。


 鬼だとか悪魔とか、変なのもいるのか?


 猫耳が獣人族って、何だよ。


 獣人族ってどうなってんの。


 私はやっと立ち上がった。


 想像の具現化。


 想像し、深く考えるには安心できる場所を探さなくちゃ。


 探すって、ここは森だぞ。


 ある意味ジャングル?


 何も把握できてないのに歩き回るのはヤバそうだ。


 小屋を作る?


 三匹の子豚の狼じゃねえぞ。


 狼男、女? 武器まで持ってる戦士とか?


 小屋なんかあったら目立つな。


 洞穴か?


 穴を掘る?


 なんで掘らなきゃいけないの。


 木の上だな。


 「異世界の一番安全な場所へ転生します」って言ってたっけ。


 ってことは、お墨付きの安全地帯だ。


 この木の下で目覚めた。


 何事もなく。


 大樹を改めて眺めてみる。


 一番下の枝までジャンプしても届かない。


 すぐに分かる。


 木を触りながら上を見る。


 15歳だぞ。


 木登りだってできるはず。


 身長2メートルの獣人が本気でジャンプしたら届いちゃうな。


 でもこの世界なら鳥人間?


 リザードマン?


 ワイバーンとかドラゴンっているの?


 木から落ちたらヤバそうだ。


 骨折か、死だな。


 日が暮れる前に。


 さて、どうする。


 幹にもたれて座った。


 目を閉じ、瞑想する。


 ・・


 魔法を付与します。


 魔法、使えるの?


 俺が?


 ・・


 想像したものを具現化するスキル。


 ・・


 いやらしいスキル。


 ふふって。


 ・・


 今何時だ?


 起きてからどのくらい経つのだろう。


 時計でも出してみるか。


 時計を頭に思い浮かべて・・


「時計、出ろ」


 ・・


 「時計イメージ、出ろ!」


 ちゃんとイメージできてるはずだ。


 「出ねぇじゃん……」


 「出るわけないって……」


 まさか、詠唱が必要とかじゃないよな?


 詠唱なんか知らないし。


 いやらしいスキルって、笑ったよな?


 イメージしただけで何でも出てきたら危ないし、物が増える一方では、私自身が危険人物になっちゃうし。


 いやらしいスキルのルールを作るか。


 イメージで。


 そうか、「いやらしいスキル」という名前の魔法ではないんだ。


 結果がいやらしいんだろう。


 多分。


 どこかがいやらしいんだ。


 いや、いや。


 今はそこじゃない。


 イメージを具現化するスキルの名前を付けよう。


 いやらしいスキル・・


 エックス、エックス、エックス。


 X X X 。


 「トリプルエックス」


 頭の中に『X X X』の模様が浮かんだ。


 「これだ!」


 もう一回、腕時計でも出してみるか。


 ちゃんとイメージを練って。


 バンドがあって、ケースがあって、ベゼルを付けて、ガラスがあって、針があって、秒針が動いて。


 このくらいの重さで、銀色・・いや、ステンレスだ。


 腕時計をイメージする。


 頭の中にカタログ並みの腕時計をイメージした。


 この左手に・・


 「腕時計、トリプルエックス」


 左の手のひらに、腕時計大の光が放った。


 ズシッ!


 「おおおおおおおおぉ!」


 腕時計が出た。


 「うそぉー」


 盤面を見ると、秒針が動いていない。


 ガワは確かにステンレスのようなバンドで、ステンレス調のケースとベゼル。

ガラスも付いて、長針、短針、秒針もあるが、動いていない。


 きっと、時計をバラしても中身の精密機械は組み込まれていないのだろう。


 バンドは輪っかのままで、調節機能もない。


 時計の形をしたバングルだ。


 ってことは、精密機械とか基板を使う機器は具現化できないかもしれないな。


 専門職の人ならイメージして作れるだろうが、素人は作り出せないだろう。


 まっ、そんなに大した問題ではない。


 無の状態からイメージしたものを出せるだけでも、すごいスキルだ。


 「よしっ」


 それに、この異世界で文明違いの物が存在したら、後々面倒なことになる。


 でも、時間は知りたい。


 まっ、いいか。


 次だ次。


 なんか飲むか。


 ペットボトルのジュースなんて物も、頑張れば出せるかもしれないが、今は水で良い。


 水。


 川の水。


 いや、雪解けの山から流れ出た、ろ過されたきれいな水だな。


 どうせなら富士山をイメージしてみよう。


 その水を沸騰させて、煮沸した小石でろ過して、洗ったヤシ殻の活性炭も煮沸して、綿のフィルターを通す。


 落ちてくる水はペットボトルではなく、木をくり抜いたコップに溜める。


 九分目あたりまで溜まったイメージで・・


 今度は声を出さずに、心の中で念じる。


 「コップの水 トリプルエックス」


 「おおぅ」


 左手の中にコップが現れた。


 水が入っている。


 恐る恐る水を口に含むと・・


 「旨いっ!」


 普通に水じゃん。


 成功した。


 すぐに飲み干してしまった。


 途端に眠気が襲ってきた。


 なんだ、急に眠くなったぞ。


 やばい水か?


 いや、私のエネルギーというか、RPG風に言うとMPが減ったのだろう。


 ついでにHPも減ったかもしれない。


 よくわからないけど・・


 疲れたんだ。


 やばい、こんなところで寝たら。


 体は15歳なんだから、レベルも低いはずだ。


 どうする。


 こんなところじゃ寝られない。


 危険だ。


 でも今から木に登って寝床なんか作れない。


 ここは異世界だ。


 気の緩みは死に繋がる。


 油断するな。


 自分に言い聞かせる。


 せめて・・せめて、ハンモックだ。


 ロープ、ロープ・・


 ポリエチレン、ナイロン、布・・原料は・・


 頭が回らない。


 綿ロープだ。


 綿花から作ったロープがあって・・


 二本のロープに結んで、結んで、何度も結んでみるが・・


 うぅん?


 ハンモックなんか作ったことないし。


 だめだ、寝落ちしそうだ。


 あっ!


 冷蔵庫大の段ボール箱をイメージして。


 原料はパルプ、紙、波型のフルートで補強。


 とうもろこしから作ったコーンスターチで接着して。


 ここからこの辺までで厚さがこんぐらいで、頑丈なやつ。


 色は草と同じ緑色で、草柄のペイントを施して。


「段ボール箱 トリプルエックス」


 地面に段ボール箱が現れた。


 木の周りにケモノ道はなかったよな・・


 特に何者かが通ったような形跡もないし。


 遠くから見れば、地表が盛り上がっているように見えるか・・な?


 マジでやばい。


 眠い。


 落ちる。


 初めて魔法を使ったせいか、MP切れだ。


 私は段ボール箱に潜り込んで、蓋を閉めた。


 秒で眠りに就いた。

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