30.味

 ノアは少し得意げな表情で、拡張ポーチの中から、手に入れた物資を次々と取り出し、テーブルの上に並べていく。


「わぁ……!」


 マキナは歓声を上げた。

 テーブルの上には……岩塩、黒胡椒が詰められた瓶、月桂樹やタイムといった乾燥ハーブの束、日持ちのする干し肉や硬いパン――が、ずらりと並べられていた。


「すごい! これが、胡椒……!」

「マスター、なんだかいい匂いがします!」


 シューゼとマキナはいい香りのする「調味料」に目を輝かせる。

 その様子を見て、ノアとプルリは、顔を見合わせて微笑んだ。


 そして、ノアが最後に、少し困ったような顔で、いくつかの奇妙なアイテムを取り出した。

 その中でも一際奇妙なもの。

 手のひらほどの大きさの、完全に水分を失って干からびた、白いサンゴのような塊だった。


「これは……?」


「村の店主が、おまけだと言って……。昔は水をやると少しだけ大きくなったらしいのですが、今はもう完全に枯れてしまっている、と」


「ふーん、一体何に使うものだったんだろうね……」


 店主がくれた謎の報酬に、シューゼは首を傾げるのであった。


 ◇


 おつかいの翌朝、追放十八日目。


 家のダイニングテーブルには、昨日手に入れたばかりの戦利品が、ずらりと並べられていた。

 岩塩、黒胡椒の瓶、様々な乾燥ハーブの束……。

 それらが放つ、複雑で豊かな香りが、四人の食欲を朝から刺激する。


「よし、じゃあ、今日はこれらを使ってご飯を作ろう!」

「「「はい!」」」


 シューゼの提案に、三人の元気な声が重なった。

 今日のメニューは、アクア・サンクチュアリで獲れた、とびきり新鮮な魚を使ったハーブ焼きだ。


 シューゼがナイフで魚を手際よく下処理していく。

 その横で、ノアが鑑定スキルと自身の知識を総動員して、最適なハーブを選び出す。


「この魚は白身で淡白ですから、爽やかな香りのタイムと、少しだけローズマリーを合わせるのがよろしいかと」

「ありがとう、ノアさん。助かるよ」


 マキナとプルリは、そわそわしながら、その様子を眺めていた。


「マスター、味見は大事ですよ!」


 マキナが、つまみ食いをしようと手を伸ばすが、ノアに「こらっ」と、ぴしゃりと手を叩かれている。

 その微笑ましい光景に、シューゼは思わず笑みをこぼした。


 やがて、ハーブをまぶされた魚が、ブレイズ・ロッドの火で熱せられた鉄板の上で、ジュウ、と音を立てて焼かれていく。

 塩が振られ、胡椒が挽かれ、ハーブの香りが、熱で一気に開花する。

 それは、これまで嗅いだことのない、複雑で、どこまでも食欲をそそる香りだった。


 そして、完成したハーブ焼きが、四人の前に並べられる。

 こんがりと焼き色がついた皮。ふっくらとした、真っ白な身。


「「「「いただきます」」」」


 四人は、フォークで一口分を切り取り、おそるおそる、口へと運んだ。


(………………っ!)


 最初に感じたのは、絶妙な塩加減。

 それが、魚本来の甘みを、最大限に引き出している。

 次に、鼻腔を抜けるタイムとローズマリーの爽やかな香り。

 そして、最後に、黒胡椒のピリッとした刺激が、全体の味を引き締める。


 それは、これまでの「ただ焼いただけの魚」とは、全く次元の違う、感動的な美味しさだった。


「おいしい……! おいしいです、シューゼ様……!」

「マスターは料理の天才です! 毎日これを作ってください!」

「ご主人様……これが、『味』……なのですね……!」


「いやいや、今日はこれらを調達してきてくれた二人に感謝しないとね」


 ◇


 感動的な朝食を終え、四人は満足のため息をついていた。

 食事がもたらす幸福感を、これほど強く感じたことはなかった。


「シューゼ様の腕前は料理人にも引けを取りませんね……」


 ノアが、うっとりとした表情でシューゼを称賛する。

 その言葉にシューゼは少し照れながらも、あることを考えていた。


(でも、本当は、もっと色々作れるはずなんだよな……)


 今の調理場は拠点である家の隅に、鍋と鉄板を置いただけの、ごく簡易的なものだ。

 食材を置く場所も、水を流す場所も、衛生面を考えれば、決して万全とは言えなかった。


 その時、ノアが、まるでシューゼの心を見透かしたかのように、少し興奮した面持ちで提案した。


「シューゼ様! もし、もっと本格的な調理場……『キッチン』があれば、さらに素晴らしいお料理が作れるのではないでしょうか!?」


「キッチン……!」


 シューゼの目が、きらりと輝いた。


 そうだ。キッチンだ。

 しっかりとしたコンロ。

 清潔な水が流れるシンク。

 食材を広げられる、頑丈な調理台。

 それさえあれば……料理の幅は広がるはずだ。


「わたくしも賛成です、マスター! もっともっと、マスターの作る美味しいものが食べたいです!」

「プルリも……食べたい、です……!」


 マキナとプルリも、目を輝かせながら、ぶんぶんと首を縦に振っている。

 四人の心は、完全に一つだった。


「よし、決まりだね」


 シューゼは仲間たちの顔を見渡し、にこりと笑った。


 ◇


 キッチンを作る。

 その目標が決まったはいいものの、いざ実現するとなると、問題は山積みだった。

 四人は家のダイニングテーブルを囲み、本格的な計画会議を始めていた。


 口火を切ったのは、建築知識のあるノアだった。


「キッチンを作る上で、最も重要なのは、まず『火に強い素材』です。壁や床に木材を使えば、火事の危険性がありますから」

「確かに……」


 シューゼはこくりと頷く。


「理想は、耐火レンガのようなものでしょう。それに、シンクや蛇口を作るなら、錆びにくくて、清潔さを保ちやすい金属も必要になります」


 ノアの説明にシューゼは腕を組む。

 問題は、そんな都合の良い素材が、この辺りにあるかどうかだ。

 ノアが鑑定できるのは、あくまで目に見える範囲のガラクタだけ。

 この広大なヴァスト・ヘイムのどこに、キッチンに最適な素材が眠っているのかまでは、さすがに分からない。


「うーん……どうしようか……」


 三人が頭を悩ませていると、シューゼが、マキナが投影していた立体地図を、ぽん、と指さした。


「考えていても仕方ないね。とりあえず、まだ行ったことのないエリアを探しに行ってみよう!」


 その指が差していたのは、これまで探索した場所とは、異なる方向にある、未開拓のエリアだった。


「キッチンに限らず、何か、良い素材が見つかるかもしれないし!」


 その、どこまでも前向きで、楽しそうな提案に、マキナも、ノアも、プルリも、顔を見合わせて微笑んだ。


「そうですね、シューゼ様。行ってみましょう」

「はい、マスター! 新しい冒険です!」

「プルリも……行きます」


 こうして、四人は、キッチンに使えるかもしれない未知の素材を求めて、新たな探索へと出発することを決めたのだった。


 ◇


 キッチン建設のための素材を探しに、四人は未開拓のエリアへと出発した。

 その道中、先日発見した魚養殖用の生簀……アクア・サンクチュアリの前で、一休みすることにした。

 ガラス張りの水槽の中では、魚たちが気持ちよさそうに泳いでいる。


「綺麗だね……」


 シューゼは、その美しい光景を眺めていたが、ふと、あることを思い出した。

 拡張ポーチから、先日、ノアがおまけでもらってきた、「枯れたサンゴ」を取り出す。


「これ、水槽の中に入れたら、良い飾りになるかもしれないね」

「確かに、綺麗かもしれませんね」


 シューゼは、その白い塊を、何気なくアクア・サンクチュアリの水の中へと、そっと沈めてみた。

 しかし、特に何も変化は起きない。


 これをくれた村の雑貨屋の店長によると「昔は水をやると大きくなった」とのことであったが、特になにも起きず、ただ、白いサンゴの化石が、静かに水底に横たわっているだけだった。


「やっぱり、ただの化石なのかな……。でも、せっかくだから、綺麗にしてあげよう」


 シューゼは水槽に手を入れたまま、なにげなく水底のサンゴに【修繕】スキルを発動させた。

 淡い光が、シューゼの手から放たれ、水中のサンゴを包み込む。




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