第3章 歪みの決壊

第20話 ビーツ村

「そろそろ着きやすぜ」

「うん、ありがとう」


 カラカラと草原を走る馬車。御者が声をかけてくる。次の村に着くらしい。


「ユウナ、起きて」

「…ん〜…あぅ…おはよう〜……ふぁ〜」


 頭を叩いて起こすと、ユウナは眠そうに目を擦りながら起き上がった。辺りを見渡して、再度欠伸。


 セリアやシャオルとの戦いの後、私達は1週間程休息を取ってから街を発った。異能が使えないのは不便だったが、その分ゆっくり治療に専念出来た。街もちゃんと観光出来たし。


 セリアとノクスには逃げられてしまった。

 意味は無いと分かっていたが、あの後もう一度廃教会を訪れてみた。が、何の痕跡も見つけられなかったため、街を発つ判断をした。


 現在、馬車で目指しているのは次の街。…街と言うよりは、村か。御者やリュメルナの人に聞いたが、ビーツ村と言うらしい。これと言って特産品などがあるわけでは無いらしいが、昔から魔術を使って生活していた名残りが残っていて、アルス=マギアまでの経由地となっているらしい。


「それにしても、お客さんら珍しいな。こんな時期にアルス=マギアまでなんて」

「ん、何が?」


 御者が、振り返る事なく言う。


「お、知らねぇですかい?最近は国政がどうとかで、アルス=マギアの近くは色々物騒なんですぜ」

「物騒〜?何かあったの〜?」

「えぇ、なんでもデモとかで。こないだなんてお貴族サマが襲撃を受けたとか…もはやテロですよ」

「襲撃…」


 国政が荒れてテロが起こり、貴族が襲撃されて既に負傷者も出てる。確かに物騒だ。


「…昨日の今日で事件起こり過ぎだね〜?」

「そうだね」


 ついこの間神なんて名の付くやつと戦ってたのに、目的地ではトラブルが確定しているらしい。

 …というか、私に関してはその前の街からもトラブル続きだ。呪われてるのだろうか?

 と、ユウナの顔を見ながら考える。


 そんな状況なんで——と御者は続ける。


「私が送れるのはビーツ村までですな。その先はそのテロ組織が封鎖しちまってて。通るなら大分遠回りしないといけねぇですな」

「へぇ」


 話を聞くと、ビーツ村からアルス=マギアに続く街道が封鎖されてるらしい。違う道を通れば行けない事はないが、かなり遠回りになってしまうと。

 儲からないしそんな危険を冒す義理もない御者からすれば、ビーツ村で終わりの方が都合が良いらしい。


「通行止めはどんな感じになってる?」

「え〜と確か、異能を扱うやつが陣取ってるとかで、通ろうとすると追い払われる…だったはずですぜ」


 なるほど、異能持ちが居るのか。それは一般人なら成す術無しだろう。幸い死傷者は出ていないが、強引に通ろうとして怪我をした者は居たらしいからいつまで続くか分からないな。


「ま、そんなわけで、私はここまでで。あれがビーツ村でさあ」

「うん、普通の村だ」


 木の柵を越えると、質素な作りの民家が何軒も見えた。村と謳っているが、小さめの町と言う感じだな。


「あ、カデナちゃん見て〜、あれ見張り台かな〜?」

「ほんとだ。人も居るし」


 村の角に立つ高さのある建物。上には床も付いており、そこから辺りを警戒する人が見える。

 馬車から降り、御者に教えてもらった宿へ向かう。

 それにしても——


「なんか、静かだね〜。元気と言うか…活気がないね〜」

「住民の人も…なんだかやつれてる?」


 村には人がそこそこ居るが、その全てが俯いている。中には頭を抱えて、何かに怯えている様な仕草をする者も。


 違和感を覚えつつも宿に辿り着く。

 しかし、看板に書かれていた物を見て驚愕する。


「『臨時休業します。再開の目処は立っておりません。申し訳ありません。』か。困ったな」

「ここしか宿は無いのかな〜?どうしようか〜」


 宿は野宿でも良いとして、臨時休業。しかも再開の目処が立たない?一体何があったのか…。

 しばらく考え込んでいると、後ろからか細い声が聞こえて来た。

 振り返ると、痩せ細った老人が立っていた。


「もし、お主ら旅人かね?」

「え?うん、そう」

「そうか、タイミングが悪かったの。そこの主人は昨日大怪我を負ってな。今日から休業してるのじゃ。なにぶん小さい村と言う事もあって宿屋はここしか無い」

「そんな〜。じゃあ野宿か〜」


 受け入れ早いな。

 しかし、そんな状況なら休業も仕方ない。今日は野宿して、明日にはアルス=マギアに行くのが良いか?


「何があって怪我したの〜?」


 計画を練り直していると、ユウナがそう聞く。

 お爺さんは咳をしてから、答える。


「魔物じゃよ、最近多くてな。巨大な狼や鳥が襲ってくるのじゃ。前まではこんな事無かったんじゃが」

「ん、前まで無かったの?」

「あぁ。ここらの魔物は温厚なやつが多くての。攻撃せん限り襲ってくる事などほとんどない。それが最近、無差別に人を襲う様になって…」


 お爺さんは近くの石に腰掛け、ふっと一息付く。

 それにしても、温厚な魔物まで人を襲う様になる?昔聞いた事がある様な…確か——


魔物暴走スタンピード?」

「おぉ、よく知っとるの。そうじゃ、ここら一帯で小規模の魔物暴走が起こっとると、ワシらは思っとる」

「村に活気が無いのも、そのせい〜?」

「いいや。もっと大きな原因は、アルス=マギアから物資が来んことと救助を呼ぶことが出来ない事じゃ」

「…なるほど」


 テロ組織とやらのせいで道が塞がれ、物資運搬も出来ず、魔物暴走の討伐隊も組めないのか。魔物への対抗手段がほとんど無い状況で、物資すら届かない。これは活気も無くなるだろう。


「そうじゃ、目的を忘れておった」

「目的?」

「お主ら、しばらくワシの家に来ると良い。滞在する間、泊めてやろう」

「良いの〜?こんな状況なら、私達は帰った方が良いんじゃない〜?」


 尤もだ。

 …と言うか、なんでこんな状況で村に馬車が出てるんだ?疑問をよそに、お爺さんは立ち上がる。


「若いもんが遠慮なんてするな。それに、こう見えてワシはこの村の長をやっとる。少しばかりの食べ物と寝床なら出してやる」


 なんと、村長だったのか。

 牛歩の歩みに続いて、私達も歩き始めた。

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