第13話 呪いの少女
「ただいま〜」
ユウナが軽い口調で扉を押す。時間はかなり遅くなっているが、宿屋からは暖かな光が漏れていた。
中に入ると、優しい声が迎える。
「あら2人とも、おかえりなさい。ずいぶん遅かったわねぇ」
この人は宿屋…と言うか、旅館の女将さん。元気で優しいお婆さんで、昔から1人で旅館を経営しているらしい。
旅館にはルオネル湖に行く前に既に来ており、荷物類は置いてから行っていたのだ。
色々あって遅い時間になったが、お婆さんはまだ起きていたらしい。
「2人ともご飯は食べた?」
「いや、まだ食べれてない」
「お腹空いた〜!」
私達が口々に言うと、お婆さんはにっこり笑って厨房に歩いて行った。
少し待っていると、奥からお皿を持ったお婆さんがやって来た。とても良い匂いがする。
「今用意するから、お食べ。疲れた顔をしているから、食べ終わったら温泉にも入っちゃいなさい」
「うん、ありがとう」
「わ〜い温泉!カデナちゃん一緒に入ろ〜」
「嫌だ」
席に着いて料理を食べ始める。
ここでもルミナトラウトが使われていて、恐らくこの街の主食になっているのだ。意外とさっぱりしていて美味しい。
しばらく食べていると、お婆さんが飲み物を持って来た。
「2人ともお酒は飲めるかい?」
「私は見ての通り未成年。まあ飲めない事はない」
「お酒〜?のむのむ〜。お婆さんも一緒に飲む?」
お婆さんが手に持っているのは、どうやらお酒らしい。
聞いてみると、
発酵させる果実は街近くで群生しているベリー類らしい。色は濃い紫で、氷結晶も相まって神秘的な雰囲気を醸し出している。
「私は大丈夫よ。かなり度数を抑えてあるからそうそう酔うことは無いと思うけど、それでも沢山飲んだら酔うかもしれないから気をつけてね」
「は〜い。んん〜美味しい〜!」
「うん…冷たくて美味しい」
一口飲むと、ふわっとベリーの香りが鼻を抜けて行った。これは、早めに辞めないと止まらない奴だ。
それから、話しながら食べているといつの間にか料理もお酒も食べ終わってしまった。
私はあまり酔わない体質なので大丈夫だが、ユウナはかなり飲んだ事もありふらふらしている。それなのに腕にはずっとしがみついているから困る。…ってこれ寝てる。
温泉に入りたいので、私はユウナを引っ張りながら向かう。途中、同じく旅館に泊まっているであろう観光客の人に変な目で見られた。ユウナは後で怒る。
「ユウナ、服が脱げないから退いて」
「ん〜、やわらかい」
「今すぐ退かないなら首を絞める」
「う〜…酷いよぉ〜」
変な場所を触ってくるユウナに拳骨を入れ、私は服を脱いで中に入る。
体を洗う前に、傷のチェックをする。今回は蹴られて吹っ飛ばされただけだから血は出てないか。ただ蹴られた左腕に痣が残っている。背中も打ったが、木箱のお陰でだいぶ威力が抑えられていた様だ。
特に重大な怪我は無かったので、体を洗う。
ユウナはさっきの拳骨で少し酔いが覚めたのか、ふらふらしながら体を洗っている。
温泉に浸かると、外が涼しい場所だからか一層暖かさを感じた。しばらくしてユウナも入ってくる。
「あ〜、これは気持ちいね〜」
「そうだね。温まる」
それ以降無言でいると、ユウナがぽつりと言葉を溢した。
「私ね〜、友達を助けたくてここまで来たんだ〜」
「友達を?」
「うん、人間じゃないけどね〜」
何も答え無いでいると、ユウナはそれでも続ける。
「私の異能は『呪いを司る』ってやつでね〜、呪いなら付与でも解呪でもなんでも出来るんだ〜。ほら、【酔い無効】」
「呪い…って、異能を酔い覚ましに使わないで」
だけど思えば、戦闘でそれらしき物は見たことがあった。【共鳴】、【腐食】、【発火】…こう見るとなんでもアリだな。
「なんでもアリだ〜って思ったでしょ?でも、デメリットもあってね〜。使った呪いは自分にも跳ね返ってくるんだよ〜」
「…は?」
「あ、これは語弊がある言い方かも〜。正確には、相手が受けた痛みと同等の痛みを自分も喰らうことになる…って感じかな〜?死にはしないし、解呪は凄い疲れるし眠くなるくらいかな〜」
相手と同等の痛みを感じる?
じゃあ、ユウナは戦闘のたびに痛みを堪えながら戦っていると言うこと…か?
だけど、これまでそんな素振りは全く見せ無かった。表情を変えることも、ふらついたりすることも。
「んふ〜、おかしいって思ってる顔だね〜。そうだよ、その疑問は正しい。だって、“私は"喰らって無いからね〜」
「……?」
「ヒントは今までの会話にあるよ〜。会った時から遡ってみて〜?」
話が分からなくなって来た。呪いを使う事に相手と同等の痛みを感じる。だけどユウナはそれを感じていない?
ヒントは会話にある。出会いは…盗賊と戦ったところ。戦闘が終わってから突然寝て、起きたら自己紹介をして——ユウナの銃について聞いた。
確かあの時、ユウナは銃を撫でてこう言った。
『まあ特別と言えば特別かな。この子は…友達、だから』
友達。ユウナが助けたいと言っていた者は——
「分かった?じゃあ答え合わせしよっか〜」
ユウナはいつの間にか持っていたお酒を一口飲み、語り始めた。
——少女とその"魔物"は友達だった。少女の手に絡みつく魔物は、透明な体をぷるぷる震わせながら親愛を表現していた。その魔物は普通自我を持たない。だけどその魔物は、心を持っている様に少女と共に居た。
ある時、少女と魔物は洞窟に迷い込む。中は迷宮の様になっていて、2人は長い間彷徨った。その末に、洞窟の深奥に辿り着いた。辿り着いてしまった。
その洞窟は強力な呪銃を呪術で封印しており、生身の人間では近づけなくなっていた。
だが不幸な事に、少女には力があった。ありとあらゆる呪いを操り、解呪してしまう力が。そして魔物である"彼"も、呪いの影響を受け辛かった。
拒まれる事の無い少女は呪銃に触れてしまい、自身を上回る力で呪われてしまう。ソレは少女にとある呪いをかけた。何があっても目を覚ます事の無い"眠り"。それを受けた少女は、洞窟の中で眠り続け、二度と起きる事は無かった——
はずだった。だが、彼は諦めていなかった。
必死に考えた彼はある一つの方法を見つける。彼は呪銃に纏わりつき、呪銃を取り込み始めた。
そう、彼は"スライム"だったのだ。
彼は呪銃を取り込みながら、交渉する。
『僕が彼女の呪いを全て受ける。だから、どうか彼女を助けてくれないだろうか』
その問いに呪銃は応え、スライムは少女の呪いを全て引き受けることとなった。
そして少女は目を覚ましたのだ。めでたしめでたし——
「って、話で終われば確かにめでたいね〜。けど、この話はまた違う方向に進むんだよ〜」
一区切り話し終わったユウナは、ふっと一息ついてお酒を口にする。
そして、続きを話し始めた。
「彼が呪銃と交わした
けど、と一言。
「改めて言うけど、少女には力があったんだよ〜。『呪いを司る』って言うね〜。その力は代償として、使った呪いが自身にも跳ね返ってくる。言い換えるなら呪い返しなんだよ〜。じゃあ、跳ね返った呪いはどうなるかな〜?」
「……契約を交わした"彼"に集約される」
「その通り〜。ただ幸運な事もあったんだよ〜?そのスライムが自我を持った経緯は、"和国"と呼ばれる国の頭領を務める人物の力を受けていたからだったんだ〜。その力とは、『祝福』。ありとあらゆる物に奇跡の様な事象を与えるなんてぶっ飛んだ力が、スライムにすら自我を与えた。そして、その祝福と呪いが均衡して彼が呪銃に取り込まれるのを阻止しているんだ〜。そのせいで会話は出来なくなったけどね〜」
ユウナが、悲しそうな顔で笑う。
持っていたお酒を飲み干して、温泉の縁に腰掛ける。
「どうだった〜?長かったよね〜?そんな訳で、私は呪いを解呪とまでは行かなくても、抑え込める魔術が無いかを探しに来たんだ〜」
「……なんで、そんな話を私にしてくれたの?」
「ん〜?」
しばらく返答は無かった。
沈黙が空気を支配する中、ぽつりと返って来た。
「カデナちゃんが、私と似てるって思ったからかな〜?」
「私と?」
だが、返って来たのはそんな解答だった。
苦しそうな声で、ユウナは言う。
「…守れなかった。私には力があったのに。…カデナちゃんも、一緒なんでしょ〜?自分には力が有るのに、守るどころか傷つけてしまった」
でも、と続ける。
「カデナちゃんは立派だよ〜。それを後悔して、反省して、痛みを負って進んでる。私が負うべき痛みを、友達に押し付けてる私とは比べものにならないくらいね〜!」
「…そうかな。私には、わからないよ」
「じゃあ、一緒に考えよっか。カデナちゃんが自分を許せる方法。多分今は、少しズレてるかもね〜」
ユウナが温泉からあがると言うので、私もそれに続いて出た。教えてくれた理由は、多分お酒が入ってる事もあるんだろう。
…ズレてる、か。そうかな。私の力は、力を悪用する者を裁く物だと思う。——私も含めてね。
「…カデナちゃんの事も、いつか教えてね〜。お姉さんとの約束だよ〜?」
一度だけ、ユウナがそう言って来た。きっとユウナは私のことを信用してくれているのだろう。
だから、悪い気はしない。いつか、時が来たらサラッと言ってしまおう。——私の罪を。
部屋に戻ってゆっくりしていると、窓からカチカチと金属がぶつかる音が聞こえた。
窓を開けると、【探鎖虫】がくるくる回っていた。何してんだ。
【探鎖虫】を解くと、記録が頭に流れ込んで来た。
「…街から南西か」
「ん〜、見つかった〜?」
「うん、南西の森奥にある廃れた教会を拠点にしてるみたい」
決戦は明日の早朝。
今日は一時療養のため、体を休める事にした。
待ってろ、セリア。
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