第5話 熱を帯びる

「っ…ここは?」


 目が覚めると、屋敷の屋根上に居た。辺りは既に真っ暗になっている。

 一体何が——


「ってそうだ」


 私はジアと戦っていたのだ。その途中で理性を失って、最後に切られて…あれ?切られてない。それに、傷も治ってる。

 あれは…夢?いや、そんな訳無い。私は確かにあの時切られたはず…。


「…見逃された?」


 私とした事が、戦闘中に冷静さを欠いてしまった。正常な判断が出来なくなって、勝てたかも知れない勝負を不意にした。

 完全な負けだ。言い訳のしようもない。


 反省しながら屋根から飛び降りる。遠くから執務室を覗くと、中に焼けた痕が見えた。やはり夢では無かったらしい。


 ジアはどこに行ったのだろう。

 確か、用心棒として雇われていると言っていたはず。だとすれば、雇主である領主が死んだ結果、既に別の街に移動した可能性が高い。


「…ジア、強かった」


 戦闘パターンは覚えた。

 ただ最後に使っていた【虚身】という技…恐らく分身技なのだろう。あの時何が起こったか分からなかった…戦闘中に使われると面倒そうだ。

 私を切られたと誤認させた技…あれも厄介だ。注意して見ないとペースを崩される未来が見える。


「けど、次は負けない」


 もう少し、冷静さを保つ必要がある。

 次はそこも気をつけながら、上手くやろう。

 それから私はとりあえずの街の復興まで見守ってから次の旅に出ることにした。


 今街は領主が死んだ事で混乱している。次の領主は前領主の息子になりそうと言う噂があったが、まだ12歳らしい。成人が18歳であることを考えると、まだまだ子供と言わざるを得ない。

 ただ、今回の件で悪い事をするとどうなるか理解したはずだ。前回の領主よりマシになる事を祈るしか無い。


 現在の私サイドでは、しばらくお腹に何も入れて無かったため飲食店を探しているのだが、どこも店を閉めていてやっていない。

 適当にぶらぶら歩いていると、私の鼻を良い香りが抜けて行った。足がそちらの方を向く。


 匂いの通りに進むと、そこは今朝お世話になった宿屋があった。申し訳無く思いつつも扉を開く。


「いらっしゃ…い?って、今朝の嬢ちゃんじゃないか、大変な事になっちまったな」

「そうだね。…もしかしてコーヒー?」

「あぁ、こんな事になったもんで、落ち着こうとコーヒーを淹れてた所だ……えっと、飲むか?」

「飲む」

「即答だな。じゃあ座って待ってな」


 言われた通り座っていると、外が騒がしくなって来た。どうやら領主の悪行が誰かにバラされているらしく、外は大騒ぎになっている。


 しばらく外の騒ぎに耳を傾けていると、机に金属を置いた音がした。


「ほれ、飲みな嬢ちゃん」

「ありがとう。…美味しい」

「嬢ちゃんブラックで飲めるのか、前に飲んだ事あるのか?」

「初めて。私もこれ、気に入った」


 店主の目を見ながらそう言うと、満足そうに頷いて笑った。そこで私はある事を思い出し、視線を落とした。


「そう言えばこの服…借り物なのにぼろぼろにしちゃった。ごめん」

「まあ…気になってはいたが、何があったんだ?」

「ちょっと…トラブルに巻き込まれた。これ、多分娘さんのだよね?」


 申し訳思いながら聞くと、店主はまたも笑って言った。


「娘の昔の服だ。ついこの間成人して、着ない服を寄付に出すかってまとめてたところだったんだ。別に弁償してくれなんて言わない」

「そう…でも、すぐダメにしちゃってごめん」

「トラブルなら仕方ない。娘も要らないって言ってたし、死蔵するよりマシだ」


 優しい店主に感謝しながらコーヒーを飲み干す。

 店主にコーヒーカップを返していると、不意に横から物音がした。


「パパ、そろそろ消灯…てごめん、対応中だった?」

「大丈夫だよ。そうだ嬢ちゃん、紹介する。さっき話に出た俺の娘だ」

「え?あぁ、もしかして今朝パパが言ってたお嬢さん?お人形みたいで可愛いね〜!」


 凄く美人な人だ。

 そして店主が紹介するや否や、目を輝かせて私に飛び付いて来た。頭をギュッと抱えられる。

 …デカい。何がとは言はないが、デカい。

 頭に伝わる柔らかさを堪能していると、パパ…店主の咳払いが聞こえてきた。


「そう言えば嬢ちゃん、金は有るのか?」

「…持ってない。ついでに泊まるところも」

「……なるほど」


 店主が困った様に頬を搔く。私もお金を持っていないので困っていると、娘さんが私の頭を抱えたまま店主に言った。


「じゃあウチに泊まらせてあげて、その間働くって事にしたら?そしたらこの子はどっちも解決して、私も可愛い妹が出来て皆ハッピー!…どお?」

「俺は良いが…嬢ちゃんは大丈夫か?」


 その問いに少し考え——


「一応街が立て直ったら次の街に行こうと思ってる。多分1週間くらいになるけど、そちらが大丈夫なら私は問題ない」

「やったぁ!ねぇねぇ名前は?一緒にお風呂入ろ〜!」


 更に強く抱きしめてくる娘さん。

 こうして私は、街の立て直しまでの拠点を手に入れたのであった。出発までの約1週間、宿屋営業に力を入れることとする。


 私が宿泊先を得ている時も、外はさらに騒がしさを増していた。

 街が復興するのも近そうである。

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