第3話 領主邸
どうしたもんか。
私は1人、街をふらつきながら考えている。何に対してかと言うと、領主邸にどう侵入しようかという話である。
別に正面突破でも問題は無いのだが、あまり騒ぎ過ぎると街の住民にも伝播してしまう。仮初の日常が続くこの街は、少しの衝撃で割れてしまう薄氷の上にあるようなものだ。慎重にならざるを得ない。
「…疲れるけど、アレをやろうかな」
丁度良く領主邸の近くに着いたので、人気の無い路地に入る。そのままローブを脱ぎ捨て、肩を露出させた。
目を瞑り、呟く。
「貫け、【断鎖】」
路地に指を鳴らす音が響き渡った直後、私の左肩を砕く様に鎖が貫いていた。
そして、頭に大量の情報が流れ込んでくる。これは私の記憶と記録だ。
目を瞑ったまま、自分の記録をより深くまで鮮明にしていく。頭の中で自分の輪郭をハッキリと意識して、やがて影で出来た私の姿がイメージ出来た。
「【繋鎖】…切り離せ」
その影を、切り離す。何から?世界からだ。
この世界から私という存在を切り取る。そうするとどうなるか、周囲の人間から、私が一切認識されなくなる。仮に私が花瓶を割ったとしても、それは別の誰かか、自然現象か、あるいは怪奇現象として処理される。
そして、この状態ならば領主邸を好きに調べる事が出来る。トラップがあったとしても反応すらしない。なぜなら、今この世界に私という存在は無いから。
ちなみに詳しい説明は省くが、【断鎖】と【繋鎖】は二つで一つの技である。断ち切る事に特化した【断鎖】と繋ぎ合わせる事に特化した【繋鎖】と覚えておけば良い。
「よし、行こう」
私は警備の横を堂々と素通りし、白昼堂々領主邸に潜入する事に成功した。
中はかなり綺麗に清掃されていた。赤い壁紙に赤いカーペット、キラキラと宝石に光が反射して…目に悪い。
嫌がらせに適当にそこら辺の高そうな壺を落とすと、しばらくして使用人か何かの悲鳴が聞こえてきた。恐らくこの後説教されると思っているのだろう。ごめん。
気を取り直して屋敷をずかずか進む。中の情報なんてないから、勘に従うしかない。
「領主の部屋は…探すの面倒…あ」
思わず呟いた直後、耳の奥でジャラジャラと音が鳴った。私は堪えきれずに笑みを溢す。
「…困ったときは、いつも鎖が教えてくれる」
進行方向であっている事が分かったため、先程より軽い足取りで進む。領主は今、2階の執務室…か。
■■■■■■■
無駄に綺麗だな。
執務室と書かれた札の下には、無駄に凝った扉が構えていた。デカい宝石が散りばめられており、人目で重要な場所だとわかる…いや意味ないじゃん。
…昔から金持ちなのか、悪行で稼いだ金なのか…いや、どっちもか。
「さて、お邪魔しよう」
さっさと終わらせる事にした私は把手に手をかけた。少し引くと、扉はいとも簡単に開いた。
「…ん?誰だ」
中にはぶくぶくと太った男が居た。服はすぐにはち切れそうだし、汗でびしょびしょになっている。この男が、領主なのだろう。
男は開きっぱなしにしてある扉の方を見て不思議そうにしており、風か?なんて呟いている。再び手元に視線を落としている。
「【影縫】」
背後に回った後、影縫で動きを止める。
「な、何が!?誰か——」
突然現れた鎖に困惑している男が、焦った様に助けを呼ぼうとしたところで口にも鎖を入れる。
モゴモゴと苦しそうにもがいているのを横目に技を解除する。
「解除…領主さん、こんにちは。君の命を貰いに来たよ。…貰いに?別に要らないから…奪いに来た、が正しいかな?」
殺しに来たと伝える私に、男の目が恐怖に変わる。顔色も悪くなって来て、ガタガタと震えも出て来た。
必死に逃げようともがいているが、鍛錬もしていない人間の力で鎖が千切れるはずもない。無駄だと悟った男はすぐに静かになった。
「理解が早くて助かるね。何で自分が狙われているのかも分かってるでしょ?」
男は全力で首を振って否定する。私の頭には既にこの男の
じゃあ仕方ないか…
「盗賊と契約して輸送馬車を襲わせ通路を閉鎖、そして極秘ルートで南の国から商品を購入。それを他国に高値で売りつける…そのお金で私腹を肥やし贅沢。他にも隠れて色々やってるね。認める必要なんて無いから、もう殺して良い?」
再び、首を振ってくる。これは命乞いだろう。
そろそろ殺されると思ったのか、男が身を打って暴れ始めた。鎖は一向に千切れる気配を見せないが、巨体が暴れているため床がギシギシと音を立てている。
そんなに暴れても、慈悲をかけるつもりはない。
「【火罰の——」
焼き殺そうとした瞬間、耳の奥でキリキリと金属同士が擦れ合う様な嫌な"音"が聞こえてきた。
咄嗟に地面を蹴ってその場を離れる。
チクリと痛みを感じた首を触ると、手に真っ赤な液体が付着していた。これは…私の血?
「あれ〜?首を落としたと思ったのに外したな〜。君、凄いね〜。」
何者だ?気配が全く感じない…それに、剣戟が見え無かった…こいつ、強い。
「ね〜ね〜僕さ〜、雇主サマが死にかけるまで全然気配を探知できなかったんだ〜。これでも昔から用心棒として戦ってたからさ〜、生き物の気配には敏感なはずなんだけど〜……君、何者?」
言い終わった瞬間、身を捻って避ける。左腕に少し掠ったが、元より傷だらけなので別に問題はない。
「人に名を聞く時はまず自分から…と、習わなかったの?」
「あは、ごめ〜ん、僕生まれた時から孤児でさ〜。教えてくれる人間なんて居なかったんだよね〜。ま、僕から自己紹介するよ〜、僕はジア。用心棒として雇ってもらいながら世界を旅してるんだ〜」
「…私はカデナ。あなたと同じく旅をしてる。目的は…別に良いでしょ」
「え〜気になる〜」
会話に夢中になっている間に相手を観察する。白に青が混ざった様な髪にキラキラと反射する黄色の目、スラっと高い身長と良く手入れされた剣。そして全く感じない気配、異様な男だ。
リーチが長くて近づかれると面倒だな。
互いに中身の無い会話を続けながら睨み合う。
詠唱→鎖出現→攻撃のプロセスを踏まなければならない以上、私から迂闊に動く事が出来ないでいた。
「そう言えばさ〜、そこの雇主サマの体に巻き付いてる鎖、君の物かな〜?鎖なんて重いのに〜、よく華奢な君が持って来れたね〜。それとも〜」
「っ!!【鎖撃】!!」
会話の途中で攻撃してきたジアの剣を、咄嗟に生成した鎖で弾く。すぐに地面を蹴って退避したジアが楽しそうに笑う。
「やっぱり〜!君の異能だね〜。"異能"自体珍しいのに、鎖なんて〜。小さいのに凄いね〜!」
「…異能に年齢なんて関係ないでしょ。発現だって、初老を迎えてから迎える人だっている。それより、制御出来るか出来ないかが重要だよ」
「そんなものかな〜。まあそうかも〜。」
興味なさがにジアが言う。お前から聞いて来たんだろ。
ジアはその場で跳ね、体の調子を確認している。巧みに剣を操る技術は尊敬に値するが——
「【鎖撃•連】」
詠唱して鎖を生成する。
私の邪魔をするなら捻り潰す。
同時に地面を蹴り、闘いの幕が上がった。
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