第29話 少数精鋭
「二十年前は勇者ルシアンのリーダーシップがしっかりしていた。殿下も軽率な行動は避けていただきたい」
エクトールが完全に主導権を握っていた。
「天体測定と道案内は俺がやる。二十年前の記録もすべて持って来た」
あわててアンリ王子が反論する。
「道をたどるだけで踏破できると思うのか。魔物や魔族に襲われたらどうする?」
「それに対しては、剣や槍を扱えるのが殿下と自分ともう一人……」
リュックが弾んだ声を出した。
「僕が行く。剣も魔法も使えるぞ」
エクトールはうなずき、またアンリ王子の目を見た。
「それから、魔法使い……ここにいる三人合わせてもエリゼ一人に敵うかどうかだ。皆来てもらいたい」
ひゃい? 私、帰れないの?
「未熟なパーティだ。だが若い力は素晴らしい。オーロールの『展開!』もそうだが、部分的には前のパーティを上回っている」
アンリ王子が嬉しそうに首を振った。
頭の中では、魔族に痛打を与えて王太子の位を兄王子から奪う光景でも想像しているのかしら。
「おめおめ生き残った自分も年老いた。若いパーティに力を貸せるのも、これが最後の機会」
エクトールの言葉には切実なものがある。
「今回は、魔王城の位置がはっきりしているのが何よりありがたい。北緯六十五度、東経十五度。そして、よく知られているように、魔王城の周りにはダンジョンがある」
リュックが口を挟んだ。
「プトレマイオスの天球図に例えられる、九層の水平ダンジョン……」
「そう。各層の特徴を記録したのも第七層まで到達した我々だ。そして、魔王城まではあと二層あると推定した」
魔王城を中心に、九層が同心円状に広がるダンジョン……。
プトレマイオスの天球図はと言うと、一番外にある第一層、次いで二層目が「星々の天球」、第三層は「土星の天球」。同様に惑星や月の名前がついた層がもう六つ。
教会はまだ、これらの天球が地球の周りを回っていると教えているけれど、魔法学校の卒業生でそれを信じている人は居ない。
「自分たちも便宜上の呼び名として使っていただけ。名前に深い意味は無い。学者たちが魔王とダンジョンの関係を論じているうちに、勝手に意味がつけられたんだ」
リュックが静かな声で質問する。
「ダンジョンの第七層……そこでいったい何があったんです?」
急にエクトールの表情が翳った。
「……勇者ルシアンが死んで、前進は不可能になった……今言えるのはそれだけだ」
エリゼ先生もそうだけれど、第七層の悲劇の話は良くするのに、詳細を語ってはくれない。
たった五人で最深不到の記録を作った伝説のパーティ。その終焉はどんなものだったのだろう。
エクトールは自分の荷物の底の方から古い手帳を引っ張り出した。
「ルシアンの書き綴った記録だ。記録係の自分が書いたものは公文書として王宮に納められ、出版もされたが、ルシアンの生の声はあのメンバーしか知らない」
私たちはかじりつくようにその手帳を読んだ。
ところどころ血と泥で汚れたそれには、勇者の肉声が綴られていた。
「彼は希望の星、だね」
「ほんとうに、そう」
魔王城の位置が分からず、苦難の続くダンジョン踏破は時に内輪揉めも起こしていたようだけれど、常に希望と生還を諦めなかったルシアンの言葉は、二十年の時を超えて私たちを励ましてくれるようだった。
消えてしまったジャン・ペリエ、あなたは小さな文房具屋をイライザに侮辱されて傷ついたでしょうけど、皆が感動しているこのルシアンの手記は全部手書きよ。印刷技術がいくら進歩したって、ペンの力は無くならないわ。
しかし、記載は二十年前の日付で突然途切れ、その後は空白が続いていた。
「この日、何かが起きたんだ」
エクトールは怖い顔をしていて、とても話を聞ける雰囲気ではない。
「これは、アンリ殿下が読むべき内容だ」
リュックが王子に手帳を差し出した。
「理想のリーダーが、ここに居る」
アンリ王子は受けとって胸ポケットにしまい込む。
「待って、パーティ五人って、お供も連れて行けないの?」
イライザが金切り声を上げた
「この荷物、全部自分で?」
「もちろん。持てない分は置いていく」
「エクトールさん……私の背嚢は特別製ですけど、他の方のは普通の……」
おそるおそる言うと、エクトールは困った顔をした。
「……オーロール、お前さんは『展開!』の呪文の基礎ができている。他メンバーの荷物入れの内部にその魔法をかけて容量を増やしてやれないか?」
「……やって……みます」
リュックは背嚢を逆さにして中身を空け、私に差し出した。
「展開!」の応用……できるかしら。
背嚢の口に手をかざし、広い空間をイメージして「展開!」の呪文を唱えてみた。
いつものように銀色の膜が広がり、背嚢の内側に貼り付いた。
ふう、これでどうかしら。
イライザはというと、持って来た高級そうなバッグの中からどれにするか思案中だ。
「あーん、どっちのバッグも持って行きたいー」
「良いわよ。二つともかけてあげる」
「ありがとう!」
勇んで二つ差し出すイライザ。
魔法をかけようとしたら「ちょっと待って」とリュックの声がした。
「オーリィ、これ、確かに量は入るけど、その分重いよ」
「え……あら……」
自分の背嚢をのぞいて見ると、単純な銀色ではなく、油膜のような七色に光っている。
「『展開!』だけじゃダメみたい……」
ひらめいた!
「フェニックス! あなたの力を貸して。飛翔に使う浮遊力を混ぜ込むの!」
ふわりと飛んで来たフェニックスの柄をトントン叩くと、金色の粉が舞い散った。
「これで試してみて。体重までは担げるはず」
「うん……軽い、軽いよ。これは良い!」
次にイライザの高級バッグ二つにも同様に。
アンリ王子が恥ずかしそうに差し出した背嚢にも。
「荷物の問題は解決したな」
待っていたエクトールが、さらに忠告する。
「それにこれからは、互いに名前を呼ばず、肩書やニックネームで呼ぶこと。名前を魔族に知られると追跡される」
「僕たちが魔王の名前から魔王城の座標を割り出したように?」
「その通り。ただ魔族は座標などというまどろっこしいことはせずに直接襲ってくる。名前は、絶対に秘密だ」
「よし、自分は『殿下』だ」
恥じらいもなく宣言するところが彼らしい。
「エクトールは『戦士』、リュックが『男爵』」
「「了解!」」
「イライザが『魔法使い』、オーロールが『首席』、これでどうだ?」
アンリ王子が勇んで命名する。
イライザは「魔法使い」の呼び名に満足そう。
でも、あの、私、帰りたいんですけど……。
「オーロール、お前さんにはどうしても同行して欲しい。エリゼの『展開!』を受け継いだのはお前さん一人だ」
「……ひゃい」
イライザが小声でつぶやいた。
「闇の魔法に加えて、そんな特殊な魔法まで使えるなんて……オーリィ、あなたがうらやましいわ」
イライザ……。
私、行かなくちゃならないのね。
そうね、ダンジョンの試練を超えて、強くなった姿をエリゼ先生に見せて、今度こそ正式に弟子にしてもらおう。
「……まずはダンジョンの入り口、北緯五十九度、東経三度を目指す。距離にして千五百スタディアだ。五人のパーティなら『速歩』もさほど消耗せずに使えるな」
私たち三人は苦笑いしながら「やれる」とうなずいた。人数が百分の一ですもの。ここは魔法使いの腕の見せどころよ。
「オーリィ、ちょっと話がある」
一緒に空を飛ぼうとまとわりつくフェニックスを左手でいなしながら、私はリュックの後に着いて野営地のはずれまで歩いた。
彼は慎重に周囲を見回してから、
「君のやった地獄の門、確かに教科書通りだったけど、なぜ『閉じた』んだ? それに君の名を呼ぶ声を確かに聞いた。まさか、闇の眷属に知り合いがいるのか?」
リュック、その通りよ。
あれはきっと魔王ダリオンの声。
でも、言えない。魔王の助力があって地獄の門が開いたり閉じたりしたなんて、とても告白できない。
「……いいえ。知らないわ」
嘘つき。
嘘をつくたびに肺腑が噛まれるように痛い。
でも、内緒にするのはもう決めたこと。
風がまた私の名を読んだような気がした。
「部隊は指示通り王都に戻れ。我々五名は魔王城に向かう。必ずや魔王を倒して我が名をシャンドリュー王国に響かせよう」
お父様の言う通り、アンリ王子の部隊は瓦解したけれど、私の旅はまだ続きそう。
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