第7話 ホウキレースは得意のはずが

 タタタタッという軽い足音に、私は顔をあげた。


「やっぱりまだここにいたんだな。皆校庭に集合してるよ」

「リュック……」

「さあ、行こう」


 リュックは私の手を取って立たせた。


「昔……君んちの庭でかくれんぼした時も、君はこんな風に小さくなってたっけ」


 ボッ。

 顔から火が吹きそうだわ。


「許してやれとは言わないが、イライザの家も貿易商だから、貴族である君や僕たちのようなわけにはいかないらしいよ」

「船が難破したとか」

「それより、偽手形をつかまされた方が痛いらしい」


 え、リュック、どうしてそんなにイライザの家のことに詳しいの?


「もちろん僕の父の上官に当たる君の父上にも感謝してる。良くしてもらっているそうだ」

「そう……ごめんなさい父は戦場のことは話さなくて……」

「君に心配かけたくないんだ……あっ、もうこんな時間。行こう!!」


 私はリュックに手を引かれ、フェニックスを小脇に抱えて校庭に急いだ。


「どうして二人が一緒なのよ!」


 イライザの金切り声が響いた。


 はあ、はあ、はあ。

 息がきれて返事どころじゃないわ。

 私はフェニックスを校庭に立ててよりかかった。


「君こそオーリィをいじめるなよ」

「そこ、静粛に。昨年までは、このホウキを扱う技術を来賓にお見せするのが、当校の華でした」


 えっ、今年は違うの?


「えー、しかしながら諸君には伝統と誇りを失うことなく、この競技に挑んでもらいたい」


 これまで何度も練習してきたから、要領は分かる。


 個人参加で現実と魔法の障害をくぐり抜けるのがホウキレース。四人組でバトンを受け渡すのがホウキリレー。


 最上級生ともなれば、風魔法の使い手でなくてもホウキに乗れない生徒はまずいない。

 でも競技となると……。


「僕は辞退します」


 羽根ペン使いのジャンが列を離れた。彼は「羽根」ペンを使っているくせに飛翔学と特に相性が悪い。


「私も見学します」


 数人がバラバラと運動場の隅に引っ込む。

 午後の授業も見物しようという校外の人たちが同じところに集まっていたが、その数は少ない。

 

「先生」


 イライザが手を上げた。


「オーロールだけ自分のホウキなのは、ずるくありませんか?」

「む……だが君たちも自分の好みのホウキを選んで、それで練習してきたじゃないかね?」


 イライザだって、自分の魔道具のムチを使ってホウキのスピードを上げてたじゃないの。


「じゃあ、一度、私もオーロールのホウキに乗らせてください」


 え、フェニックスにイライザが?

 ちょっと待ってよ。フェニックスに使役魔法をかけようとして壊したばかりじゃないの。


「イライザ、どうやってもオーリィに勝てないからって、魔道具をオーリィから取り上げるのは卑怯だろう」


 リュックがイライザの前に立ちふさがった。


「そんなんじゃないわ。私は競技を平等にしたいだけ」


 さすがのイライザもリュックの前ではおとなしい。


 でも先生、先生はどう判断するの?

 お願い、フェニックスを取り上げないで。

 私は哀願する目で先生を見た。


「ふうむ、そのホウキは君のお母さんの方から受け継がれたものだったね」

「ひゃ、はい」

「一度、君自身の飛翔能力を見せてもらいたかったんだよ。自分の魔道具に助けられた能力では無しにね」


 先生……私がフェニックスに乗れば無敵だったから面白くないの?

 しゅん、としょげた気持ちになる。


「一度、別のホウキで飛んでみなさい」


 どうしよう……共有のホウキは柄にヒビが入ったり毛が抜けたりしたものばかり。


 イライザがニヤニヤ笑いながら見ている。

 私をいじめたって実家のご商売がうまくいくわけでもないでしょうに。

 私はフェニックスの柄を握りしめた。


「先生……フェニックスは……」

「責任は私が持ちます」


 何も無いと良いんだけれど……フェニックスはクセが強いから……。


「さあ、ホウキを選びなさい」

「……ひゃい」


 なるべく言うことを聞いてくれそうな一本を選び、代わりにフェニックスをホウキ立てに入れる。


「今だけだから。おとなしく待っているのよ」


 すねたのか返事もしない。

 赤毛の子がそれを見て笑った。


「ふふん、伝説の魔道具様も形無しね」


 腰の高さに浮かせた自分のホウキにズイとイライザは腰掛けた。そして、彼女の魔導具である短いムチを取り出した。


 彼女はいつもこれでホウキを叩いて急がせる。

 そんなことしなくても、ホウキとの間に信頼関係があれば飛んでくれるのに。


 私が手にしたはげちょろけたホウキはブルッと私の手の中で震えた。

 急に持ち主が私になったんですもの、不安に違いないわ。


「よろしくね。心配しないで。ムチを当てたりしないから」


 ホウキはブルッと震えて応えてくれた。


「与えられた限りでベストを尽くさなきゃ」


 軍人であるお父様がよく言っていた言葉。戦場では、不満を言ったって兵隊や物資がわいてくる訳じゃない。

 最善を尽くすこと……これはいつも心がけてきた。気弱なオーリィとは呼ばれても、怠惰とか弱虫とか言われてないのがその証明。


 改めて自分のホウキを見る。

 柄こそホウノキだけれど、穂先は藁の安物……うーん、ちょっとこれは……。

 トネリコの小枝でできたフェニックスには明らかに劣る。


「乗せてね」


 フワッとホウキは腰の高さに浮き上がった。

 うん、反応は思ったほど悪くない。

 腰を乗せるといつもの沈み込む感じ。


「オーリィ、集合地点へ!」

「ひゃい」


 見ると参加者全員が、運動場の隅、見学者の前に集まっている。

 高さは校舎の二階くらい。

 あわてて浮き上がる。

 ちょっと反応が鈍いな……いや、私がフェニックスの敏感さに慣れているから、仕方ないかも。


「通常ならゴールまでの時間を競うところだが、今回は丁寧に障害を越えなさい」

「「「はい!」」」


 参加者は、第一関門の火の輪くぐりの方にホウキの柄の先を向けた。


「レディ、ゴー!」


 先頭を切ったのはイライザ。

 そのまま火の輪の中心からやや上の一番有利な位置を飛んで行く。


「私たちも行くわよ……怖くないからね」


 私はホウキを励まし、中団の位置をキープして火の輪をくぐる。

 燃えやすい藁のホウキは乗り手が炎を怖がるとおびえてしまう。

 うまくくぐれた。

 

 「……よしよし」


 次は迷路。

 魔法で空中に作られた迷路を迷わず飛んでいかなければいけない。行き止まりにはまり込んでいる間に抜かれたりするから、見ている側は面白いかもしれない。


 ここも、イライザが先頭で通過した。


「……」


 妬ましい気持ちがわく。

 本当ならフェニックスが私を乗せて……。


 次は暗闇の空間を上下左右の感覚を失わずに飛ぶ障害。

 北極星のように瞬く出口にまっすぐ向かわないと失格になる。不惑の心が試される。

 私はここでイライザの後につけた。


 最後は魔法学校の象徴、白いドームのてっぺんに触れてくること。


「くっ……オーリィ、生意気な!」


 振り向いて後ろを確認したイライザが叫んだ。

 そして、いつもやるようにムチでホウキの柄をピシリと叩いた。


「急いで!」

「やめて、イライザ、危ない」


 案の定、ホウキは急上昇しながら左に回り始めた。その勢いに、イライザが手を離しそう。


「きゃああ!」


 ホウキにもその日の機嫌がある。持ち主の不機嫌を察して神経質になっているところを叩かれ、混乱して、過剰に反応してしまったのだ。


「イライザ、手を放さないで」


 私は急いでイライザの横に自分のホウキを着けようとした。

 でも早すぎる。


「落ち着いてー」


 はるか下から声をかけるけれど、イライザには届かない。


「イライザが?」


 後ろからリュックが尋ねた。


「そう。ホウキを叩いたから……」

「狂奔したのか」


 そんな言い方はしないで……。


「僕は先生に言ってくる。君はイライザが転落した時に備えて、風魔法で受け止めてくれ」

「……は、はい」

「君ならできる。自分を信じて」


 リュックが背を向けたとたん、


「きゃあああーーーーーー」


 長い悲鳴の尾を引いて、ついに手を離したイライザが落ちてきた。


「風よ、春風のごとく優しく……」


 詠唱は中断し、途中からは無詠唱で、私が吹かせたそよ風がイライザを受け止めた。


 ズシン。


 重い。詠唱が途切れたとたん、私の乗っていたホウキはイライザの方に引き寄せられた。


「踏ん張って。魔法で怪我人を出す訳にはいかないわ」


 そこへもう一本のホウキの影。


「フェニックス!」


 来てくれたんだ……手にかかる重みが減った。


 自分のホウキを励まして、仰向けに浮かんで手足をだらんと垂らしているイライザに近寄る。

 呼びかけてみた。


「イライザ、しっかりして」


 反応が無い。


「イライザ……」


 私は彼女をそっと中庭の芝生に下ろした。


 ひゅううん!

 落下する影。

 私をかすめて、主を失ったムチが落ちてきて、横たわるイライザの近くに突き刺さった。






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