第36話 11月4週目

 車にロードバイクを積んで、夏生さんに運転してもらう。


「お二人は現地集合ですか?」

「ああ。私たちより家が近いからな。それに、原田さんは元々センスがあったし、林田君も負けじと練習してるみたいだから、今日は楽しみだ」


 先日、居酒屋で4人でお食事をした。

 私は原田さんが林田さんの事が好きだということは知っていた。そして、どうやら、林田さんも原田さんが好きらしいのだ。


「あの二人はお互いを思い合っているの。何か誤解があるのよ」

「放ってはおけないか?」

「ええ。もちろんよ」


 なぜ、夏生さんが声を上げて笑ったのか分からないわ。

 だって、重要なことよ。お節介だと思われてるのだろうけど結構よ。


「それで、今日のツーリングを提案したのか?」

「そうよ」


 何か変?私、可笑しいことしてますか?


「らしくないが、らしいと思ってな」

「どういうことですか?」

「秋子はそういうことしなさそうって思ってたが、私が間違っていたことに気が付いたということだ」

「よく分かりませんが、誤解が解けたのなら何よりです」

「そういうことだな。さて、お世話になった二人に、何かお返しが出来るといいな」

「はい!」




 初めてのヒルクライムに、急に不安になる。


「えっと、山頂までどのくらいあるのかしら……」

「登り切らなくてもいい。無理はせず、行けるとこまで行こう。レースじゃないんだから、限界を越える必要はない。楽しめればいいんだ」

「はい……」


 車からロードバイクを降ろしていたら、林田さんと原田さんがやって来た。


「「おはようございます」」


 とても爽やかなカップルに見える。


「あ、室田さん、これなんですけど」


 呼ばれたので振り返る。けど、私じゃなかった。

 それもそうね、今日、私が呼びかけられることなんてきっと無いわ。


「ややこしいので、秋子さんって呼んでもいいですか?」

「おい、原田……」

「ええ。私も春香さんとお呼びしてもいい?」


 はるか、という名前は嫌いだった。

 夏生さんの前妻さんと同じ名前、だけど、もう克服したわ。

 夏生さんの隣に今いるのは、この私よ。


「それはいいな。私も夏生さんと呼んでもらおう」

「僕は冬馬です」

「春夏秋冬、揃ったのね」


 なんて楽しい会話なんでしょう。

 ステファン以外の人と、こんな風に気楽におしゃべりできる仲間が出来て幸せ。


「じゃ、出発するぞ!」

「「「おー!」」」


 夏生さんが先頭で、続いて春香さん、私、冬馬さんで列を作った。

 平坦な車道しか走ったことのない私にとって、坂道はきつくて、夏生さんと春香さんみたいに、お尻を上げてペダルを踏むことができない。


「夏生さん、春香、先行っていいですよ!僕は秋子さんと追います」

「よろしくな!」

「はい!」


 前のお二人は先に行ってしまい、冬馬さんが私に並んだ。


「実は、僕、足がパンパンで……もう少し行ったところにパン屋があるんで、そこでサボりませんか?」

「そうしましょう」


 息が切れて、それしか言えなかった。


「ここはどれくらいの地点なの?」

「半分は過ぎていますよ」

「まだ、半分も残っているのね」

「実は、僕は登り切ったことがないんです。あの二人、っていうか夏生さんは当然だからあれだけど、春香がヤバいんですよ」

「そのようね。夏生さんがセンスがあるって言ってたわ」


 もうすっかりくつろいでしまって、パン屋の中にあるイートインスペースで、冬馬さんと談笑を始めている。


「お待たせしました」と店員さんが、トレイを運んで来てくださった。


 冬馬さんは、クルミとかぼちゃのパンに、ダージリンティー。

 私は、クランベリージャムの入ったチョコレートパイにブラックコーヒー。


「「いただきます」」


 唐突な事とは承知していたけど、時間もないので、用件から話す事にした。


「春香さんは、あなたが他に好きな人がいるって思っているそうよ」

「……はい。そうなんです……」

「よかったら話してくれない?私、なにか出来ることがあれば、して差し上げたいの」

「実は、会社の後輩にいい寄られてる、っていうか……付き纏われてて……そんな関係じゃないのは、春香も分かってると思うんですけど、どうも、避けられちゃってて……」


 こんなところにあるパン屋は誰も入って来ないみたいで、私たちの会話が店員さんに聞かれてないか不安になった。


「春香さんも冬馬さんが気になっているようなのに、どうして避けたりするのかしら」

「それが分からないんです」


 困ったわね。


「きっと間もなく誤解が解けるわ。冬馬さん、頑張ってね」


 お店のドアが開いた。


「やっぱりここか」

「見ぃーつけた!」


 夏生さんと春香さんが入って来た。

 同じテーブルを囲む春香さんの様子は、とても冬馬さんを避けているようには見えないのに……なにかご事情があるのでしょう?




「「どうもありがとうございました」」

「いや、思い付きで誘っておいて、本人は中腹でお茶してたなんて、すまないね」

「ごめんなさいね」

「いえ、めっちゃ楽しかったです」

「僕も、秋子さんとお話しできて良かったです」


 お二人は、帰りもロードバイクで、本当に凄いわ。


「さて、我々も」

「はい」


 車に乗り込む。

 夏生さんがこちらを見ている。


「どうされ……」


 キスされた。


「分かってたんだけど、君と冬馬君に何かあるはずもないって、だけど、山頂に着いて、気が気じゃなくて、すぐに降りてきてしまった」

「まぁ」

「秋子、愛し、て、る」



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