第27話 9月3週目
玄関のリフォームに伴い、シューズクローゼットの片付けを始めた。
「すごいたくさん……」
夫の好みが分からず、服も靴も鞄も手当たり次第に買ってきた。
だけど、先日、知ることができた。
夏生さんは紫と黒がお好きらしい。
「2階に運ぶの手伝うよ」
「ありがとうございます」
私の部屋のクローゼットは既にいっぱいで、最近買ったロードバイクのウェアも入らない。途方に暮れる。
「捨てちゃいましょう」
覚悟という程の事もない。
もう、夏生さんが褒めてくれたワンピースさえあれば、他は不要なのだから。
あの時、夏生さんの誕生日にエイジングビーフを食べに行った日。
私が着たこのワンピースを「すごく素敵だ」と言ってくれた。
私は、翌日、もう一着同じ服を買いに、お店に行った。
「申し訳ございません。当店では売り切れてしまって、系列店を探してみましょうか?」
「お願いします」
ようやく見付けた夏生さんの好み。
クリーニングが間に合わない事もあるだろうし、数年で着れなくなってしまうかもしれない。本当は、毎日だって着ていたいのに。
広島の店舗に一着だけあるというので、取り寄せていただき、買い取った。
「それ、なんで2着あるの?」
靴を運んでくださった夏生さんに見つかってしまった。
「買ったことを失念していて……」
「ドジだな」
そう思っていただけたら本望です。
「こんなに入りきるのか?」
「どうでしょう」
大事な紫と黒のワンピースは2着ともキープ。ベッドの上に置く。
フランスで着た赤いワンピースは、夏生さんの反応が良くなかったので、ドアの前に。
パンツスーツはこれから自転車に乗るときに活躍するかもしれないので、ベッドの上に。
気に入ってる、いないに関わらず、他は無くても構わないわ。
「捨てちゃいましょう」
ドアの前に運ぶ。
「こっちにあるのを捨てるのか?」
「はい」
「こんなに?」
「問題ありません」
あ、私、物を大切にしない人って思われたかしら。
「無理してないか?」
「いいえ」
ちっとも。
そもそも、あなたの好みが分からず、買ってしまっていただけですもの。
「これがあればいいんです」
ベッドの上に選別した服を指さす。
出来れば、褒めていただきたいのだけど……
微妙な顔をなさるのね。
「捨てることはないんじゃないか?」
「だって、もう入りきりません。靴もここにしまわなきゃですし」
靴も鞄も、あなたの好みが分かれば、他は全て捨てることができるのに。
「ベッドを……」
「?」
「ベッドを移動させたらどうだろうか?」
どちらへ?
「寝室を共にしないか?」
夢のような申し出……
「そしたら、この部屋は丸ごとクローゼットになるだろう?」
そういう事ですね。
「前向きに、検討させていただきますね」
そうですね。
ゴミを出さずに、二人では広すぎる家を有効活用する方法を提案されたんだわ。
期待して、うぬぼれて、ぬか喜び……私ったら、恥ずかしい。
翌々日、御見積りの内見で林田さんと原田さんがいらした。
「「お邪魔します」」
お二人ともとても丁寧な方。
「紅茶かコーヒー、どちらになさいます?」
「どうぞ、お構いなく」
お返事をいただけなかった。
コーヒーメーカーをセットして、玄関へ。
「自転車は何台並べますか?」
「全部で5台置きたい」
「4台ではないですか?」
夏生さんは3台、私のを足しても4台です。
「君がもう1台欲しくなるかもしれないだろ?」
嬉しくて、言葉がでません。
「こっちの棚はメンテナンス用品を入れているが、手狭になってきていて、増築したい」
「拝見してもよろしいでしょうか」
「どうぞ」と言って、夏生さんが扉を開けた。
「「おおぉ!!」」
お二人が目を輝かせて覗いていた。
「あの、メンテナンスってこれ全部必要ですか?」
「おい、春香、仕事中」
「すみません」
林田さんに怒られて、原田さんが黙ってしまった。
「全部は要らないと思うが、最低限揃えておいた方がいいものもあるから、ショップの店員覚えてる?」
「「はい」」
「彼に伝えておくから、今度、ロードバイクでお店に行くといい。メンテナンスのやり方を教えるように言っておく」
「「ありがとうございます!!」」
夏生さんはとても優しい。大好き。
「すみません、私、自転車をどう管理されているのか知りたくて、今日……」
原田さんが深々と頭を下げた。
「構わないよ。少しは参考になった?」
「はい!とてもっ!」
ああ、こんな若くて可愛いらしい人に、こんな笑顔を向けられたら、好きになってしまうのは仕方がないわ。
「それでは、今日のヒアリングを元に、御見積りの修正版を送らせていただきます」
林田さんが締めくくり、お二人は帰られた。
「なんとなく、そうじゃないかとは思っていたが、原田さんは家に来てみたかったんだな」
「ええ、生き生きとされてましたね」
分かりますけど、原田さんの話しは、ちょっと……
「コーヒーを落としましたので、如何ですか?」
「いいね」
ブーブーブー
リビングでくつろいでいたら、どこからかバイブ音が聞こえてくる。
夏生さんが、席を立って、玄関に行き、しゃべり始めた。
「気が付かなくて、悪かった。ああ、じゃ」
ピンクのスマホを持って来た。
「原田さんのポケットから落ちたみたいだ。林田君から電話だった」
「あら」
「取りに戻ってくるって」
しばらくして、チャイムが鳴った。
「ご迷惑おかけして、申し訳ありません!」
「いや、気にしないで。一人で戻って来たの?」
「はい。林田は次のアポがあるので」
玄関での会話は聞こえていた。夏生さんがリビングに戻り、車のキーを手に取った。
「駅まで送ってくるよ」
「えっ」
それは、嫌です。
「私も行きます」
「大丈夫だよ、やることあるだろ?」
大丈夫じゃありません。
駄目です。夏生さん、原田さんを助手席に乗せないでください。
「だい、じょじょ、じょしゅ……ちょっと……!」
頭が混乱して、言葉がちゃんと出てこなかった。
玄関に駆けつけ、夏生さんの腕を掴む。
「秋子?」
「あの、その……」
「お気遣いありがとうございます。せっかくですけど、大丈夫です」
しどろもどろの私に一礼して、原田さんは行ってしまった。
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