第22話 8月2週目
お盆の時期には、毎年、私の実家に帰省している。
父は既に亡くなっており、母が一人で住んでいる。
「秋子さん、遠いところ、わざわざありがとう」
「母さん、そんなに遠くないから……」
23区ではないが、一応都内だ。
「いいえ。あまりお顔を見に来られなくて、申し訳ありません」
「いいのよ。お仕事されているんでしょう?」
「よかったら、これ、召し上がって。あ、頂き物のいいのがあったんだわ……」
あれや、これやと出してくる。
「今日は、泊っていくから、それ、夜にもらうよ」
秋子に目配せし、席を立たせる。
「ちょっと、叔父さんの店に行ってくるよ」
「はい、気を付けて」
秋子を助手席に乗せて、田舎道を走る。
5分程行ったところに、叔父が経営している、自転車屋がある。
「おお、夏生君、いらっしゃい」
「ご無沙汰してます」
秋子が慌てふためいている。
「言ってくれれば、お土産、用意したのに……」
「ごめん、思い付きだったから」
「なにか、欲しいものでもあるんですか?それならお誕生日のプレゼントに私が……」
キョロキョロしている秋子の手を引き、ロードバイクのコーナーへ行く。
秋子の動揺が伝わってくる。
「どれが好き?」
「私は……」
そう言って振りほどこうとする手をグッと握った。
「君も乗らないか?」
「えっと、無理だと思います」
「大丈夫だよ、私が教える」
一緒にロードバイクで出掛けられたら、どんなに楽しいだろうかと想像したら、もうこうするしかないと思った。
「えっと、初心者でも大丈夫なものなのでしょうか……」
「誰だって、最初は初心者だよ」
迷っているようだ、もう一押し。
「プレゼントさせて欲しいんだ」
はにかむ笑顔は初めて見た。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
と言いながら、足が向く。
「好みで選ぶといい」
「では、これとか……」
「ぶはっ!」
「えっ、いけませんか?」
「君たちは、揃いも揃って、なんでそれがいいと言うんだ」
原田さんと、林田君が買ったロードバイクと同じ型だった。
「君たちって?」
「先日の、会社で待っていた青年、あの子もそれと同じのを買ったんだ」
「そうですか」
すごく嬉しそうに笑っている。
「だって……あなたが乗っているのと似ているから……」
急に恥ずかしくなってきた。
「他のでも自転車は自転車だろう?」
「あなたに、憧れて始めるんです。同じのがいいに決まってるじゃないですか」
そういうものなのか。
秋子のサイズに調整し、明日、引き取りに来ることにして帰った。
「やっぱりズボンも持って来てたんだな」
「一応……」
「一泊なのに、あんなに大荷物だったら、絶対持ってると思ったよ」
「だって、何があるか分からないでしょう?」
「ああ、褒めてるんだよ」
「もう!」
お腹をぶたれた。
「おはよう、夏生君、秋子さん、準備は出来てるよ」
歩いて叔父の自転車屋にやって来た。
「叔父さん、ありがとう。乗って帰ります」
「はいよ、またおいで」
店を出たところで、ハンドルを渡した。
どうやって跨ごうか考えているようだけど、立っているだけで転びそうだ……不安になってきた。
「ちなみに、自転車は乗れるよな?」
「もう!バカにしないでください!」
前かがみの姿勢で乗るのは、きっと初心者には怖いものだろう。
足を後ろに振り上げ、ようやく跨ぐことができた。
「足がつきませんけど?」
「それでいいんだ」
「……」
「漕げば一緒だ。ペダルに足を乗せろ」
「知ってます!」
秋子は煽った方が、怒っていろいろやるらしい。
「さ、行くぞ」
そう言って走る。
「待ってください!」
そう言ってついてくる。
「ハンドルが……」
転んだ。
「大丈夫か?」
「はい」
ママチャリとは勝手が違うもんな。
むくっと起きて、即、跨った。
なかなかやるじゃないか。
良い根性してるぞ。
「さ、行くぞ」
家に着いたときには、秋子も私も汗だくだった。
「あら、まあ。こんなに暑いのに、運動してきたの?」
「ああ、シャワー浴びたら、帰るよ」
秋子は、何も言わないが、凹んでるのかな?
「あの、シャワー先にお借りしていいですか?」
「もちろんだ」
顔が生き生きとして見えた。嬉しかった。
秋子のロードバイクは車に積んで帰って来た。
「どこに置きますか?」
「私の今乗ってないのは、2階に持って行くよ」
玄関近くに新しいスペースを確保した。
「今度は、ウェアが必要ですよね」
「そうだな」
「一緒に選んでいただけますか?」
「買い物に付いて行ってもいいのか?」
「意地悪言わないでください」
楽しくなってきた。
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