第19話 飲み比べ

「もっと指を絡ませて貰えると、元気出るなあ」

「す、すみません。他人の体に触れることに不慣れでして。こうですか?」

「そんな感じ」


 扉を抜けた先では、グラシアとレオッサが手指を絡ませ座っていた。

 グラシアは楽しげにレオッサを見つめており、レオッサもまた、楽しげなように見える。

 グラシアの膝に座る人形でさえも、微笑んでいるかのようだ。


「コルタル。コイツらアタシらより仲良さげだな」


 手にぶら下げられていたシェイカーが、こちらへ渡される。

 俺たちの帰りに気付いたグラシアは、照れて顔を赤くしながらも、和やかな表情を崩さない。

 核が落ちる前でも、こんな状況は見たことがなかった。


 喉が詰まるような甘ったるさだ。


「お二人とも、おかえりなさい」

「ただいま。さ、材料はワゴンにあるから。期待してるぞ、コルタル」


 俺はこの時初めて、シェイカーを握る。

 喰った人間の中には、バーテンダーもいた。

 ソイツは相当な腕利きだった、記憶通りにやりゃあ相応のものが作れるはず。


 混ぜ合わせる前の飲料それぞれを嗅ぎ、口に入れて吐き出す。

 ……どれも混ぜずに飲む方が、美味いと思える。

 まごころってのは、美味いものを作るっつう純粋な意気込みだ。


 こんなんで気持ちが乗る訳はない。


 だがコイツら、揃いも揃って期待の眼差しを向けてきやがる。

 とりあえず、ブランコが隠れ飲んでたのを上手くアレンジしてみるか。


 俺は紫色の液体と透明な液体をシェイカーに注ぎ、氷を入れて程よく降る。

 グラスに注ぎ切ったドリンクを、ブランコは我先にと掴み、ひと口飲んだ。


「く〜ッ、ウマイ! 全部飲み切りたいくらいだ!」

「おい、ブランコ」

「分かってるって。ほらよレオッサ」


 レオッサはグラスを渡され、一口飲んだ。

 口を通る液体は、胸まで落ちると小さく光りながら、空気に溶け込んでいった。

 どうだ? オマエに向けたもんじゃねえけど、気持ちは籠もってるはずだ。


「さっきよりかは美味しいけど、全然足りないかな」


 骨の反応はともかく、ブランコを喜ばせられたんなら上出来か。

 黒猫は、地面でくつろぎ残りを注ぎ込む骨へ、駆け寄っていく。

 レオッサを蹴飛ばそうとするその足を、グラシアが身を挺して止めた。


「ブランコさん、やめましょう。レオくんが余計なエネルギーを使ってしまうことになります」

「そうかあ〜。それなら仕方ないなア〜」


 不機嫌そうな笑みを浮かべるブランコからは、今まで見たことのない怒りを感じる。

 仲間を貶されるのは気に入らないとでも言いたげだ。


「今度は私目の番でございますね」


 意気揚々と液体を様々に混ぜ合わせ、自身の体と共にシェイカーを振るグラシア。

 動かし方は俺の真似をしているようだが、勢いはゆっくりだ。

 遅過ぎて、隙間から液体が漏れ出ている。


「どうぞ、お召し上がりくださいませ」


 レオッサはグラスを揺らしながら嗅ぐ仕草をし、ゆっくりと口に注いでいく。

 俺の時とは明らかに違う飲み方。

 幼稚な態度取りやがって、コイツのためにしてやってんのに、バカなのか?


「んー、酔いしれるほど甘ったるい。メルヘンな気分になれるよ。もう一杯」

「ありがとうございます!」


 再び作り始めようとするグラシアの手が、握り止められる。

 このまま作らせときゃいいだろうに、ブランコは骨の態度がよほど気に入らなかったようだ。


「アタシらはもう充分手伝ったろ。あとは自分で作って飲め」

「えー? まだまだ充分じゃないよ」

「一回くらいはやってみろ。そんで、コルタルのより不味かったら謝れ」


 レオッサは黙って魔法を使い、作り上げられたドリンクを飲む。

 すると、目の色が文字通りに変わっていき、七色に切り替わり続けた。


「お、おおっ、サイコーだよ。そうかあ、自分で作れば良かったんだ。気付かせてくれてありがとう」


 突如として動き出す船に、レオッサは飛び乗った。


「機嫌を損ねてごめんよ。すごく楽しかった。それじゃ、さよーならー」


 船が俺たちの進んできた道を辿り、遠のいていく。

 呆気に取られていると、ブランコが苦笑いしながら肩に寄り掛かってきた。


「色眼鏡の強え客だったな」

「ブランコ流のもてなしじゃあ誰にも気に入られねえよ。今度振舞う時は、グラシアを見習え」

「そうかア。腕利き店員がそう言うんなら、少しは参考にすっかな」


 この時、全く性に合わないことを求められる仕事に就いてしまったのだと、そう気付かされた。


 ……船はもうだいぶ離れてしまったか。


「ブランコ、墓所へ戻るぞ。さっきの扉出せ」

「ん。ああ、アルディを迎えに行かなきゃだよな?」


 ブランコめ、分かってんじゃねえか。

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