7話 潜入の決意
夜明け前の診療所。
実佐はベッドの上で目を覚ました。
昨夜、再び呼ばれた“神”との邂逅、家族の居場所を知らされたこと。
ジョージは地球、美姫はルミナ、刃はザナ。
宇宙規模に散らされた現実に打ちのめされつつも、確かに芽生えた希望。
(……伝えなきゃ。カロリンなら助けてくれるはず)
胸の奥で決意を固め、診療所を後にした。
裏路地を抜け、眠りに沈む下町を越えて地下拠点へ向かう。
尖塔の光環だけが夜の中で鈍く光り、彼女の背を押すように不気味に揺らめいていた。
地下拠点。
湿った石壁の間で揺れる灯りの下、カロリンとロマンが待っていた。
「こんな朝早くに、どうしたの?」
切れ長の目が実佐を射抜く。ロマンは腕を組み、険しい顔で様子をうかがった。
実佐は深呼吸をして切り出した。
「昨夜……また“神”に呼ばれました」
そこで、白い空間での出来事をすべて話した。
生命神による干渉、運命神の救済、そして――知らされた家族の居場所。
「ジョージは……地球にいるそうです」
声が震えた。希望と同時に、宇宙に散り散りになった娘と息子への不安が押し寄せる。
カロリンは深く頷いた。
「……分かったわ。惑星名だけでも十分に意味がある。
知人の情報網を通して、必ず探りを入れる」
ロマンも唸るように続けた。
「良かったな。行方を掴む糸口になる」
そしてカロリンが真剣な眼差しで切り出す。
「実佐。ついでで申し訳ないけれど、
あなたの術についてもう少し詳しく教えてほしいの。
……どういう理屈で、あの奇跡を起こしているの?」
実佐は頷き、杖を軽く掲げた。
「私の力は、“スキル”と呼ばれる仕組みで発動します。
例えば“ヒール”は、対象の体力を50%回復させる効果があります。
……ここで言う体力とは、完治した状態を100%と認識します」
カロリンが目を見開く。
「……つまり、必ず半分は戻せる、と?」
「そうです。怪我や病気の程度に関わらず、50%は必ず治せます。
だから欠損の治療も途中まで進めば、あとはもう一度唱えるだけで完治します」
実佐はさらに続ける。
「“ディスペル”は状態異常を消すスキルとなります。
状態異常とは健康体でない部分のすべてを指します。
感染症も、毒も、熱も……まとめて消せますね」
ロマンが低く唸った。
「そりゃあ……常識外れだな。教会の治癒師でも到底できねえ芸当だ」
カロリンも小さく息を呑み、震える声で言った。
「……祝福や信仰と無関係に、魔力と言うエネルギーを使ってスキルを発動させるのね。
しかも失敗せず魔力は時間が立てば自然に治癒できるし、
薬草などを使えば瞬時に回復する事もできるなんて。規格外にもほどがあるわ」
実佐は視線を落とし、手の中の杖を見つめた。
「私は……この力を持ってしまった。
だからこそ助けを求める人には手を差し伸べたいのです」
カロリンはゆっくりとうなずき、返事をした。
「あなたの言葉を信じるわ。こっちの“治癒”についても伝えたほうがいいわね」
彼女は机に肘をつき、指を組む。
「この世界で治癒魔法を扱えるのは、ミネルバに“祝福”を与えられた者だけ。
人間が極端な善行を積んだ時、
もしくは教会で祈りと修練を積んだ者がミネルバの加護を得られるの」
「……なるほど。つまり才能ではなく、信仰と善行が鍵なのですね」
カロリンはうなずき、さらに続けた。
「治癒には“ワンド”が必須。
これは周りの光粒子を吸収してエネルギーに変換する装置なの。
そのエネルギーを、祝福の力で現象に変えるのが魔法よ。
方程式にした場合こうなるかしら――
光の粒子量 × 信仰心の強さ = 治癒の効果
だから夜や地下では光が乏しく、粒子を吸収しにくいため治癒の効果は弱まるの」
実佐は思い出した。最初に地下で治療を見せた時、
カロリンが驚愕した顔をしていた理由がこれだ。
「じゃあ……ワンドなしで治癒することは?」
「不可能じゃない。ただし、術者自身の生命力を燃料にする形になる。
命を削る行為よ。大半は死ぬわ。わずかに成功した例もあるけど、
それは命を賭して信仰を証明した狂信者だけ」
実佐は背筋に冷たいものを感じた。
(そんな無茶な……それなら私の“スキル”は、やっぱり異質……)
カロリンは核心を突いた。
「部分欠損を治せる者なんて、この世界では教皇とその側近だけよ。
それを、あなたはワンドも祝福もなしにやってのけた。
――異質の能力と言うしかないわ」
カロリンは何かの確信を得たように話を切り替えた。
「実佐、あなたのその規格外の力を見込んでお願いがあるの...
あなたに――教会へ潜入してほしい」
「……潜入?」と実佐は驚く
ロマンが目を剥いた。
「正気か!? あそこは虎の巣だぞ!」
だがカロリンは深く頷いた。
「危険なのは承知の上で言ってるの...
でも最近、教会が活発になっているのは知ってるでしょ。……“聖女”を探しているのよ」
ロマンが舌打ちする。
「下町でお前が“聖女様”と呼ばれてる噂、もう教会の耳に入ってもおかしくねえからな」
カロリンはしばし黙り、やがて決意を込めて言った。
「それで”聖女”の事を逆手に取れないかと思っているの。
実佐の方から“聖女”として教会に接触するのよ。
祝福を持つ新しい信者だと偽って近づけば、教会は喜んで勧誘するはずだからね」
実佐の胸は高鳴り、同時に重く沈んだ。
「……本当に私で、務まるのかしら」
カロリンは実佐の目を真っすぐ見て言った。
「あなただからできるのよ。
実佐が規格外な奇跡を起こせる治癒師だからこそ、教皇に近づくチャンスも生まれるわ」
ロマンも渋々ながら付け加えた。
「はー...どうなっても知らんぞ……やるなら、全力で支えるが絶対に死ぬなよ」
「教会の内部へ侵入できたら、達成してほしい目的は二つある。
ひとつは教皇の間に設けられたセキュリティの実態と身辺警備の状況を探ること。
もうひとつは、夜に連れ去られた人々がどうなっているか確かめることよ」
実佐は息を呑んだ。子を奪われ、自殺した母親の姿が脳裏をよぎる。
「この任務が成功すれば、教皇と接触できるかもしれないわ。
そうしたらクーデターを起こして今の圧政に終止符を打てるわ」
実佐は二人を見渡し、静かに頷いた。
「わかりました。あの母親の様な事が二度と起こらないためにもやってみますわ。
聖女の名なんて、本当は似合わないけれど……人を救うためなら、利用しましょう」
「教会には、幼いころから善行を積んでいたため祝福を得てた事にしましょう。
下層で身を隠していたけど貧しい暮らしが嫌になって
……教会の信者になりたくなったと」
「貧しい暮らしね……」とロマンが鼻で笑いながら呟く
「最初はシスター見習いとして始まるけれど、実佐なら実績を積んですぐ階級を上げられるはずだわ。
実は、すでに二人のレジスタンスが潜入しているけれど、
彼らは教皇の側近まで辿り着けていないわ...それでもあなたの助けになるはずだわ」
実佐は言葉を失った。
(シスターとして潜入……教皇の間……命の危険は避けられない。
でも、もしこれで“連れ去られた人たち”を救える可能性が少しでもあるなら……)
心の奥で葛藤が渦巻く。家族を探す使命。人を救う想い。自分自身の恐怖。
しばし沈黙が続いた。やがて、実佐は小さく頷いた。
「……怖い。でも、放ってはおけない。
連れ去られた人たちがどうなっているのかを知らなければ……私やりますわ」
カロリンは深く頷き、真剣な眼差しを返した。
「ありがとう、実佐。これは命がけの任務。でも、あなたにしか頼めなくてごめんね」
ロマンは依然として不安げな顔をしていた。
だが実佐の目に、確かな覚悟が灯っているのを見て、
やがて異を唱える事をあきらめた。
「準備は私たちが整える。出身も経歴も偽装できる。
あなたはただ……聖女として振る舞えばいい」
実佐は胸に手を当て、震える息を吐いた。
「……わかりました、どこまでできるかわかりませんが精一杯頑張ります」
カロリンは微笑み、彼女の肩を軽く叩いた。
「十分すぎるわ。家族の事は任せて、あなたの覚悟に全力で答えてみせるわ」
実佐の胸の奥で小さな灯が強く燃えていた。
――家族のために、人々のために。
(教会の真実を暴くために必ず成功させてみせるわ)
こうして彼女は、新米シスターとしての潜入任務に踏み出す事となったのであった
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