5話 神との再会

デウスの下町での生活は、表面上は落ち着きを取り戻していた。

診療所には相変わらず人の列ができ、子どもから老人まで「聖女様」と呼んで慕ってくれる。実佐は苦笑しつつも、その呼び名を完全には否定できなかった。

だが、その日。診療所を閉め、老人の借家に戻った時だった。

ある女性が駆け込んできたのだ。肩で息をし、背を丸めながら実佐に縋りつく。

「聖女様……! 娘が!娘が教会の者に連れて行かれたのだ!」

その声は震え、長年の重みが滲んでいた。

実佐は言葉を失う。ただ、目の前にひざまずいている母親の背を支え、

家まで送り届ける事しかできなかった。

その夜、実佐は眠れずに胸の奥を抉るような無力感を抱え続けた。

翌日。診療所の戸を叩く音が鳴り響いた。

駆け込んできたのは泣き腫らした顔の少女で、老人の孫にあたる子だった。

「聖女様……!一緒に来て下さい!」

案内されて向かった家の中で、実佐は絶句した。

床に横たわる女性は昨日老人の家に駆けこんだ人だった。

首には粗末な布切れがまかれていて、

首元に爪でひっかいた後のような乾いた血が滲んでいる。

目は閉じられているが、すで体は冷たかった。

「そんな……」

実佐は震える手で杖を掲げた。

「ヒール!」

光が母親の体を包む。温もりは確かに満ちるはずだった。

だが、反応はなかった。

「ディスペル!」

再び光が走る。しかし、命の灯は戻らない。

「お願い……! 戻って……!」

声は震え、喉が痛むほどだった。

だが現実は残酷で、どれだけ魔力を込めても死者は蘇らない。

肩が落ち、実佐はその場に膝をついた。

(昨日……ちゃんと付き添ってあげていたら……自殺なんてしなかったかもしれないのに)老人と孫のすすり泣きが狭い部屋に鳴り響く。

実佐は唇を噛み締め、何かが心の奥で決意していた。

(もう見過ごせない。このままでは、教会に人々が食いものにされるだけ。

戦わなければ、こんな悲劇を2度と繰り返さないように)

その夜。

診療所の裏口に、黒いフードの影が現れた。レジスタンスの使者だった。

地下拠点に案内された実佐は、カロリンと再び対面した。

彼女の隣にはロマン、そして数名の幹部たちが並んでいる。

「正式に聞かせてほしい。あなたは我々と共に歩む気はある?」

カロリンの真剣な声に、実佐は静かに頷いた。

「……はい。人を救うために。教会と戦うために、私は協力します」

ロマンは腕を組んで頷いたが、幹部の数人は顔をしかめる。

「言葉だけでは信用できん」

「本当に教会の手先ではないと、どう証明する?」

その時、カロリンが前に出る。

「彼女の力は、私が確認したわ。本物よ。

それでも納得しないなら、実際に見せてもらえばいい」

奥の扉が開き、数人のレジスタンス兵が寝込んでいた。

戦闘で深く傷つき、感染やケガに苦しんでいた。

実佐は胸の奥で息を整える。

(この人たちを見捨てるわけにはいかない)

杖を握り直し、光を流す。

「エリアヒール!」

複数名の裂けた肉が結び直され、熱が引き、黒ずんだ皮膚が血色を取り戻す。

マナリーフを噛みしめながら、次々と治療を続ける。

汗が額を流れ、視界の端で幾度も表示が瞬いた。

――LEVEL UP:Lv21――

――LEVEL UP:Lv22――

――LEVEL UP:Lv23――

最後の兵が立ち上がった時、室内は嗚咽と歓声で満ちていた。

「……本当に、治っている……!」

「聖女様だ! 町で聞いた呼び名は本当だった!」

幹部たちの顔に動揺と、やがて納得が広がる。

「……これが本物の力……」

「ミネルバの祝福ではない。だが、確かに奇跡だ」

カロリンは静かに微笑んだ。

「これで異論はないわね。彼女は私たちの専属治癒師となる」

実佐は疲れ切った顔で頷いた。

「……ええ。やれる限り、力を尽くします」

幹部たちはようやく黙り込み、ロマンは小さく拳を握った。

その後、カロリンは実佐の肩に手を置き、囁く。

「ありがとう。これでようやく戦える。

ただ……近いうちに、あなたにしか頼めない“特別な任務”をお願いすることになる」

「特別な任務……?」

「詳細はまだ言えない。でも、教会を潰せる大きな一手になる。

その時は……よろしく頼むわね」

実佐は静かに息を吸い、目を閉じた。

浮かぶのは家族の顔。そして救えなかった母親の姿。

「……必ず、教会の暴虐を止めてみせます」

その言葉に、地下拠点の灯りが強く揺れた。

実佐はこの出来事をきっかけに、

“下町の聖女”から“反逆の聖女”として変わっていくであった。

デウスの下町で、実佐の日々は再び忙しく流れていった。

地下拠点で正式にレジスタンスに加わった後も、表向きの生活は変わらない。

診療所には毎日、咳をする子どもや傷だらけの労働者が列を作り、

「聖女様」と呼ぶ声が絶えなかった。

(聖女……私はそういう存在じゃないはずなのに)

そう思いながらも、呼び名を否定するたびに人々の不安が大きくなるのを感じ、

最近では微笑んで受け止めるだけにしていた。

日常は淡々と繰り返される。だが、その裏では確実に緊張が積み上がっていた。

数日前に教会に子どもを連れ去られた母親が自死した光景は、

まだ瞼の裏に焼き付いている。

死者には何もできない。

「ヒール」も「ディスペル」も、あの時はただ虚しく光を散らすだけだった。

(もっと力が欲しい……)

診療の合間、実佐はそう願わずにはいられなかった。

家族を探し出すためにも、人々を守るためにも。

そして何より、あのような無力感を二度と味わいたくなかった。

診療所の灯りを落とし、簡易ベッドに身を横たえた瞬間、重力がふっと失われた。視界が白く反転し、音のない波に押し出されるようにして、実佐は“あの場所”へ落ちていく。

真白な次元空間。上下左右の境界はあいまいで、薄い光膜が漂い、遠くでホログラムの帯がゆっくり回転している。中央には前と同じ、子どもの姿をした存在が座っていた。銀の瞳、青白い肌、そしてほんの少しだけ困ったような笑み。

「やぁ。また会ったな……再度呼び出してすまない」

「あなたは……」

実佐が身を起こすと、少年の神は小さく頷いた。

「まず謝らないといけない。

もともと私は君たち家族を“剣と魔法の異世界”に送る予定だった。

ジョージや刃の記憶に合わせて、君の感性も存分に活かせる世界だ。

だが転生システムに“別の神”が干渉してきた。生命神だ。

そいつの割り込みで、君たちはこの時代の地球、

7025年の現実世界へ飛ばされてしまった」

胸がざわめいた。喉元まで上がった問いを押し込み、実佐は言葉を選ぶ。

「……つまり、私たちの転生先は、あなたの意思から外れて決まったのね」

「そうだ。私は救済として矛を収める選択を続けているが、相手も同じ立場の神、

”運命神”だ。

神同士は殺し合えない。だから、干渉と妨害の応酬でお互い嫌がらせをしてきてるんだ。

そのせいで君の家族が被害を受けた事は心より謝るよ。」

「家族は……みんな無事なの?」

実佐の声は震えた。頭に浮かぶのは、夫、娘、息子。見知らぬ時代の空に散らばった3人。

「それなんだが……

ランダム転移の規模だがこの世界だと宇宙規模になってしまったんだ…」

「えっ……それって別の惑星にいるって事?!そんなんじゃどうやって探せばいいのよ?」

実佐に絶望的な感情が湧き上がる。

そして神との対話で更なる恐怖が実佐を襲うのであった。

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