第36話 竜の息吹
谷間を進むうちに、ジョージは徐々にその奥深くへと足を踏み入れていった。
木々の間に点在する石灯籠の痕跡はすでに苔に覆われ、
かつて修行場だった名残すら朽ち果てようとしている。
やがて彼の目の前に、巨大な岩壁に口を開ける洞窟が現れた。
洞窟の入り口は黒くぽっかりと開き、
まるで何かを飲み込むような不気味さを放っていた。
(ここか……)
ジョージは気配を消したまま、慎重に洞窟へと足を踏み入れる。
内部は湿気を帯びた冷気が流れ、
岩壁には古い血痕のような赤黒い跡が斑点のように残っていた。
奥へ進むほどに空気が澱み、明らかに自然のものではない異質な“圧”が漂い始める。
やがて、前方から声が聞こえてきた。
「……これで約束は果たした。遺伝子構造を変えた“力”とやらをよこせ」
ユラの声は、希望と緊張が入り混じったような響きを帯びていた。
「そうだな。現役の天下無双師範を連れてくるとは──見事だったよ」
もう一つの声。
耳慣れないが、重々しく濁った低音が岩壁に反響していた。
ジョージは息を殺し、岩陰に身を潜める。
その声の主に、どこか既視感のような不快な感覚があった。
そして、岩陰からそっと覗き見たその姿──
それは、ケルベール族の身体的特徴
──獣の耳と尻尾、鋭利な爪と俊敏そうな四肢を持ちながらも、
全身に異様な生体装甲と金属パーツを融合させた異形の存在だった。
(……次世代……?まさか……ザーグの……)
記憶の中にあるアトラスでの戦い、圧倒的な格闘技を見せたあの化け物が脳裏に蘇る。
(……ユラと話しているのは……ザーグの融合体──!)
その異形の存在──融合体は、
キャン・トンの意識のない身体を無造作に転がし、爪のような手で持ち上げていた。
「先代の天下無双師範も、お前が引き渡してたよな。あれは見事な標本だった」
その言葉に、ジョージの脳裏にさらなる戦慄が走る。
以前交戦した次世代ザーグの動き、技、肉体のキレ
──すべてがシェンダオの達人のそれだった。
(……まさか……あれが……先代……!?)
「だが、これでもう──お前は用済みだ」
「……な、何だと?」
「“力”などやるわけがない。
お前のような哀れな道化が手にしていいものではないからな」
「そんな……約束が違うじゃないか!これでは、俺は何のために……!」
「道場の名誉?仲間の未来?フン、滑稽だ。
結局は裏切り者として名を刻まれ、残るのは崩れた道場と絶望だけ……フフフ」
その嘲笑に、ユラは一歩も動けなかった。
希望の光が潰えた瞬間、戦意は霧のように消えていく。
次世代ザーグがゆっくりと爪を構えた。
「それでは──ゴミを処分するとしよう」
(……ユラ、お前……ザーグと……手を組み、こんな取引をしていたのか)
胸の奥にじわりと広がる怒りと悲しみ。
だが今は、何よりもキャン・トンを助け出すことが先決だった。
(行くぞ──ここで奴を止める)
ジョージは静かに腰を落とし、突っ込む準備を整えた
気配を殺したまま、岩陰から一気に飛び出した。
ユラにとどめを刺そうとする融合体の隙を狙い、渾身の正拳突きを放つ。
「そこまでだ──ッ!」拳が融合体の側頭部に炸裂し、
衝撃波とともにその身体が岩壁に叩きつけられる。
ガゴォォンッ!
砕けた岩の粉塵が舞う中、敵がゆっくりと姿を現す。
金属と肉体が混ざり合った異形のボディは、
以前アトラスで遭遇した次世代ザーグと同じ、
いやそれ以上の不気味さと禍々しさを纏っていた。
「……またお前か。アトラス隊のジョージ・セト」
融合体は忌々しげに声を漏らす。
(俺の事を知っている……あの時の“融合体”と同種か。
いや、あの時よりも遥かに……完成されている)
ジョージはその凄まじい“気配”に戦慄する。
ザーグは触手を四方に伸ばし、洞窟の天井や壁に突き刺していく。
「貴様を始末する前に──この裏切り者にも引導を渡してやるとしよう」
敵が爪を振り上げ、動けぬユラに向かって殺意を放った、しかし次の瞬間
──「ヘイトコントロール、展開」ジョージの身体から放たれる赤黒い波動が、
融合体の意識を強制的に自分へと引き寄せた。
「相手は俺だ。タンクを無視するなよ」融合体の攻撃目標がジョージに切り替わる。
触手が一斉に放たれるが、ジョージは《牛モード》で受け止め、
《猿モード》で空中へ飛び、盾を収納し爆裂拳の連打を叩き込む。
融合体は怯むもすぐに体勢を立て直し、獣のような咆哮とともに超高速の蹴撃を放つ。
プリセットを再起動して、敵の一撃はセレスティアル・シールドに直撃
──ジョージは《セレスティアル・シールド》を構え、
融合体の放った巨大な爪撃を真正面から受け止めた。
「──今度はこちらから返す番だ」盾に蓄積された衝撃エネルギーを、
全方向へと一気に拡散。
洞窟内に轟音が響き、触手のいくつかが壁に叩きつけられた。
融合体がよろめいた隙に、ジョージは盾をインベントリへと収納し、両腕を構えた。
「まだだ──最後は、俺の拳で終わらせる」融合体との拳の応酬が始まる。
ジョージは《虎モード》で連撃を叩き込み、《蛇モード》で毒を付与し、
《兎モード》で跳ね回り、《鼠モード》で姿を消しては不意打ちを放つ。
順調に各モードを状況に応じて切り替えて確実にジョージはダメージを与えている。
このまま倒せるとおもったが融合体がケルベールの隠密能力を発揮。
洞窟内を暗黒の霧が覆い、ジョージの目にも気配にも反応しない暗殺技が迫る。
「──ブラインドエリアか……!」ジョージは思わず声を漏らした。
視界が遮られ、気配すら感知できないこの空間では、
融合体の攻撃がどこから来るか全く読めない。
案の定、背後からの一撃がジョージの肩を掠め、岩肌へと叩きつけられた。
続いて腹部への膝蹴り、脇腹へのひっかき攻撃が立て続けに炸裂する。
ジョージの視界が一瞬ぐらつき、ウィンドウが表示された。
――HP残量30%以下(レッドゾーン突入)――
「くっ……!このままでは……!」血がにじむ中、ジョージは歯を食いしばった。
その瞬間、洞窟の一角から飛び出したのは、複数の影。
「《犬分身》、展開!」ユラの戦闘術──分身の陣形による囲い込みが、
暗殺者の動きを封じた。
「ジョージ、俺にも戦わせてくれ……!」ジョージの目が鋭く光る。
「助かる……今だ!」
《忠義モード》発動。
十二の気が融合し、ジョージの身体を金色のオーラが包む。
洞窟全体が震えるほどの圧力。
「ここが俺の全力だッ!」次世代ザーグが触手を振り回すが、
ジョージは《馬モード》で高速移動し、《虎モード》で連撃、
《蛇》《鶏》《猿》の連撃コンボで足止めし、
バーサーカーを起動して火力を最大に引き上げる。
「これで……終わりだあああああああああ!」
すでにかかっていたレッドゾーンのバフにバーサーカーが上乗せして、
全身の筋肉が赤黒く光る闘気に包まれた。
攻撃力が一気に跳ね上がり、痛みも忘れるほどの高揚感が体を突き抜ける。
融合体が振りかぶった触手を、ジョージは完全に読み切り、
回避からの《カウンター》──衝撃の一撃がザーグの顎を捉え、
その巨体が仰け反る。
「まだだ──!」続けざまに《正拳突き》。
拳が次世代ザーグの腹部にめり込み、骨と金属の軋む音が洞窟に響く。
さらに《爆裂拳》。
両腕から放たれる高速連打が、胸部や顔面を破砕する。
最後に吹きとんだ敵にとどめの一撃を放つ。
《竜モード:気弾》──全身の気を一点に集約し、胸から巨大な閃光を放つ。
気弾は唸りを上げて一直線に融合体を貫き、その背後の岩盤ごと粉砕した。
放たれた気弾は洞窟内の空間を一瞬で呑み込み、融合体の肉体を貫き、
消し飛ばした。
轟音の後──静寂。
地面には、何も残されていなかった
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