第32話 団体戦

無表情の一番弟子と向き合うジョージは、

相手の“気配のなさ”にかすかな違和感を覚えていた。

気を隠しているのではない。

最初から、気そのものが極端に薄いのだ。

「……いくぞ」

相手の掛け声と同時に、足音も立てず一番弟子が距離を詰めてくる。

拳を構え、体重を殺したまま繰り出された最初の一撃は、速度も重さも平均的だった。

だがその直後、2人目、3人目と同じ動きをする者が壁の陰から現れ、一斉にジョージへと襲いかかってくる。

「団体戦……!」

ジョージはすぐに理解した。

これは一対一ではない。

初手から複数による連携攻撃だった。

《馬モード》を瞬時に発動し、機動力を活かして後方へ跳躍。

地面を滑るように距離を取ると、肩越しに確認した背後の人数は――四人。

全員が、同じ顔つき、同じ動き、同じ構えだった。

(まるで、分身でも見てるみたいだな……いや、違う。これは――)

ジョージの脳裏を、シャオ・ティとの会話がよぎる。

「犬家の教えは、団結と連携だ。

個の力ではなく、集の力で勝つ。それが彼らの道」

その言葉を思い出した瞬間、ジョージの意識が切り替わる。

「なら、試してやろう。俺の“単独戦闘力”が、どこまで通じるかをな」

襲いかかってくる四人を相手に、

ジョージはあえて《虎モード》での強行突破を選んだ。

拳に気を集中し、最前の一人へ正拳突きを放つ――

ガツン!

手応えは確かにある。

しかし後続の三人は即座に隊列を組み直し、完全に連携されたカウンターを展開してくる。

「まるで、戦術ゲームに出てくる“隊列アルゴリズム”みたいな動きだな。

決まった形で連携し、役割を補い合っている……」

思わず口元が緩む。

ジョージの中に、

かつてフランスのスラムで不良たちが連携を組んで襲ってきた日々が蘇った。

「だったら、こちらも“読み”で対抗するしかない!」

ジョージは素早く《猿モード》に切り替え、

空中跳躍を活かしてフォーメーションの外側へ飛び出す。

注意深く観察した後、壁を蹴り、天井を蹴り、そして斜めから再突入。

今度は、フォーメーションの綻びを突いて、

最も連携が遅れた一人を背後から制圧する。

その瞬間、残る三人が一斉に足を止めた。

「終了とする」

背後から声が響く。

振り返れば、犬家の師範――堂々たる佇まいの女性が立っていた。

深紅のチャイナドレス風の道着は動きやすく改造され、

袖は肘までまくり上げられている。

年齢を感じさせぬしなやかな筋肉と引き締まった肢体が、

その服越しにもはっきりと分かる。

切れ長の瞳には、長年の修行で培われた深い諦観と、

人の心の奥底を見透かすような鋭い光が宿っていた。

「四人がかりでも、お前一人に届かぬか……やはり、時代が変わったか」

そして静かにジョージを見つめ、

「次は、私が相手をしよう」と告げる――

師範の宣言を受け、道場内に静かな緊張が走る。

「名前を聞いても?」とジョージが問いかけると、

男はゆっくりと首を縦に振った。

「犬家・第五代師範、ユラ・エイリン。団結と忠義の教えを継ぐ者だ」

その名を名乗ると同時に、彼の周囲の気が微かに揺れた。

量ではなく、質で圧をかけてくるような。

――長年培われた技術が凝縮された独特の波動だった。

ジョージは構える。

そしてユラ・エイリンも、拳を胸の前で組み、独特の低い重心の構えをとる。

「その構え……受け重視の型か」

「我ら犬家の技は“耐え、受け、反応する”ことに特化している。

集の力だけではない。“個”の重さも、お前に見せてやろう」

静かに言葉を交わすと、合図もなく戦いが始まった。

ジョージはまず《虎モード》を発動。

連撃による突破口を開こうと前進し、素早い踏み込みからの正拳突きで先手を取る。

しかし、ユラ師範はその拳を極めて自然な動きで受け流し、

わずかに姿勢を崩させる。

(流した……いや、“崩し”だ)

ジョージはバランスを立て直しながら後退し、

次は《猿モード》に切り替えて空間の上を使う。

しかし彼女はジョージの動きを見失うことなく、柔らかく、

かつ的確に動線を潰していく。

(これは……気配を読まれている?いや、“予測”か)

「お前の動きは、わかりやすい」

ユラ・エイリンの言葉に、ジョージは内心で苦笑した。

「そりゃ、相手がこれだけ観察眼のある職人ならな」

次の瞬間、ユラが両手を胸の前で交差させ、気を練る動作をとると、

彼の周囲にぼんやりとした影のような分身が三体浮かび上がった。

「……気の分身か!」

それぞれが異なる間合いと角度からジョージに攻めかかってくる。

(やはり犬家の戦い方は戦術に長けた技術中心か……!)

ジョージは一体一体の動きに目を凝らし、実体があるのはどれかを見極める。

しかし三体すべてが、実体と遜色のない速度と重さで拳を繰り出してくる。

「全員が”分身”……だが、全員が“本物”なのか」

ジョージは《兎モード》を使って空中回避とカウンターのチャンスを狙い、

《牛モード》と《猿モード》を切り替えながら防御と機動を使い分ける。

だが分身たちは彼の死角から波状に攻撃を重ね、

次第に対応が追いつかなくなっていった。

(このままじゃジリ貧だ……フォーメーションを崩さなきゃ!)

その瞬間、ジョージの頭にひとつの戦術がよぎる。

《ヘイトコントロール》

彼は心の中でスキルを発動し、自身を中心に敵意を強制的に集中させた。

空気が震え、分身たちの視線が一斉にジョージへと向かう。

「なっ!……今何をした?」

「俺のとっておきだ!これで……動きを制御できる!」

三体の分身が全員同時に攻撃モーションへと移行し、軌道が重なり始める。

ジョージはそこに狙いを定め、

《鼠モード》で気配を完全に遮断しながら位置をずらし、

逆方向からカウンターを打ち込んだ。

一体目、撃破。

(こいつ……個でありながら団体戦を一人で再現してる……!)とユラは驚く。

「──だが、分身をコントロールできても止められるとは限らない!」

ジョージは再び分身たちの包囲の中心に身を置き、

《ヘイトコントロール》で狙いを固定しつつ、

今度は《鶏モード》で脚技による迎撃に転じた。

反射的に回避した分身の一体に踏み込むと、連撃を叩き込み、

強引に距離を詰めて――

二体目、撃破。

残るは一体。

ジョージは《馬モード》で高速接近しながら正拳を突き出した。

分身は紙一重で交わすが、すでにジョージの読みの中だった。

《虎モード》へと切り替え、反撃の拳を防御ごと打ち破る。

三体目、撃破。

残ったのは、ただ一人。

ユラ・エイリンの本体だった。

道場に静寂が戻る。

そして、ユラ師範はわずかに目を見開いた。

「……見事だ」

(まだこれからだ。ようやく、直接叩ける)

ジョージは構えを解かず、次の動作に備えていた。

そして道場は、再び熱を帯びる――

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