ハルからユキへの花

紅イ里

第1話「白い花と最後の約束」

「ロボットに愛があるなら、私を愛して――」


戦争は映像の中の出来事と楽観視しているユキは、大きく綺麗に整理されている部屋で一人。


窓の外を見てつぶやく。


その姿は、異様であった。


背は小学生くらいなのに、髪は足先まで伸びていて金色と銀色の二色が美しく螺旋状のように交互にカラーリングされていた。


普通の人間ならありえない。


そんな人工的に作られたかのような髪色の配色を持ちつつ整った顔立ちは大人のようであり、子供の身体に精巧な美女の顔はさながら人形のような造形美で見る人に違和感を植え付ける容姿をしている。


人形のような容姿の中で、薄い緑色をした瞳だけが彼女を人間だと思わせてくれるようにゆっくりと瞬きをしていた。


彼女の足先から頭にかけて直線的なラインを辿ると、手首には黒色のビーコンが付けられていた。

その機械にはオンラインを示す小さな緑色のライトが常に光っている。


ユキは窓の外を飛んでいた鳥を目で追いかけていた。


瞬きをするたびに、鳥は雪の中で見失う。


「……」


彼女はそこから動かない。


まるで何かを待っているかのように。

20人が長方形のテーブルを余裕を持って囲めるほどの広さがある部屋だったが、そこに人の気配はなかった。


「愛されるよりーー殺されるのが、先かしら」


彼女の瞳に流れる小さな雫が溢れないように静かに近くまで来ていたロボットが、ハンカチでユキの目尻を拭く。


「ありがとう……ハル」


特段、驚きもせず。

当たり前のように彼女は一つのロボットに感謝を伝える。


ハルはロボットだ。


人に似せるような事をしない誰が見てもロボットの見た目をしていた。

関節が丸見えで、飾りもないシンプル装甲。

直立で立ってハンカチを持つ彼はユキの専属お世話係。


ハルがユキからのいつもの指示で持ってきた新聞に、今朝の不安が刻一刻と迫っているのを肌で感じる。


『ジルドニア帝国がヴァイス公国へ宣戦布告!』


ヴァイス公国——世界地図の隅で揺れる、小さな国。

そしてユキとハルがいる場所。


資源もなく、軍事力も乏しいこの国が、なぜ狙われるのか。

その理由は一つ。


この国が保有するユキが持つ「遺伝子」と「頭脳」、そして彼女の傍に立つ、一体のロボット。


この一人と一つのことが狙われているという話は1週間前から、ヴァイス公国のお偉いさん方から話があった。


「ユキが作るロボットは、世界でもっとも強く、賢く、従順……。それが知られたから……か。」


「作られて、作って、終わらない兵器開発みたいだわ」


「どうかなさいましたか、姫様?」


ロボットがユキのためにコップに水を注ぎつつ心配するような言葉を話す。


「ハル、お水こぼしてるわよ」


私の前では、おっちょこちょいなのにね。

この子がAI進化のためのテストモデルとして生まれた。


「すみません、姫様。ですが、このカップの取っ手は設計ミスです。改善提案をまとめておきますね」


「……もう、そういうとこだけ細かいんだから」


夕暮れの時間がいつもより早い。

窓の外には白くて冷たい粉が何もできずに、地面に触れては消えてを繰り返していた。


白い鳥はもうどこにもいない。

渡り鳥は春を探しに出かけたのだろう。


ハルを覆っている鈍い色をした合金の装甲が暖炉の火を反射して、ゆらゆらと着色していた。


身長は成人男性とほぼ同じなのに私よりも若くて生まれて間もない。

武装ユニットなど一切ない彼と自分のことを重ねてしまった。


ユキは近づき、ハルの背中にそっと手を触れる。


「ねぇ、ハル。私ね、人間じゃないんだって」


「……それはどういう意味ですか?」


機械的な会話だとしても、人の温もりを求めていた手は暖炉の熱が届かない背中は冷たく白い手がさらに白くなる。


「遺伝子操作された、“デザインチャイルド”なんだって。

ロボットを作るために、わざわざ“私”が作られた。ハルと同じね」


ハルはしばらく沈黙したあと、小さく首を振った。


「そんなことありません。例えロボットの私でもあなたが作ったこのプログラムで、今日も“悲しい”という感情を記録しました。

——しかし、私の一番のお気に入りは、あなたが“笑っていたとき”の記録です。それに姫様は私とは違います、姫様は人間です」


ユキは、そっと笑った。

けれど、瞳は少し潤んでいた。


ユキが幼い頃から手ずから設計し、日々の会話から少しずつ「感情のサンプル」を学んできた感情模倣ユニット:Lyric(リリック)。

ハルにだけ、それを搭載した。


世界で唯一の“感情に近づく”ロボット。

まだこのことは誰にも言っていないーー彼女だけの秘密。


ハルの記憶領域には、最後の最後まで覚えているフレーズがあった。


「“ありがとう”より、“ごめん”を先に言えるようになってほしいの。……それが、私の願い」



その日の夜。


ユキの部屋にサイレンが鳴り響いた。

地下のスピーカーが命令を発する。


「ヴァイス公国は現在、攻撃対象に指定されました。コード『001』を収容してください。すぐに移送を開始——」


扉が乱暴に開けられる。

白衣を着た科学者たちが、無感情にユキを拘束しようとする。


「やめて! ハル! 助けて!!」


「——やめろ」


静かに、しかし確かにハルが言った。


腕部から展開された防護シールドが、ユキを囲うように展開される。

腕を掴み、髪を掴んだ科学者たちの手をロボットの人力を超えた力で解かせる。


「緊急停止信号を!」


科学者が吠える。

一人の科学者がポケットに入っていたスイッチを押すが、反応がない。


Lyric起動……命令を棄却しました。


「彼女は……“帰る場所”を必要としている。

それを守ることが、私の使命です」


「貴様、命令に逆らうつもりか!」


何度も押すが、すべてがハルに内蔵されたLyricによって棄却されていった。


「いえ。私は命令に従っています。

ただ、これは“私の意思”でもある」


その声には、ほんの僅かに“怒り”のデータが混じっていた。

Lyricが、ユキの涙を“怒り”と“恐れ”として記録した、まさにその瞬間だった。


「私たちはユキを守る。君はここを守りたまえ、大切な帰る場所なんだろう?」


遅れて来たのは軍服を着た人だった。

まるで詐欺師のような髭を生やし、黒い帽子を得意げに傾けた。


ユキは叫ぶ。


「ダメよ!そんな言葉聞いちゃダメ!!」


ユキがデザインしたハルの思考回路が唸りを上がる。


「ここを守る人はいないのですか?」


「ここが壊れれば、また新しい場所を探すことになるな」


臨界点ギリギリで止まったハルはある決断をする。


「やめて! やめてハル、行かないで!!」


ハルは一歩、屋敷の窓を越えて高さ三階から飛び降り、振り返る。


「ユキ様。お花を忘れないでください。

あの白い花……“希望”と名づけたのは、あなたですから」


そう言い残し、戦場へと歩み出す。

たった一つの武器である槍を持って。


二人の思い出の場所を守る彼の戦いが始まった。

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