第31話 決断

「勝手なことしやがって!」


 定期公演のアンコールにて、半年後の卒業を独断で発表した一期生たちに、怒り心頭の神﨑かんざき社長。しかし、関係者が多数詰めかけている2階席で、その怒りを爆発させるわけにはいかないことにも気づいていた。無理矢理、自分の感情を押し殺す。

 すると、山田刑事が声を掛けてきた。


「神﨑さん、今どきの若者はスゴいですね。あなたもいろいろとお考えでしょうけど、ここは若者たちの気持ちを優先したほうが良いと思いますよ。ともかく秋月さんには、次は警察を利用しないでほしい、とだけお伝えください」

 晴れ晴れした表情で会場を後にする。誘拐騒動の一件は不問に付してくれたようだ。


 モニター席の時成ときなりは、2階席から降りてきた記者の智子ともこを呼び寄せ、耳打ちする。

「これは全部、天音あまねたちの仕業ですよ。オレは何も聞いてなかったけど、いまはなんだかワクワクしています」

「あの子たちきっと、時成さんのことを頼るんじゃないかしら」

「オレでいいなら、そうしちゃいますかね!」

 顔を見合わせると、自然と笑みがあふれてきた。


 楽屋に戻ったメンバーたち。晴れやかな表情の一期生とは裏腹に、二期生以下のメンバーたちは心配そうな面持ちだ。エースの秋月天音あきづき・あまねとキャプテンの陽南海彩みなみ・みさが卒業するというのだから、心穏やかなはずがない。ここで海彩が全員を呼び寄せる。

「みんな、心配なのはわかるけど、これは最高のプランなのよ」

 海彩の言う意味が分からず、ざわつく後輩たち。


「詳しいことはおいおい話すけど、もしかしたら天音は今日、卒業してたかもしれないの」

 えっ、えっ、どういうこと!?

 後輩たちがお互いに顔を見合わせ、天音の表情をうかがう。


「私はホワイトエンジェルに戻ります。これからの半年、一緒に思い出を作ってください」

「やったーっ! 私、天音さんのホワイトエンジェルにずっと憧れていたんです」

 﨑田空色さきた・そらがまたもや天音に抱きつく。今度は天音も嬉しそうだ。


「みんな、24カラーズを救ってくれたのは、空色だよ。みんなで空色を支えてあげてね」

 二期生、三期生、四期生たちはキツネにつままれた思いだったものの、天音がそれまで見せたことのない笑顔で笑っている姿に、だんだんと安心感を抱いていった。


 定期公演の夜、天音はまたも海彩の家に泊まり、翌日は二人で一緒に事務所へ。通常ならライブ翌日はオフ日だが、今日は神﨑社長や時成とミーティングを持つことになっていた。


「どういうことだ、説明しろ」

 不機嫌さを隠さない神﨑社長に、海彩が口を開く。


「天音と私は、試したんです」

「試した? 何をだ」

「空色が、社長のことをお父さんだと知っていたかどうか」

「まさか、空色に話したのか?」

「そんなぶしつけなことはしませんよ。空色の反応を見たんです」

「空色にはしばらく話すつもりはない。それはアイツの母親とも約束している」

「そんなご家庭の事情、私たちは知りません」


 苦笑する海彩に続いて、天音が切り出す。

「もし空色が、社長のことを父親だと知っていたなら、私は辞めるつもりでした」

「だから、話してないと言っただろ」

「私だって気づいたんだから、空色だっていずれ気づくかも知れませんよ」

「う、うーん」

 答えに窮する神﨑。


「だから『まぶしい暗闇』で無理矢理センターを奪いました。でも空色は怒るどころか、喜んで笑っていた。ニコニコしながら自分のポジションで踊っていた。その姿を見て、空色は父親のことを知らないんだと確信できました」

「ほかにも方法はいくらでもあっただろう」

「まさか本人に直接、訊けと? 父親がいない私だからこそ、思いついた方法です」

 そう語る天音を慈しみの眼で見つめる海彩。幼い姪がいる時成は、もう泣きだしそうだ。


 天音の話を聞いた神﨑は、天を仰ぐ。そのままなにやら、ぶつぶつとつぶやきながら、しばらく考えを巡らせているように見える。

 その姿を黙って見つめる天音と海彩。

 もうどうにでもなれと開き直っている時成。


 3分ほどは考えただろうか。神﨑は天音と海彩、そして時成をじろっと見まわした。

「半年後の日本武道館は中止だ」

「え!? いまさらどういうことですか? それが父親の愛情ですか!」

 時成は憤りを隠せない。

 天音と海彩は押し黙ったままだ。

 場の雰囲気が一気に険悪になる。

 いったい神﨑はどうするつもりなのか…。


「武道館では、天音や海彩の花道には物足りないだろう?」

 時成が、天音と海彩のほうを振り向く。

 二人も神﨑の真意が読み取れず、戸惑いの表情だ。

 すると神﨑が、険しかった表情を緩めた。


「時成、東京ドームを押さえるぞ!」


【へっ!?】

 いきなりの指示に、意味がつかめない時成。

 天音と海彩はお互いの顔を見合わせる。

 ひと息入れて、神﨑が言葉を続けた。  


「一期生の卒業ライブだろう? それなら派手な花火をぶち上げようじゃないか! 平日でもいい。週末なら制作会社にいくら吹っ掛けられてもいい。とにかく東京ドームの空き日程をこじ開けるんだ。いいな!」

「は、はい! 分かりました!」

「ステージのセットには天と、海と、青空を用意しろ。青空はオレのわがままだ。それくらいはいいだろう?」

 天音と海彩が「きゃーっ!」と叫びながら抱き合う。青空の案も決まりのようだ。


「お前たち、卒業後はどうするつもりだ」

 神﨑が、誰しもが思っている疑問をぶつける。


「私たちはアイドルを続けます。一期生の6人で再デビューです」

「ほかの4人は納得しているのか?」

「みんな、天音と私についていくと言ってくれました」

「そうか。運営はどうするつもりだ」

「信頼できる人が、いるんです。すぐそこに」

「えーっと、それはオレってことでいいのかな?」

「もちろんです! 時成さん、よろしくお願いします」

「おいおい、勝手に引き抜いてもらっちゃ困るんだよ」

 そういう神﨑も、まんざらではなさそうな表情だ。


 天音たち一期生は、横浜市内に一軒家を借り、共同生活をスタート。海彩は卒業後の新グループで、プロデューサーを兼任することになった。

 そのため彼女は共同生活に参加せず、自宅から通うことに。そのほうがお互いに気を遣わないで済むとの判断だ。


 瀬理奈は清掃会社のアルバイトを辞め、新米マネージャーに転身。時成のもとで、芸能界のいろはを学び始めている。

 慧子はケータリング会社の正社員に昇格し、京太と一緒に横浜に引っ越してきた。いまや天音にとって最も大切な友だちの一人だ。

 京太は登録者数が伸び悩んでいたユーチューバーを辞め、一期生たちのドライバー兼映像スタッフに転職。いまは24カラーズのために『ロード to 東京ドーム』の映像を毎日のように撮影している。


 東京ドームは、制作会社コールドガイが仕切っていたアメリカ人ラッパーのコンサートが急きょ中止となり、貴重な空き日程が発生。激しい争奪戦のなか、数千万円もの手付金を空色の祖父である病院理事長がポンと出してくれたおかげで、押さえることができた。

 ちなみに空色の通う高校が芸能活動禁止のルールを撤廃したのも、祖父が寄付金を積んでくれたからだったそうだ。


 ホワイトエンジェルに戻った天音は、また髪を伸ばすことに。

 ついこの前、切ったばかりだが、半年後には5~6センチは伸びているだろう。

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