-奈落の救命部隊〈迷宮課〉は今日も死にかける-

猫渕 雨

第1話

 深刻なダンジョンの探索者不足を解決しようと、とある帝国は救命組織【迷宮課】を創設した。――が、その実情は付け焼き刃にも満たないお粗末なものだった。


 生き物のように構造が変わり、罠や魔物に容赦はなく、迷えば死に油断すれば死ぬ迷宮世界。

 それでも探索者がダンジョンに潜る理由は、迷宮産の資源や土地が高値で取引されるからであり、同時に遭難者も続出した。


 そんな問題が浮き彫りになってからというもの、彼らを救出するため特殊な救命部隊“迷宮課”が創設されたわけだが……。


 結果は前述した通り、何の成果も得られなかったという。

 

 理由は様々だが、まとめると“探索者を救いに行った迷宮課の隊員が先に死ぬ”からである。

 勿論、成果なんて出るはずもなく、更には上層部は目に見える結果だけを求め補助金を渋るという悪循環。


 ――設備も人員も足りないまま「なんとかしろ」と。


 ◇


「……バカなんですか?」


 書類の束をめくる青年――ユノアの第一声がそれだった。

 涼しげな翡翠の瞳を細くし、長い睫毛の影を書類に落とす。中性的な線の綺麗な顔立ちをしていながら、声だけは妙に刺々とげとげしい。


「なんとかしてくれ、じゃないですよ。そもそも帝国が『ダンジョンは国家の生命線だから情報を秘匿しろ』なんて言い出すから、探索者の水準が下がるんでしょう」


 書類に書かれた内容を見ると、悪態を吐かずにはいられない。


 情報を独占する上位探索者は引退するまで淘汰されず、実力のある新人は情報不足と不当な上下関係で死んでいく。

 成り上がるには資金力にものを言わせてコネを作らなくてはいけない。


 そんな十年以上変わらない問題を、急造の部隊に押しつけて解決できると考えているなら、もう帝国は終わりだ。


 ダンジョン資源が止まればこの国は半年で干上がる状況で、情報秘匿なんて言っている場合ではないのは誰の目にも明らかなのに、それを口にする者は誰もいない。


「ただでさえ土地不足で迷宮資源に頼らないと生きていけない国なのに、危機感は無いんですかね」


 ため息をつきながら、ユノアは書類を閉じ上を見上げる。

 天井のシミでも数えてる方がよっぽど楽しい気分になれたから。


 苦言を述べるユノアの様子を見ていた一人の男性は呆れた顔で言う。

 

「それ、私以外の前で言ったら不敬罪で罰せられるぞ?」


「手塩にかけて育てた人材がいなくなれば、困るのは上官ですよね」


 十数年の戦闘教育に雑務教育、投じてきた金額と時間、二次被害が起こる可能性を考えれば、ただの独り言を言ったくらいで罰が降るなどと、全くもって合理的な判断ではない。


 それをやるとしたら、血気盛んで社会を知らない若者ガキか、耄碌もうろくした更年期クソジジイぐらいのもの。


 ――少なくとも目の前の上官は、そんなアホではないでしょう? と。

 ユノアは「不敬罪で罰せられる」という男の面白くない冗談に苦言を呈した。


「そう本気にするな。耳が痛くて仕方なくなる」


「耳が痛いなら医者に診てもらうといいですよ」


「お前も上官にものを言うようになったもんだ。昔は冗談の通じない人間味の欠片もない兵器みたいだったのが懐かしい」


「上官に似たんですよ」


 ユノアの軽口に、どこか嬉しそうに目を細める上官と呼ばれた男。眉間の皺が深いくせに、目尻だけはよく笑う大男だ。


 二人はため息をつき、苦笑し合う。このバカみたいな計画資料現実から目を背けたかったから。

 しかし、ずっとそうしているわけにもいかない。


 上官は真面目な顔をし、本題へ戻した。


「さて、今回呼び出した内容はその資料にもある通り転属命令だ。所属先は迷宮課で人員管理をやってもらう」


「……はぁぁあ、わかりました」


 不本意ながらに、命令に従うユノアは口を閉ざす。

 それ以上、言葉を続ければ本当に不敬罪になってもおかしくないほどの毒舌が飛びそうだったから。


「あのなぁ、ユノア。お前の替えは存在しないが、上層部は腐るほど生えて責任を取ってくれる。安心しろ」


「全部収穫してきて欲しいです上官」


「残念なことに全て規格外でな。非売品なんだわ」


 せっかく上官と皮肉遊びをしているのに、先のことを考えると、ため息しかでてこないのは考えものである。


 計画資料に書かれてる内容を再び確認するユノア。

 要約すると――“遭難した探索者の救助率を九割に上げろ、成果を出したら補助金の見込みもある”と。


 ……成果を上げるため今金がいるのに、これでは本末転倒も良いところだ。


「やっぱり辞めたいって言ったら遅いですかね」


「ああ。諦めて一緒に泥舟に乗ってくれ」


 迷宮課の主任が最近殉職し、新しく抜擢された上官の初任務がこれとか、鬼畜の所業としか言いようがない。

 自分が巻き込まれていなかったら「上官も大変だなぁ」と外から傍観できたのに。同類になってしまった今、ユノアは恨み言を募らせるしかないのが悔しくて仕方ない。


「そんな顔をするな。責任は私が全て取ってやるから、お前の仕事はタガが外れた精鋭達の修理。そして臆病者を死をもいとわない兵士への修繕に没頭すればいい」


「簡単に言ってくれますね」


 ユノアに残された選択肢は上官の命令に背くか従うか、……前者を選べば上官は、前任と同じような道を辿り消えるし、そもそもとして大恩のある上官の命令に背くなんて選択肢は毛頭ない。


 とはいえ、ひとたび迷宮課へ所属することになれば、遭難者救出率九割とかいう無謀な目標を達成しないといけなくなる。

 ユノアは自分が詰んでいることに今更ながら気づいた。


「こんな泥舟、乗る人なんて自分以外いませんよ?」


 比喩でもなんでもなく、まさしく泥舟。


 少なくとも、あの馬鹿が書いたバカみたいな目標を達成するには、どこにいるかも分からないダンジョン遭難者を迅速に駆けつけることができ、足手纏いがいる状態で多種多様な魔物を圧倒できるだけの戦闘能力がいる。


 それが最低条件だ。


 現状、ダンジョンで救難要請が来て救出できる確率は一割にも満たない。

 故に上官と共倒れをしたくなかったら、迷宮課の隊員達を、あまねくダンジョンに適応する“帝国最強の部隊”に仕上げなければいけない。


 はっきり言えば無理難題。

 早々に逃げ出したいけれど、上官はユノアの「自分以外こんな泥舟乗らない」という言葉に対して気楽に冗談を言った。


「お前の一途な愛を受け取りたいところだが、生憎私は妻一筋でな」


 状況があまりにもオワっている事に気づいているはずなのに、そんな軽口を叩けるのは上官くらいのものだろう。

 ユノアは、若干呆れつつ皮肉を返した。


「二階級昇進がご所望なんですね」


「おぉ? あの荒唐無稽な命令を達成して功績まで譲ってくれる未来を描いているだなんて、私は良い部下を持ったな」


「上官は殉職をご存知でない、と」


 どれくらい本気かは分からないけれど、自分が解決してくれると信じているのだろう……この人は。

 絶望的な状況下で一切悲観しない、いつも通りの上官の背中。それを見せられちゃ仕方ない。

 

「まあ、出来る限りのことはやってみます」


 そう言うしかない自分が、少しだけ嫌になるが、二人共々生き残る為には、足掻くしかないのだろう。

 

 全くもって無謀であると、理解しながらも。

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