42. 奇跡のオムライス

「私にも一つ!」

「僕も!」

「美味しそうね、二つください!」


 堰を切ったように、注文が舞い込み始める。


 最初は怪訝そうにケチャップを眺めていた客も、一口食べれば表情が変わる。未知の美味しさに、驚きと喜びが広がっていく。


(そう、これよ!)


 シャーロットは嬉しそうに、次々とオムライスを焼いていく。


 『ひだまりのフライパン』の開店当初を思い出す。あの時も最初は苦戦したけれど、味で勝負して認めてもらえた。


 そんな中――。


 一人の若い女性が、静かに屋台の前に立った。


「オムライス一つお願い」


 感情の読めない、平坦な声。


「はーい! 今焼きますね!」


 シャーロットは笑顔で応じながら、心の中で緊張が走った。


 何か、違う。

 この女性から漂う、独特の雰囲気。


 細心の注意を払いながら、シャーロットはオムレツを焼き上げる。

 火加減、焼き色、ふわふわ加減――すべてが完璧。


 チキンライスの上に、優しくオムレツを被せ、最後にケチャップをたっぷりと――。


「はいどうぞ! 小銀貨一枚です!」


「……どうも」


 女性は無表情のまま代金を置き、オムライスを受け取る。

 そして近くのテーブルへ――――。


 シャーロットの視線が、さりげなく彼女を追った。


 女性は慣れた手つきで、ケチャップをオムレツ全体に塗り広げる。

 そしてスプーンを差し込み、一口――。


「おぉ……」


 初めて、表情が動いた。


「美味い……久しぶりだなぁ……」


 その瞬間――。


 ビュンッ!


 四方八方から、光のワイヤーが女性目がけて放たれた!


「ぐわっ!」


 瞬く間に拘束具でぐるぐる巻きにされていく女性。

 慌てて逃げようとするが、足はもつれ、その場に転がった――――。


「キャーー!」

「なんだ!?」

「うわぁ!」


 フードコートは一瞬にして騒然となる。


 しかし次の瞬間、ピタリと時間が――、止まった。


 祭りの喧騒も、人々の動きも、風さえも。

 すべてが静止した世界で、女性だけが必死にもがいている。


「くそっ! 万界管制局セントラルか!」


 女性は拘束されたままふわりと宙に浮かび上がり、光の拘束を振り払おうと、激しく身をよじる。


「させるかぁ!」


 誠の咆哮が、静寂を破った。


 あちこちの宙が裂け、その向こうから万界管制局セントラルの精鋭たちが、まるで忍者のように現れる。


 手にしているのは、虹色に輝く特殊な装置。

 それらが一斉に起動し、空間に幾何学的な光の紋様を描き出す。


 ヴゥゥゥン……。


 光でできた巨人の手が、【黒曜の幻影ファントム】を掴み――――。


 ぐはぁ!


 彼女の体が、凄まじい勢いで地面へと叩きつけられる。

 容赦ない衝撃が、広場に響いた。


「今だ! かかれぇぇ!」


 号令と共に、特殊な拘束具を手にスタッフたちが四方から飛びかかる。


 一人が【黒曜の幻影ファントム】の腕を押さえ「確保ぉ!」、

 一人が脚を封じ「確保ぉ!」、

 一人が胴体に覆いかぶさる「確保ぉ! 確保ぉ!」。


 まるで統制の取れた狩人たちが、獰猛な獣を押さえ込むかのような光景。


「ぐぁぁぁぁ! 離せ! 離せぇぇ!」


 直後、【黒曜の幻影ファントム】の全身に、激しい痙攣が走る。


 そして――彼女の長い黒髪が、短く縮んでいく。

 柔らかな顔の輪郭が、角張っていく。

 女性的な体つきが、筋肉質な男性のそれへと変貌していった。


 まるで、仮面が剥がれ落ちるように偽りの姿が消え、本来の姿が現れると――意識を失った。


「やった!」


 シャーロットの歓声が、凍った世界に響き渡る。


「やったわぁぁぁ!!」


 屋台を飛び越え、エプロンをはためかせながら駆け出した――――。


「おう! 本当にやったな! ちゃんと推薦してやろう!」


 誠はシャーロットに向け、手のひらを高く掲げた。


 シャーロットはそれを目がけてぴょんと飛ぶと、パァン!とハイタッチ。辺りにいい音が響いた。


「トマトが! オムライスが! 世界を救ったのよ!」


 シャーロットは両こぶしをグッと握り満面の笑みで叫ぶ。


 プログラミングも知らない。

 システムも理解できない。

 でも――料理の力で、愛情を込めた一皿で、宇宙的テロリストを捕まえたのだ。


「これで……これで……」


 シャーロットの胸に、熱いものが込み上げる。


 ゼノさんに会える。

 『ひだまりのフライパン』を取り戻せる。

 あの温かな日々が、また始まる――――。


 時間の止まった祭りの中。

 シャーロットは喜びの涙を流し続けた。


 トマトの香りが漂う広場で。

 世界を救った奇跡の瞬間を、その胸に刻みながら。

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