2-4: 知を求める心


 候補はいくつかある――というはるかの言に従って、3人はそれぞれ別の書庫を探すことにした。捜索先は各フロアにある書庫になるが、それぞれ、はるか、じゅんぺいの順番で可能性が高そうなところ、つまり大きな書庫へ向かうという結論に至った。


 麻衣が最も大きな書庫へ向かう事になった理由は、麻衣が最も強く『本の声を聞く』ことができるからに他ならない。


 やってきたのは4階。途中の廊下の冷房は今ひとつ利きが悪く、麻衣の額には薄らと汗が見えている。


「ふう……」


 鍵を開け、静かに入室する。


《あれ? どうしたの?》


「ちょっとねー、捜し物というか、探し人というか……」


《おおっ、君はボクらの声もわかるんだね!》


「聞けているわよ。私、麻衣っていうの。よろしくね」


 早速聞こえてきた声に反応しながら奥へと進んでいこうとするが、はたとその足を止めた。


「あ、そうだ」


 何のことは無い。一撃で済む方法がこの図書館に従事する者には存在しているのだ。


 麻衣は早速その本の名を呼ぶ。


 大きく息を吸い込んで声を出そうとして、棚の埃を少し吸ってしまった麻衣は一度咽せるが再度チャレンジしてみた。


《ん? それは、私かな》


 反応が、有った。思っていた通りに深みのある声だった。


「どこですかー?」


《そっちの方だよ! 今居るところから5つ奥の方に行って!》


「ありがとう!」


 手近なところに居た本から具体的な指示も飛んできた。資料庫のような半ば雑然としている空間に音声ガイダンス。こんなにありがたいことはない。


 礼を言いながら麻衣は、言われたとおりに最初に声を出したところから5つ分隣の棚へと向かう。もちろんそこにもかなりの冊数の本が置かれていた。


 それにしてもどうしてこんなところに、そんな重要な本が移されていたのだろうか――という疑問も湧いてくるが、麻衣は本の名を呼びながらその姿を探す。


 そして――、そこに確かに在った。


「あっ……!」


《若人よ、私を捜していたのは君かい?》


 目が合った――というタイミングだ。本の方も麻衣に直接声をかけてきた。


「ええ、そうです! ……正確には、貴方から学びたいと思っている学生さんですけど」


《それで良い、それで良い。いずれにせよ、よくぞ見つけてくれた》


 じんわりと胸に響いてくるような深みのある声だった。在籍歴の長さや書かれている内容、そしてそれゆえに触れてきた人間達の歩みをすべて背負ってきていることが伝わってくるような声だった。


《除籍となったとかいう話は風聞に聞いていたよ。私よりも新しい者たちの活躍も聞いているからな。恐らくは、私もそういうものになるのだろうと思っていたのだが……》


「いいえ、違います。これについては私たちが貴方に謝罪をしなければいけないのですけど」


《良い、良い。気に病むことは無い。謝る必要など無いぞ、若人よ》


 除籍になっていることまで伝わっていたとは思わなかった。麻衣の頭はどんどんと垂れていく。


 あくまでも努めて優しく答えてくれているが、本来はこの本がここに来る必要は無かった。まだまだ一般書庫の中でまだ見ぬ学生を待ち構えているべき本のはずだった。それを電算処理のミスとはいえ、そこから外してしまったのはニンゲンの責任だ。


 いくら本がそう言ったとしても、その処理を間違えてはいけない側の立場として、麻衣は絶対に伝えたいことがあった。


「……まだまだ貴方は。いえ、ココに居るみなさんも、まだまだ必要とされています」


代替となる本があったとしても、この本には経済学部生の道しるべとなる役目がある。その横にある哲学の本も、その更に横にある宗教学の本も同じだ。必ずその本を求めているニンゲンがいるのだ。


《うむ。それこそが我らの誇り。新版が出ようとも、知を繋ぐのは我らの役目だ》


 その矜持を持ち続けている本は、とても輝いて見える。背表紙の金文字がとても誇らしかった。


《そういえば、先ほど名乗っていたようだな。マイくん――と言ったかな》


「はい」


《知を求める心こそ最も尊いものだ。君もよく勉学に励めよ、マイくん》


「……はいっ!」


 本を胸に抱きながら、麻衣は思う。


 ――やはり彼らはただの紙束ではない。確かにここで、人と共に時を積み重ねているのだ。




     ○




 麻衣は別の書庫へ行っていたはるかと純平に連絡を取り、一度端末室に再集合した。


 書籍の確認を全員で行い、データベースの中身を正しいモノに修正したことも全員で改めて確認した上で、だいひかるを応接室へ呼び出した。


「……ということで、こちらがお探しの書籍だと思います。ご確認いただけると」


「おおっ! マジだ! 本当にあったんだな!」


 本を見せられるとすぐに大斗が歓喜の声を上げ、当然のように麻衣の両肩がぴゃっと上がった。そしてあまりにも自然な流れで純平の軽い右チョップが大斗に振り下ろされた。


「お前はもう少し落ち着けっての」


「スマン、テンション上げすぎた」


 謝りはするものの、大斗の表情はとても明るい。顔全体で笑っている。


「でも、本当にしっかりと見つけてきてもらったんだから、テンション上がらずには居られねえだろぉ」


「それは確かにそうなんだけどな」


 あまり納得は行っていないようだが、それでも純平は小さく頷いた。


「……お? ってことは、見つけたのは……」


「マイちゃんでーす」


「ぃよっ! さすがっ!」


「あはは……」


 自分から手柄を立てるようなことをしないのは百も承知。はるかがささっと麻衣を讃えれば、さらに大斗がそれに乗っかる。図書館とは思えないほどに明るい空間がここにはあった。麻衣が苦笑いを浮かべるのも無理は無いところだった。


「ホントに見つけてくるなんてねえ……」


 光も大斗の手元にやってきた件の資料となる書籍と麻衣の間で、視線を何度も往復させながらぼんやりと呟く。


「マジで仕事してる、あのマイが……」


「なぁんか失礼なことを言われた気がするんだけど……?」


「んー? 気のせいじゃないかなぁ~?」


 全然気のせいではないぞということをしっかりと口調と視線で伝えるが、それに今更文句を考える麻衣ではなかった。いつものことである。


「ただ……、実際のところちょっと装丁に傷とかもあるので、できるだけ慎重に丁寧に読んでもらいたいなと思ってます。一旦こちらで預かりというカタチにしたいので、本来は禁帯出ではない扱いだったんですけど、今回は必要そうな部分を図書館内のスキャナやコピー機を使ってデータか印刷して持っていってもらうという感じでお願いしたいなと」


 本当ならば貸し出し手続きをした上で持っていってもらいたいところではあったが、それは少し難しそうだという結論を出していた。


 理由は、ただひとつ。


 ――『知を繋ぐのは我らの役目』


 本の意志を尊重して、今後も学生たちが歩む道を照らしてもらうために、書籍自体の修繕と補強や保護を行うためであった。


「それはもう、全然おっけー」


「良かった、……ありがとうございます」


「なんもなんも。むしろこうして全データにアクセスできるようにしてもらえただけでも嬉しいっつーか」


「そうそう。……ありがとね、マイ」


 大斗はもちろん、光まで少し畏まって礼を言ってくる。麻衣は少しむず痒かった。


「ん? 何でヒカルまで?」


「は? 有用な資料は共有するべきでしょ」


「いやいや、借りようとしたのは俺だし」


「はぁ、随分とちっさい男だねえ……。マイへの迷惑料としてあたしにそれくらい払ったって罰は当たらないわよ?」


「あのー、応接室で喧嘩しないでもらえますか……?」


 げんなりする麻衣に、苦笑いを浮かべているはるかと純平。何だかどっと疲れが押し寄せてきたような気がして、麻衣は先ほどはるかにもらっていた煎茶を口にする。


 麻衣が渇きを潤している間もふたりは何だかやり合っているが、それを他所に、本はただ静かに机に横たわっている。


 不意に視線を吸い寄せられる。ジッと見つめるが、本もどうやらこのやり合いをただ聞いているようで何も声は聞こえてこない。もしかしたら今の若人たちがこのような調子で、少しばかり呆れているのかもしれない。そうだとしたら、ちょっと恥ずかしい。


 ただ、麻衣には、その声がまだ耳に残っている。


 ――『知を求める心こそ最も尊いもの』


 その言葉を胸に麻衣はそっと目を閉じて、お茶を口に運んだ。




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