1-5: 解決。そして過去との邂逅、新たな邂逅
「あ、
「マイちゃんお疲れさま」
再び応接室に戻ってきた麻衣を、中央図書館で主に受け付け業務を担当している
「愛、ありがとねー。1杯飲んでく?」
「じゃあ、ひとくちもらっていこうかな」
「またねー」
「後でまたよろしくぅ」
「はいはーい」
そのまま彼女ははるかお手製のお茶をくいっと軽く飲み干して、翌凪にもにこやかに手を振りながら応接室を出て行った。本当に臨時で呼ばれただけらしい。高校からの同級生というだけあって、纏う空気感も息も合っているはるかと愛だった。
「アスナちゃんも、お茶もう1杯いかが?」
「いただきます」
「マイちゃんも要るわよねー」
「はい、お願いします」
お茶会、ふたたび――というような雰囲気を一瞬で作り上げるはるか。お悩み相談という看板を掲げているからこそ、下手な緊張感などはこの部屋には不要だった。
実際、
「さてさて、マイちゃん。……その首尾は?」
「慌てないでくださいよ」
麻衣はそう言いながら苦笑いを浮かべるが、何かしらの収穫があったらしいことは明らかだった。翌凪の視線も少しだけ落ち着かない様子で、麻衣の傍らにある紙袋の方へと向けられていた。
書店で少々大きめの本を大量に買ったときなどに有料で入手できることがあるようなタイプの紙袋。麻衣はわざわざその袋にしてもらって本を買うこともあるのだが、それに似た紙袋には何冊かの本が入っているように見える。
「え? もしかして……?」
「たぶん、その『もしかして』だと思うよ。……もちろん、それが翌凪ちゃんが思っている『正解』と同じだったら良いな、ってことも思ってるけれどね」
格別の自信は無い。だが、そうであると信じられる状況は揃っているはずだ。今回の依頼に関して、麻衣はとくにそう感じていた。
《だいじょうぶ、だいじょうぶ。間違いないって》
紙袋の中、その『正解だろうと思われる本』といっしょに収められている『ハリー・ポッターと秘密の部屋』が明るく言い放ってくる。どうにもこの本は自分の同級生と話し方が似ていると感じてしまう麻衣だった。
「今回のご依頼は『赤い表紙の本』で、怖い感じの女の人や森や雪景色が登場してくるファンタジーということ……で大丈夫だったよね?」
「は、はいっ」
「そんなカタくならないで。だいじょうぶだいじょうぶ」
「あ、あはは……」
明らかに、何らかの答えが今まさに示されようとしている。そんなとき人は誰しも少なからず緊張するモノだが、もちろんこの空間にそんな物は不要だ。
麻衣は笑顔で続ける。
「翌凪ちゃんがそういう本を捜しているって聞いたときに、私は表紙のだいたいの色合いとか、イラストの雰囲気とかそういう感じかな、って最初は思ってて。あまり深く考えずにきっと最近の装丁だと心とアタマのどこかで決め付けちゃったのは、私のちょっとした失敗だったなと思いました」
中学生が探す本ならば最近のモノだろう。ならば装丁も最近のモノだろう。この発想は極めて安直だったと麻衣は反省していた。
「装丁……」
「アスナちゃんもきっと見たことあると思うんだけど、どうかな。少し前に発売された文庫本でも時々『新装版』って書かれて新しくなった体裁でリリースされているモノ。だいたいはその作品が映像化されるとか、その作家がシリーズ物で新しいお話を単行本で発売するとか、そういうときに出てくるけれど」
「あっ、ありますあります」
麻衣とはるかは翌凪の反応にやわらかな笑みを浮かべる。それならば話は早い。
「そういうときはカバーが変わったりするだけで中身自体はあまり変わってない、みたいなこともあるんだけど……。時々、その外見もガラッと変わることもあるの」
「ハードカバーの本とかで上から被せてある紙の表紙を剥がすと出てくるあのデザイン。あれ自体が変更されるっていうこともあるんです」
「な、なるほど……」
自分の記憶には残っていないと思っていた部分を優しく取り出されているような感覚になっていることもあるかもしれない。翌凪は少しだけ困ったような顔をする。
それを麻衣は見逃さない。
「翌凪ちゃん言ってたもんね。『おばあちゃんが、よく図書館で借りてきた』って」
「たしかにそうね」
はるかが後を受けるように、冷静に続ける。
「しかもアスナちゃんのおばあさまは、昔からよく図書館で本を借りていたという話だし、さらに読み聞かせも得意だったということだったら、『ぜひこの版を借りたいです』と司書に頼んでいたりしても何ら不思議ではない」
「そうなんです。だとすれば、それは最近の装丁とは限らない。むしろひとつかふたつは前の装丁形式だったり、特殊な装丁になっている本を借りてきて、それを翌凪ちゃんが見て『赤い表紙』って言ったのかもしれない――って」
麻衣は言いながら紙袋を手にした。
「そして、その仮説に基づいた上で、翌凪ちゃんが教えてくれたお話と照らし合わせて……」
《ついでに私たちの声も聞いて、ね》
たしかにそれは正しいのだが、相談者に対してこの事実を何の捻りもなく伝えることはできない。ただ、本にだけ直接お礼を伝えることはできる。麻衣は小さく頷いて、『秘密の部屋』の背表紙をそっと撫でた。
「恐らくはコレです。――著者はC.S.ルイス、翻訳者が瀬田貞二の版。恐らくはこの物語であればこの方の翻訳に馴染みがあるという人も居るかと思います」
取り出したのは
「『ナルニア国物語』の第1巻、『ライオンと魔女』」
「ぁ……んん?」
小さく声を上げる翌凪。だが、然程表情は晴れない。
目の前に出されたのは『赤い表紙』というには少し弱い、表紙を取り外された岩波少年文庫の現行版。先ほど言われていた『装丁』の話からすれば、この本ではないような気はする。だからこその少し薄い反応だった。
だが、これは麻衣にとっての『答え合わせ』だった。
すぐさま麻衣はもう1冊の本命を翌凪へ見せる。
「……その、
「あっ……!!」
思わず――と言うには大きな声量。腹式呼吸が効いたキレイな驚きだったが、翌凪本人も驚いたように自分の口を手で抑えた。くりっとしたその双眸も抑えた方が良いのではと思うほどに大きく開かれている。
「どうやら正解っぽい?」
はるかが微笑みながら訊く。
「そうです! きっとそれです……! えっと、中を見ても……?」
「もちろん」
そっと麻衣が本を差し出す。受け取ろうとする翌凪の指先は緊張からか少し震えていた。
翌凪はそっとその本を開いた。紙の質感が、ページの色合いが、かすかに鼻をくすぐるインクの匂いが、懐かしさを伴ってよみがえってくる。
ページをめくる指の動きが止まり、翌凪は一枚の見開きに目を留めたようだった。
――そのときだった。
《おや? もしかして……》
麻衣の耳元に優しく響いてきたのは、穏やかな、少し年配と思しき男性のような声。
瞬時に察した麻衣は、小さな声で本の方へと向けて問いかける。
「(記憶にある?)」
《面影があるというか……。お孫さんなのかな?》
「(……恐らく、きっとそうだと思いますよ)」
《なるほど、よく似ている。目元なんてそっくりだよ》
「(良かったです。彼女、あなたに会いたかったんですよ)」
麻衣は微笑んだ。
中央図書館では、本もまた、人の記憶を抱えている。
大切に紡がれ、大事に読まれた物語たちは、本の中にその記憶を刻んでいく。
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