第20話 第二十話 錯綜

「……《マチ》、……これは、なんだ?」


 《影》が、《マチ》の頭部へと急速に戻っていく。

 まるで逆再生の映像みたいに、滑らかに。

 

 それは、いつの間にか腰ほどの高さまで減っていた。


 全身が《影》の中に沈んでいた《マチ》が姿を現すと、胸に光る鎖のようなものが刺さっていて――それは、俺の胸にも刺さっている。 


 掴もうとしても、手が空を切るだけ。

 

「っ、……なんなんだよ、これはっ!?《マチ》、教えてくれ!」


 《影》が収縮し、佐々木たちが姿を現す。

 彼らは、荒い呼吸で肩を揺らし、うるさいくらいに大きく深呼吸を繰り返している。


 『マチダも、苦しいんでしょ?わかるよ。……だから私が助けてあげる。マチダは、私に名前をくれたから――』


「……誰だよ、お前……なんなんだよ!?」

 《マチ》らしくない、流暢な言葉に、俺は思わず声が震える。

 

 辺りに広がっていた《影》が全て、《マチ》の頭部に戻った。

 

 そして現れた、その姿は――俺の知ってる《マチ》じゃない。それよりも、ずっと成長したような姿だ。


 頭部は相変わらず《影》によって隠され、見えない。しかし、その下にある体が、明らかに違う。

 

 服も、優奈たちのようなコートになっているし、身長がグッと伸びてる。

 成人女性のような体躯。


「……なんなんだよ、……お前は、誰なんだよ!?」

『マチって名前をくれたのは、マチダでしょ?名前、貰えたから……少し成長できたみたい』


 みたいって……。


 『こうなったら分かったんだけど、……私、死んでたんだね』

「はっ!?……っ、……」

 『自分が死んでることも知らなかった。……名前も、ここがどこかも、……なんでずっと1人なのかも』


「はぁあ、はあぁ……、くそ……なにが、起きてる?!」

 佐々木が這いずって寄ってくる。

 満身創痍なはずなのに、その表情は憎悪に塗れていた。


 『うるさいから、黙っててよ』


 《マチ》がそう言って手をかざすと、佐々木の体が宙に浮いた。

「……ポルターガイスト?」


「なんだこれ?!……っ、降ろせ!降ろせよっ!!?」

「……うう、なんだよこれ、きいてねぇよっ!!」

「許してください!勘弁してくださいっ!!」


 浮かされた佐々木の下で、タホたちが土下座をしている。


 『あなたたち《組織》の人間が、誰かを許したことってあったっけ?』


「なっ、……テメー、俺たちの何を知って――うがあっ!?」

「ひぃっ!?」「うう……」


 怒鳴り声をあげた佐々木の腕が、鈍い音を立てながら、明後日の方向に曲がった。


 俺は、恐る恐る鎖の繋がる先を見る。


『……なんで怯えるの?これは、マチダが望んだことでしょ?』


 ――何を言っているんだ?


『佐々木を、《組織》を、排除したがっていたんでしょ?私ならできるよ。私も、《組織》に復讐したかったし』


 ……なんでだろう。

 そう言って《影》を揺らすマチの喋り方が、優奈に――。

『似てるに決まってるじゃん。これは、マチダの記憶から学んだものなんだから。好きなんでしょ?こういう話し方の女が――』

「――は……?それは、どういう……」

『ん?だーかーらー、って、いい加減黙って!』



 ゴッッ!

 という音がして、振り返る。

「クソがっ、……やってくれたなあ!?」

「うおおお……、勘弁してくれ、……死にたくねぇ、死にたくねぇよお」

 


 佐々木の部下、名も知らぬ小柄な男が倒れていた。

 体は正面から地に伏しているのに、その顔は空を見上げて、ピクリとも動かない。


 タホは鼻を垂らしながら泣き喚き、佐々木は浮いたまま雑言を吐き続けている。


 『マチダが、その体を私に貸してくれたら、全部片付けてきてあげるよ。私と、私のママを苦しめたヤツも、同じ相手みたいだし』

「……それ、さっきも言ってたが、どういう意味なんだよ。あとこの鎖、……説明してくれ」

 

 聞いたところでどうもこうもないのだが、あまりにもわからないことだらけで頭が痛い。


 そもそも、ここに来てから『分かったこと』なんて、ほんどないのだが――。


 

『そのまんまだよ。私の父親が、今の《組織》でお偉いさんやってるの。……その辺の話は、そこの刺青の男に聞いてよ?』

「……佐々木、――」

「うるせぇ!降ろせ!おろさねーと殺すぞ!?」


 話にならない。

 片腕を折られ、宙に浮いた状態なのに、よくここまで吠えられるものだ。

 思わず感心してしまいそうになる。


 『そっちじゃなくて、その下のやつに聞いてみて。私より絶対詳しいから』


「下の……。……タホ、だよな?アンタ、ここについて知ってることがあるなら教えてくれ」

「…………ぐすっ、……教えたら……殺さないでくれますか……?」

 強気な態度はどこ吹く風。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を歪めながら、タホはゆっくり起き上がる。


「……ああ、約束するよ」


 《マチ》は首を振ったが、話を進めるために俺は嘘をついた。


「……噂とか混じってて、どこまでが事実なのかはわかんねぇんすけど」

 と、前置きして、タホは話し始める。

 

 その上空で罵詈雑言を浴びせ始めた佐々木の、無事だったもう片方の腕が折られ、奴はようやく静かになった。



「うちの《組織》偉いさんが囲っていた、古い愛人が何年か前に亡くなりました。その女が死ぬ前、『アナタとの間にできた子を、下さずに産んで、埋めた』と抜かしたらしいです」


 クソだな。

 一言で言うならそれしか思いつかん。

 それくらいに酷い話だ。


 今の話は《マチ》の母親のことだろう。

 そして、埋められたのは――。


「偉いさんは、もし骨が出て、DNA?とかでなんかバレるのを恐れたらしいっす。うちの《組織》の偉いさんなんて、余罪が山のようにありますからね」


 タホはなぜか自慢げで、気持ちが悪い。


「……そんで、いろんな人間を使って、その愛人の経歴を洗って、たどり着いたのがここだったんす。すげー大金叩いて見つけたんすよ……」

「……それで?さっさと話せよ」


 いちいち俺や《マチ》の様子を窺う、その仕草に苛立ってくる。


「……さーせん。……えっと、そんで偉いさんはこの土地と上物を安値で買って、……なんか持て余してたみたいっすね?よくわかんねぇんすけど、バブル?とかの影響なのかな?」

「知らねーよ。……まあ、似たような話はあちこちであったんだろ?」

 バブル崩壊後に生まれた俺らには、その辺のことがわからん。


 

「……。はぁ、まぁそんで《組織》の人間を使って『遺骨探し』をしてたんすけど、どうにも『ここ』はおかしい。なんかヤバいって感じになって。気づいた頃には……何人もの人が消えました」

「あー、……そんで俺らみたいな、金で雇ったやつらを集めて投入したわけか?」


 どこに漏れるかわからないから、詳細を隠していたんだな。


「そんな感じっす。元々『撮影』のバイトは佐々木しんのシノギだったし、ホラー耐性ある奴らなら『何か見つける』可能性もあったんで……」


 まぁ、理にかなってるのか?

 こいつらの思考回路は、時々俺たちみたいな一般人のそれと大きくズレるからわからんな。


 『……ママ、死んでるんだ』

 黙って聞いていた《マチ》の、消え入るような声。

 《影》でわからないが、その声は泣いているようで――。



 深い悲しみが、俺の胸の底から湧いてきたように感じた。



 違う!!

 

 胸に刺さった、《マチ》と繋がった光の鎖から感情が押し寄せてきているんだ。


 絶望、怒り、疎外感。

 不快、憐憫、慈悲。

 複雑な感情が勝手に湧き出て、心臓を掴まれたような感覚。


「……《マチ》、やめろ……」

『……怖がらないで。全部終わったら、ちゃんと出ていくから……』


「ぐっ、ふ……う…………」


 ドサっと、力なくタホが倒れた。

 受け身も取らず、地面に叩きつけられたのに、うめき声ひとつあげない。


「テメー!ひとの後輩になにしやがっ――降ろせ!やめろ!やめてくれーーっ!!」

 佐々木は、声が遠くなるほど高く飛ばされ、……物凄いスピードで地面に叩きつけられた。



「……《マチ》、ダメだ……。それは間違ってる……」


 《顔のない少女》の体はグッタリと倒れ、黒い霧になって消えてしまう。


『……マチダは寝てて、起きたら全部終わってるから』



 脳内で声が響く。

 それはとても優しくて――。

 


 


 

 


 

 


 

 


 

 

 

 


 


 

 

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