第10話ー新章への序章
琉璃は、自分たちが買い込んだ物だけでなく、俺たちの買い物までも一緒に持ってくれるという、“漢とは力こそ至宝”と言わんばかりのアピール。
それを後ろから自分の物以外は何も持たないまま、観察しながらほくそ笑む一馬の姿を見ていると、これが社会の縮図なのだろうと痛感してしまう。
「琉璃の奴、あかりの前で少しでもPRしようと必死だなあ」
「だねえ。まあ、相手は学園随一のアイドルで毎朝、学院の名のある男子生徒でさえも手が届かない高貴の更なる上“帝の気娘”なんて言われている城崎さんと夕飯を一緒にできる上に、談笑しながら寮に戻れるんだから。琉にとって、この寮までの道筋は琉にとっては、ヘブンズロードそのものなんでしょ」
俺にとっては、琉璃に荷物役を押し付け、スマートフォンでデイトレードを繰り広げ、収益を上げている一馬の方がよっぽどこのヘブンズロードを楽しんでいるように思える。
たしか、今日のこの時間帯。
米国の大手ベンチャー企業が新たなエネルギーを作り出すための≪GvE≫を備えたAIシステムを発表する頃だ。
こんな美味しいタイミングを一馬のような天才トレーダーが見逃すはずがない。
「お前、なんでこんな大事な時間に、買い物なんかに?」
「というと?」
「普通、この時間ならスマホみたいな小さな一枚のモニターよりも家で何枚もモニターがあるパソコンでトレーニングした方が確実だろうが。けど、わざわざ琉璃を連れて、百貨店で買い物。何が目的なんだ?」
そう。本来であればトレードは複数のモニターでやる方が都合がいい。
例えば、日本の主要産業を担う最大手の企業が大きな発表を行えば、その下の関連企業はもちろん、その他競合他社を含めて実に六百社を超える。
それらを総合的にチャートを見て、分析することでより高い収益を上げることができるのだ。
これが、世界的シェアを誇る米国のベンチャー企業であれば、その影響は計り知れない。
それを素人の俺ですら分かっている事を一馬が見逃すはずがない。
「流石は、奏だね。実は、千谷ちゃんから聞いていたんだよね」
「千谷が?……あっあぁ、なるほど。そういうことか、そういうことなのか。偶然を装っていやがるけど、確信犯ということだったわけか」
「でも、僕はそんな小銭稼ぎよりも、奏汰の退院をいの一番に最高の形で祝いたかったのさ」
「最高の形……か。なるほど」
一馬の声のトーンが下がって、俺の呼び方が変わった。
きっと、一馬の言う”最高の形”というものは、本当に俺にとっての最高の形なのだろう。
そしてそれは、おそらくおれと茜との買い物の邪魔——いや、違う。
琉璃は条件反射で可愛い女の子にナンパしてしまうような愛すべき馬鹿だけど、それでも大麟学院の生徒だ。
琉璃は、その底抜けない明るさと、どこまでもバカになり誰よりも先に先陣を切ることのできる太陽から生まれたような性格の持ち主。
彼をもしも忌み嫌う者が居るのだとしたら、それはおそらく陽の光を浴びて生きていくことができない影の人間のみだろう。
だから、彼は大麟に居るほぼすべての生徒や教師とネットワークを築き上げることができている。
そこから得られる情報の量は計り知れない。
諸葛亮孔明の再来とも謳われる軍師としての才能を誇る一馬が琉璃と組んで、この悪戯を実行したとするなら、あまりにチープすぎる。
むしろ、チープで良いんだ。
彼らにとっては。
いや、本来の目的を考えると。
「おーい。琉璃~! 奏汰~! 何してるんだよ! 城崎さんの手作り唐揚げが俺を待ってるんだからな!」
「ふふふっ。お口に合うといいのですが」
「いえ、食べてなくても確信しています。孫の代まで自慢できる思い出になることを」
――いや。あいつの原動力は、お粗末な自慢のネタづくりだけだな。
寮に到着して、自分の家にたどり着くと、思い出してしまう突貫工事で掃除した残渣が、そこかしこに残ってしまっている。
「うわあ。わんちゃん俺の部屋よりも汚いんじゃないか?」
「うん。汚いことは認めるがお前の部屋よりは認めんぞ。琉璃」
「ほぉぉぉん? 半年間もこんな薄汚い部屋に可愛い´嫁’たちを放り出した挙句、こんなにも大量の埃に侵されている状況を作り出した癖にか?」
「うん。一回、黙れ? 少なくとも茜の前で俺の性癖を明かすんじゃねえ」
「まったく、奏も琉璃も。半年ぶりの再会だというのに何も変わらないなあ」
「こいつが成長しないのが悪い」
「いやいや、それは奏汰もだろ。おまえ、また入院してついでに、その遅れた精神年齢を治してもらえよ」
「ほおら。そんなことよりも! 見てごらんよ! 城崎さんはもう、料理を始めちゃってるよ!」
男子寮の一室。
後輩であるはずの茜の料理をしている後ろ姿からは、溢れんばかりの母性で満ち溢れており、その先輩が二人も揃って料理の手伝いもせず、不毛な論争を繰り広げている。
これが、男女の精神年齢における格差というものなのだろう。
この環境には、先輩後輩の関係図は全く存在しておらず、エプロン姿で料理を嗜む上品な母親と下らない兄弟げんかを繰り広げている小学生の図そのものだ。
そんな状況について、最早劣等さえも感じない。
むしろ、久しぶりの自宅でそんな幸福感に満ちた家族愛を幼馴染の親友と片想いの後輩で感じることができることに対して、高揚感さえ覚えてしまう。
しかし、唯一解せない事は、同じ性別で長らく同じ時間を共に過ごしたはずの一馬が、俺たちから一線を引き、まるで精神年齢が一回りも二回りも上であるかのような立ち振る舞いをしているということだ。
「おい、奏汰。ここは、休戦協定を結びつつ結託しないか」
「やっぱり、お前は俺の親友だわ」
男というものは、長い時間を共有していると、苦楽だけでなく、思考さえも無意識下で共有できてしまうという特殊能力を得ることができる生き物なのだ。
「ちょっと、どうしたんだよ。二人とも、目が怖いんだけど」
「琉璃、分かってるよな」
「言わずもがな」
「ちょ、ちょっとぉ! うわっ!」
「ナイス! 琉璃!」
「奏までも?! あぁっちょっと! やめ、やめってば。あはっあははは」
琉璃は、サッカーボールを奪うように脚をひっかけ、一馬が絵を描いたとおりに転げ落ちてくれるところタイミングで俺が、横から腰を下げて、腕を下に抑え込むように上に乗っかりながら、転げさせ固定すれば、後はまな板の上の魚同然。
腕を上げて固定してる俺の周りでちょろちょろと動き回りながら、わきの下や腰を無限にくすぐる琉璃。
最早ここまで来れば、一馬も傍から見ればじゃれ合う精神年齢の低い男子高校生でしかない。
我を忘れて、笑い転げながらも二人の猛攻に悪戦苦闘する一馬も、獲物を逃さまいとする俺と琉璃の姿はじゃれ合う子どもにしか見えないだろう。
もう、アドレナリンによって興奮と奮闘で周りを見ることのできない俺たちには、目の前にいるこのいけ好かない獲物以外見えているものなど一つもない。
しかし、どこぞのアニメのように全細胞を集中して狩りを行う程、一点集中する事ができないのがこの時代の男というものだ。
耳から聞こえてくる心地の良い鈴の音を鳴らしたかのような声がかすかに聞こえてくる。
そして、その聞こえてくる音源を探すために辺りを見渡すと、控えめのフリルから見え隠れする美を追求したような細くて白い脚が目に映りこんでくる。
そして、その脚の先を見上げると静かにお盆を持っているあかりが見下ろしながら笑顔をふりまいている。
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