第1話 3節 コンベア式面接
付き人になってもいい。
わたしがおずおずと伝えると、千知岩さんは諸手を挙げて喜んだ。
「やったー、そんなの、良いに決まってるでしょ! それじゃあ、さっそく面接を始めます。まず、私の付き人に志望した動機は?」
「え? 採用フローがあるの……」
「トーゼンでしょ。私の付き人なんだから、能力も気立ても自信もオーラもない人に後ろからついてこられたら、私の株価は大暴落、明後日にはネットニュースで一万リポストになってしまうでしょ」
「株価暴落が明後日にニュースになっても遅すぎるのでは……いや、そうではなくて」
「学生時代に力を入れたことは?」
「まだ学生なのでわかりませんが……」
「千知岩グループを知っている?」
「えっと、半導体を扱っている……」
「半導体部門の規模は全体の一%未満だけど、まー、部分的に正解なのでよし」
「そんな小さな部門にお父様振り回されすぎでは? ていうか、他が巨大すぎでは?」
「本日はありがとうございました。結果は一週間以内にメールにてお知らせします~」
「ついに志望動機を聞かなかったな」
「舟田様、このたびはご応募ありがとうございました。ぜひ千知岩水の付き人として務めて頂きたいと存じます、うんぬん」
「結果が二秒後に口頭で知らされた」
ベルトコンベアで運ばれるように無駄な面接を経て、千知岩さんは楽しそうにベンチを立った。
「うふふ、さあ、事務局に行きましょう。私、ロケーションがわからないから、舟田、案内しなさい」
確かにそうだと思いながら、わたしも腰を上げる。
「一緒に行くのはいいけど……わたしが始業に間に合わなくなる……」
「大丈夫、私の案内をしていたというのであれば、厚生労働省以外の何者にも文句は言わせないから」
「厚生省には言われるの……」
「言われたとしてもグループ経由だから安心して。きっちり握りつぶしてくれるから」
「別の問題でニュースに載りそう」
冗談なのか本気なのか、絶妙にわからない上にどうでもいいことを次々口にしながら、千知岩さんはドンドン歩いて行く。案内しろ、と言ったばかりなのに。彼女にはドキドキとワクワクがあるばかりで、わたしのような不安はないんだろう。まあ、わたしも中学でヘマをしなければ、彼女みたいにキラキラな存在になれたのかも知れないけど──。
とか、思っていたら、はたと気がついた。
「というか、わたしも事務局の場所、知らない」
「な、なんですってー! それでは私、籍が得られないじゃない!」
「いやもう用意されてると思う……」
あとで、「
◇ ◇ ◇
結局、事務局の場所は先生に聞いて、千知岩さんが生徒手帳とか受け取ってるのを見ていたら、始業のチャイムが鳴った。わたしと千知岩さんは同じクラスだった。ただの偶然のはずだけど、あまりにも千知岩さんが当然のように振る舞うので、わたしは少し怖くなった(本当にただの偶然)。
クラスの自己紹介は昨日済ませていたので、千知岩さんは転校生みたいな感じで、ホームルームの教壇の横に立って紹介することになった。
なぜか、わたしを隣に突っ立たせた状態で。
あの、わたし、いる?
「みなさま、ごきげんよう、千知岩水と申します。ぜひとも見知りおきを。えっと、自己紹介、ですか? これといって趣味や特技はありませんが、強いて言えばウィンタースポーツをたしなみます。読書はドストエフスキーと、それからジュール・ヴェルヌなどを……あっ、最近はVRで潜水艦操縦の訓練シミュレートなどがマイブームで、知ってますか、あれって実機もゲームコントローラーで動かせるんです。あんな巨大なものが指先一つの操作で従順に動くと思うと、なんだか愛おしく思えてきて、ヴァーチャルなものではありますが、つい大西洋を何往復もしてしまって、もちろん実尺ではないのでそういう表現というだけなんですけれども、まるきり『海底二万
わたしは限界を迎えて、耳打ちした。
「千知岩さん、尺を使いすぎ……」
「え? あ、ごめんなさい。これは私の悪い癖で、そう、日々に暮らしの中でも、いちいち長台詞にならないようにとお父様にも、口の中に青リトマス紙を突っ込んだら真っ赤かになってしまうくらいには、酸っぱく言われていたのに……」
「わたしの口も強い酸性になる前に切り上げて」
「あ、この子は舟田といって、私の使用人だから併せてお見知りおきを」
「わ、わたしは昨日、自己紹介したからよくって……!」
突然、わたしに矛先を向けるので鳥肌が総立ちになる。「そうだったんだ」とクラスメイトから集まる視線に、恥ずかしさのあまりに耳が猛烈に熱くなった。
「少し長くなってしまいましたが、皆様、何卒よろしくお願いしますね」
しどろもどろのわたしを置いて、千知岩さんはぺこりと優雅なお辞儀を見せて、いい感じで自己紹介を締めてしまうのだった。温かい拍手がわたしのむき出しになった羞恥心に沁みた。
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