Part.6

「……さいせぇえええいっ!!!」


 続いて、葵が綾の動画を再生した。



 タイトルは、『全力で目立ちたくないアイドル』。



 カメラは綾を追う。

 センターに出てくる前からカメラを睨み付け「しーっ!」とやっているところから動画は始まり、いよいよ綾がセンターに出てくる。


 そして華麗にターンを決めた直後―


『ちょーぜつかわいい、ピーーー(放送規制音)!!!』


 その声に気づいた綾は、動きはキレキレのまま「ばっっっか!!」の口パクと「しーっ!」のジェスチャー、苦悶のような表情。


『あ~はははははははは!!!』


 画面が揺れ、葵の笑い声が響く。




 動画が終わると、部屋に一瞬の静寂が訪れた――


「……っぶっあははははははっ!!」


 ずっと声を殺して笑っていた葵がついに吹き出した。


「バズる!! これ絶対バズる!!」

「何これ、キレッキレなのに顔だけ必死なやつ!!」


 美羽も腹を抱えて笑い始める。


「綾ちゃん……“しーっ!”って……可愛い……!やばい……!!」


 綾は笑い転げる2人を見て、顔をクッションに深く埋めた。


「……帰っていいすか?」


「え〜いいじゃん!名前出てないし、全然バレないって!」


「いや身内にはバレバレでしょうが、こんなの!」


 綾は床をころころ転げまわる美羽に視線を移す。


「み~う~?」


「ごめ……ごめ……くくくくく……」


 葵は目に涙をいっぱいに浮かべて、ケラケラ笑いながら聞く。


「これ……くくっ……どうする?(笑)」


「……これを世に出せと?」


 綾がぼそっと言う。

 葵がふと顔を上げる。


「でもさ、美羽の動画だけ出すのって、変じゃない?」


 綾はその横で、美羽の視線を感じた。

 さっきまで笑っていた美羽が、ほんの一瞬だけ、小さく視線を伏せていた。


「……綾ちゃんの出ないなら、ちょっとさみしいかも……」


 その言葉に、綾は深く息を吐いた。


「……はい」


 葵と美羽の歓声が重なった。


「綾ちゃん、ありがとう!」

「やったー! "ピーの人"、ありがとう!」


 その瞬間、葵に向かってクッションが飛ぶ。


「誰が“ピーの人”やっ!!」




 爆笑の余韻がようやく落ち着き、ジュースを飲みながら息を整えている3人。


「……綾」


 葵がふと、穏やかな声で言った。


「ん?」


「無理強いはしないけどさ……その気があるなら、本気で考えてもいいと思うよ」


「何を……?」


 綾が眉をひそめる。


「踊ること。ステージに立つこと。……そういうの」


「は!? ないないないない!!」


 ソファに背中をあずけながら、大きく首を振る綾。


「絶対無理。ない。想像すらしたくない」


 葵は、そんな綾をまっすぐ見ながら、少し笑って、それでも真剣な声で続けた。


「でもさ、あたし、見惚れたんだよ。あの日の綾に」


 葵の言葉に、美羽の手が止まる。


「かわいくて、かっこよくて、キラキラしてて……」

「曲の最後、綾が手を伸ばしたとき、あたし、気づいたら泣いてた」

「……綾には、そういう力があるんだよ」


 綾は黙ったまま、ジュースのストローをくるくる回している。


「……ま、あたしの“ちょーぜつかわいい”で台無しにしたけど」


「ほんとだよ……」


 そのやりとりを聞いていた美羽が、ふと、口を開いた。


「……私も、すごく嬉しかった。綾ちゃんと一緒にステージに立てて」


 葵と綾が、美羽の方を見る。


 美羽は、ちょっと照れたように、でもまっすぐな目で続けた。


「私、センターに出るとき、急にこわくなったんだ……」

「でも、向き合って、手を合わせたとき……綾ちゃんが笑ってくれたの、今でもよく覚えてる」

「すっごく優しくて……綺麗で……『大丈夫だよ』って言ってくれたみたいで……」


 少しだけ、頬が赤くなる。


「あのとき、あ、わたし……綾ちゃんのこと、大好きだ、って思った」


 綾は一瞬、言葉を失ったようにまばたきし、ゆっくりと視線を外す。


「……あんたらさ……褒めすぎなのよ……調子に乗るでしょ、あたしが」


 葵がクスクスと笑う。


「乗ったっていいじゃん。動画、バズってんだから」


 綾は間髪入れず、ため息まじりにツッコむ。


「……まだ公開されてないでしょうが……」



(つづく)


※次回(最終話)は2025年9月5日(金)19時50分に公開予定

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