勇者と魔王のタイムラプス

カエデ渚

第1話 魔王来襲 ①

 幼い頃、母親に手を引かれながら帰宅する夕暮れの道の中で尋ねたことがあった。

「勇者って、何?」——と。

 その時の母がなんで答えたのかは覚えていないが、保育園で何かそんな言葉を覚えてきたらしい、と想像した母は私のそんな子供らしい可愛い問いに苦笑していた事を覚えている。


 何故そんな記憶を今更思い出しているかって?

 それは、正真正銘、私自身が勇者であるという事実を久方振りに思い知らされたからである。


 そう、あの幼き問いから12年近く経過した16歳の春。

 私は勇者の不倶戴天の敵、魔王と出会ってしまったのだ。



 永倉実咲。

 なんとも勇者に似つかわしく無い平凡な名前だろうか。

 ついでに容姿も平凡。どこにでもいる女子高生だ。細すぎもしなければ、太過ぎもしない。

 美人かと言われれば謙遜でも何でもなく直ぐに否定できるけど、不細工だと言われればそんなことは無いだろう、とある程度否定できる程度には気に入っている顔立ちでもある。

 さらに付け加えるのなら、生い立ちも普通。

 商社で働く父と、社労士事務所で事務働きの母の間に生まれた長女。ちなみに兄はいる。目立った成績でも無く、強いてあげるなら運動神経が良いことくらい。


 さて、そんな私がなぜ勇者かって?

 さぁね、私が聞きたいくらいだ。


 でも、それはどうやら本当のことらしい。



『——その勇者の証拠に、私がいるのです』

 脳内で声が響く。もう聞き慣れた声だ。

 下手をすると、父よりも聞き覚えのある声で、

 母より会話を交わした数の多い声だ。

 というよりも、勝手に思考を覗かないで欲しいな。

『優秀な勇者には敵対する存在はおろか、目に入るすべての存在を瞬時に識別する能力が備わるものです。今更私の存在に疑問を持つなんて、いやはや何とも嘆かわしい』

 彼女(?)は、鑑定スキルとやらの声らしい。どう考えたって自我を持っているけど、本人が鑑定スキルだと言い張るのだからそういうものなのだろう。生まれた時から私の頭の中にいる。

 ちなみに私は彼女を鑑定スキルの鑑ちゃんと呼んでたりする。

『しかしさぁ……異世界とかならまだしも、こーんな平和な日本で勇者なんて生まれる必要ある?魔物も何も無いこの世界でさ』

『さぁ?世界の情勢を問わず、勇者は生まれる定めなのでは?ほら、タツキが好きなアニメやゲームにも大抵存在しますし』

 と、兄の趣味を根拠に適当な説明を返す鑑ちゃん。

 勇者なら勇者らしく冒険の一つでも出るべきなんだろうけど、生憎現代日本には魔物や魔王なんてものは存在するはずもなく。

 だからといって、どちらが正義なのか一介の高校生一人が判断するべきじゃない戦争を止めるなんて馬鹿げた行為をする気も起きず、親愛なる隣人よろしく街の平和を守るために夜な夜な犯罪者を探してとっちめるなんてこともしない。

 ようするに、勇者らしい魔法やら身体能力やらスキルやらは、私には全くの無用の長物だ。ついでにいうのなら、勇者らしい性根なんてものは全く持って備わっていない。



 だが、それでも。

 どうやら私は勇者らしい。

 でも、それ以前に。

 どうやら私は生まれる世界を間違えたらしい。


 ◇

 鑑ちゃんのお陰で通り過ぎる人々の名前やら能力やらは勝手に鑑定できてしまう。

 それを現代日本で活用する機会は殆ど無い。そりゃ人のプライバシー丸裸に出来るのなら、私にだってそれを悪用した犯罪行為の一つや二つ思いつく。

 だが、見える項目といえば……、

『お、あの人筋力80だって。痩せて見えるのに結構筋トレしてるね。うわ、あの不良っぽい娘、あの見た目で知力70もある。地頭が良いんだからちゃんと勉強すればいいのにね』

 そう、まさにRPGゲームのステータスそのものなのである。果たして現実の人間のHPなんて知ったところで、何の意味があるのだろうか。そもそもHPってなんだ、人間の命ってそんな一面的なものじゃ無いでしょ。

 そんな訳で、私のこの能力が一番活かされている瞬間は、鑑ちゃんとの雑談の時くらい。ちなみに生まれてこの方筋トレなんてしたことのない私の筋力は500程度。うーん、まさに生まれついての勇者。

『本来であるならば、鑑定対象の習得しているスキルや魔法なんかも表示出来る超便利能力なんですけどね』

『生まれてこの方、鑑ちゃんとずっと一緒にいるけど魔法はおろかMPの表示がある人間を私以外に見たことないんだよなぁ……』

『この間私が提案した新たな鑑定スキルを設定してはいかがですか?』

『んー?なんだっけ、それ』

 いつもの通学路の話し相手は専ら鑑ちゃんだ。四六時中会話しているので、もしかしたらこれがイマジナリーフレンドとやらなのかと悩んだこともあったが、私の知らない知識をいくつも有しているので恐らく違うんだろう。

 もちろん側からみればスマホ片手にボーッと窓外を眺めるただの女子高生なのだけど、脳内は私と鑑ちゃんのお陰で結構いつも騒がしい。

 むしろ、普通の人は一人きりの時どうしてるんだろう、と思ってしまうくらいだ。

『ほら、今年の初めも私の能力について文句言っていた時に私が作ったやつですよ』

『文句なんて言ってないと思うけど』

『言ってましたよ?ステータスなんかより、脳内で動画サイト見れるようにしてくれーって』

『あはは……。言ったかも。で、それってどんなやつだっけ?』

『役職と有資格を見れるように出来るものです。例えば……ほら、そこに座ってる男子大学生は……国立A大学二年生、役職はバイトリーダーとテニスサークルの副サークル長、漢検二級と英検二級を持ってますよ、あ、簿記検定も持ってますね。若いのになかなか偉いですね』

 うーむ。

 あまり変化無いような気もするなぁ。

『てかさぁ、私って勇者なんでしょ?』

『はい、鏡で自分を鑑定した際もちゃんと勇者と出たでしょ?』

『じゃあ、なんかこの世界でやらなきゃいけない事とかあるんじゃないの?意味無く勇者が生まれることなんて、普通あるかな』

『さぁ?私としてはこのままミサキと一緒にドラマや映画を見たりしながらのほほんと暮らせれば、それで文句はないのですけど』

『ま、私も魔物とかと戦うなんてもっぱらゴメンだけどね』

『魔物なんている筈無いじゃないですか。漫画とかアニメの見過ぎでは?』

 それ、鑑ちゃんが言う?

 と野暮なツッコミは置いておいて、そろそろ教室に着くので一旦鑑ちゃんとの会話を切り上げる。

 鑑ちゃんとの会話に集中し過ぎて、周りの声が聞こえなくなるなんてことはしょっちゅうだ。

 脳外の友人も大切にしなきゃね。

 そんなことを考えていると、俄に教室が騒がしいことに気づく。


「うん?なんかあった?」

 入り口の近くに居た友人の浅見に声を掛ける。どうにも教室の前方に人集りが出来ていて、そこがこの騒がしさの中心のようである。

「転入生だって。ウチの担任適当だから、ホームルームで紹介するよりも先に席に座らせちゃったもんだから、あんな感じになってるの」

「ふーん……。まぁ、私たち中高一貫だからねぇ。新しい生徒ってのは珍しいか」

 それにしても、余程見た目が派手な転入生なのだろうか。どうにもあの人の輪の中の会話は盛り上がっているようだし、当の転入生は少なくとも人見知りだとか引っ込み思案だとかではないらしい。

 ああいうのに混ざる程の元気も無い私は、自席について、何と無くその人集りに目を向けつつ時間を潰す。

 数分もしない内に担任の衛藤先生がやってきて、転入性に群がる生徒達を散らす。

 ようやく、その転入生とやらの姿が視認出来た。

 可愛らしいショートボブの髪、人当たりの良さそうな爽やかな笑顔、スラリと伸びた手足。

 人気者になりそうな条件——少なくとも見た目に関しては——が揃っている。

 だけど、私が彼女の姿を見て唖然としていたのは、そんな理由なんかではなかった。

「嘘……っ!!」

 鑑ちゃんの能力が、彼女のステータスを私の目に写した瞬間、私は素っ頓狂な声をあげた。

 夥しい数の所持スキルと習得魔法。二桁が精々の各種ステータスは余裕の三桁後半をマークしている。

 そして何より、今朝鑑ちゃんが新たに追加した役職を見れるようにするシステムは、彼女の立場を鑑定していた。

 魔王。


 そう、転入生は魔王だった。

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