第18話

翌朝。

第六特別訓練場には、昨日までとは、比べ物にならないほどの、濃密な緊張が満ちていた。

俺たち四人は、互いに距離を取り、無言で、中央の闘技場を見つめている。


最初の戦いは、エリザ・フォン・アストレア対、ルナ・アークライト。

学園最強の魔術師と、学園最強の剣士。

事実上の、頂上決戦。


「手加減はしないわよ、ルナ。全ては、チームのためなのだから」


エリザは、白銀の魔導杖を構え、静かに、しかし、絶対的な自信に満ちた声で、そう言った。

その全身から、女王のような、圧倒的な威圧感が放たれている。


対するルナは、いつも通り、静かだった。

彼女は、ゆっくりと背中の長剣を抜くと、その切っ先を、だらりと下に向けた、自然体の構えを取る。


「……言葉は、不要だ。いつでもいい」


その、あまりにも、温度のない態度が、エリザのプライドを、わずかに刺激したらしい。

彼女の魔力が、揺らめき、膨れ上がった。


「――では、始めましょう!」


先手を取ったのは、エリザだった。

詠唱が、始まる。

それは、昨日、カインが使ったような、単純なものではない。

何重にも、意味が折り重なった、古式ゆかしい、高位の詠唱。


「――清浄なるマナの奔流、七色の輝きとなりて、我が敵を穿て! 第五階梯魔術〈プリズム・ランス〉!」


エリザの杖先に、七本の、それぞれが異なる軌道を描く、光の槍が形成される。

一本一本が、カインの炎槍を、遥かに凌駕する、威力と速度を秘めていた。

それが、七本、同時に、死角を縫うようにして、ルナへと殺到する。


「……速い」


俺の隣で、観戦していたカインが、思わず、息を呑んだ。

だが。


「――甘い」


ルナは、ただ、それだけを、呟いた。

彼女の姿が、陽炎のように、揺らめく。

次の瞬間、彼女は、七本の光の槍が作り出す、僅か数センチの隙間を、まるで、そこだけ、時間が遅くなったかのように、すり抜けていた。


ガガガガガッ!

ルナの背後で、光の槍が、地面を抉り、凄まじい爆発を起こす。

だが、その時には、もう、ルナは、エリザとの距離を、半分以上、詰めていた。


「なっ……!?」


「魔術師の基本は、距離を取ること。そのために、初手で、相手の足を止めるか、動きを制限するのが、定石だ」


ルナは、走りながら、淡々と、解説する。


「だが、貴様の今の魔術は、派手で、威力は高いが、回避する隙間が、あまりにも、多すぎた」


「……黙りなさい!」


エリザの顔が、屈辱に染まる。

彼女は、再び、杖を構え、今度は、無数の光の弾を、弾幕のように、ルナの正面に展開した。

回避は、不可能。

だが、ルナは、避けるのではなく、その弾幕に、正面から、突っ込んでいく。


キィン! キィン! キィン!

常人には、目で追うことすらできない速度で、ルナの剣が、閃く。

光の弾が、次々と、斬り落とされ、弾かれ、あらぬ方向へと、逸らされていく。

それは、もはや、剣技というより、曲芸に近い、神業だった。


(……すげえな)


俺は、素直に、そう思った。

ルナの強さは、単純な剣の技量だけではない。

相手の魔術の特性を、一瞬で、見抜き、その、最適解を、瞬時に、導き出す、戦闘思考能力。

そして、それを、完璧に、実行できる、身体能力。

彼女は、まさしく、『対魔術師戦』の、スペシャリストだった。


弾幕を、全て、突破しきったルナは、ついに、エリザの、懐へと、踏み込む。

エリザの顔に、初めて、焦りの色が浮かんだ。

彼女は、杖を盾のように構え、防御障壁を展開しようとする。


だが、それよりも、一瞬、早く。


ルナの剣の、その、柄の部分が、エリザの鳩尾に、寸分の狂いもなく、吸い込まれていた。


「――がっ……!」


エリザの口から、苦悶の息が漏れる。

その膝が、ゆっくりと、折れ、地面に、崩れ落ちた。

彼女の首筋に、冷たい、剣の刀身が、ぴたりと、添えられる。


勝負は、決した。


「……はぁ……はぁ……」


エリザは、悔しそうに、地面を睨みつける。

自分が、負けた。

それも、格下だと思っていた、平民の、剣士に。

その事実が、彼女の、高い、高いプライドを、打ち砕いていた。


「……貴様の魔力は、本物だ。おそらく、学園でも、随一だろう」


ルナは、剣を収めながら、静かに言った。


「だが、経験が、足りない。特に、懐に踏み込まれた時の、対処が、あまりにも、お粗末すぎる」


それは、勝者から、敗者への、容赦のない、しかし、的確な、分析だった。


訓練場に、再び、静寂が戻る。

最初の戦いは、終わった。

エリザは、まだ、地面に膝をついたまま、動けないでいる。


カインが、ごくり、と唾を飲み込む音がした。

彼は、隣で、静かに呟く。


「……化け物が」


俺は、そんな彼を一瞥すると、ゆっくりと、闘技場の中央へと、歩き出した。

それに気づいたカインが、はっとした顔で、こちらを見る。

その目に、先ほどまでの、ルナへの畏怖とは違う、獰猛な、獣のような光が、宿っていく。


彼は、不敵に、にやりと、笑った。


「――さて、と。お待たせしたな、『大将』」


カインが、指の骨を、ポキポキと鳴らす。


「俺との、第二ラウンド。……今度は、少しは、楽しませてくれるんだろうな?」

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