第15話
「グレイ様に、何をしやがった!」
五人の風紀委員が、憎悪を剥き出しにして、魔術の詠唱を始める。
炎の球、氷の矢、風の刃。
それぞれは、カインの魔術ほど洗練されてはいない。
だが、五つの異なる属性の魔術が、同時に、この狭い地下室で放たれれば、逃げ場など、どこにもない。
(……やるしかない、か)
背後には、かろうじて意識を保っているだけの、エリザ。
俺が、避けるわけにはいかない。
正面から、全てを、叩き潰す。
目撃者が、五人。
もはや、正体を隠し通すことなど、不可能だろう。
平穏な日常。その終わりを、俺は、静かに受け入れた。
右手を、ゆっくりと、上げる。
この五つの魔術を、その術者ごと、この世から消滅させるための、術式を、脳内で構築――
した、その瞬間だった。
「――そこまでだ、下郎ども!」
地下室の入り口から、聞き慣れた、傲慢な声が轟いた。
声と、ほぼ同時に、凄まじい熱波が、俺の横を通り過ぎていく。
「なっ……!?」
風紀委員たちが、驚愕の声を上げる。
彼らが放とうとしていた五つの魔術は、その、圧倒的な熱量を持つ、巨大な炎の壁によって、いとも容易く、飲み込まれ、かき消された。
「――我が『相棒』に、指一本、触れられると思うなよ」
入り口に立っていたのは、肩で息をしながらも、その両目に、強い意志の光を宿した、カイン・ヴァルザーだった。
彼の放った炎の壁は、俺たちを傷つけることなく、敵の魔術だけを、完璧に相殺していた。
あの、感情任せで、暴発気味だった彼の魔術は、もう、そこにはない。
そして、カインが炎の壁を展開した、その、わずかコンマ数秒の間に。
一本の、銀色の閃光が、風紀委員たちの間を、駆け抜けていた。
ガキン! ドゴッ!
鈍い音が、連続で響く。
風紀委員たちは、何が起こったのかも、分からないまま、全員が、武器を弾き飛ばされ、急所を的確に打たれ、地面に崩れ落ちていた。
その中心に、静かに、剣を鞘に収めながら立っているのは、もちろん。
「……ルナ」
俺の呟きに、ルナ・アークライトは、何も言わず、ただ、こちらを一瞥しただけだった。
静寂が、戻る。
ほんの十数秒前まで、絶体絶命だった状況が、嘘のようだ。
床には、意識を失った五人の風紀委員と、まだ動けないグレイ。
そして、呆然と立ち尽くす、俺とエリザ。
そこに、援軍として現れた、カインとルナ。
「……おい、リオ。これは、どういう状況だ」
カインが、警戒を解かないまま、低い声で尋ねる。
その目は、俺と、俺の腕の中で弱っているエリザ、そして、床に転がるグレイたちを、交互に見ていた。
「……見ての通りだ。こいつが、連続魔力消失事件の、犯人らしい」
「……なるほどな。風紀委員長が、自ら、風紀を乱していた、というわけか。腐ってやがる」
カインは、忌々しげに、グレイに唾を吐きかけた。
彼の、貴族としての正義感が、この、グレイの歪んだ思想を、許せないのだろう。
俺を『ゴミ』と呼んだ、その口で。
ルナは、誰に言うでもなく、静かに、状況を分析していた。
「地下室の、魔術的封印。床の、大規模な魔力吸収陣の残骸。そして、極度に衰弱した、エリザ生徒会長……。ここで、何があったか、大体、見当はつく」
彼女の蒼い瞳が、俺を、ちらりと見る。
『この魔法陣を、どうやって破った?』
その目は、雄弁に、そう問いかけていた。
だが、今は、それを、追求する時ではないと、判断したらしい。
カインは、信じられない、という顔で、俺と、倒れているグレイを見比べていた。
「……おい。まさかとは思うが、グレイを、一人でやったのか? お前……」
「……」
俺が、答えに窮していると、ルナが、静かに、その場を収めた。
「今は、問答をしている場合ではない。エリザ会長の手当が、最優先だ。そして……」
ルナは、床に転がる、グレイとその部下たちを、冷たい一瞥で見下ろす。
「これは、もはや、生徒間の問題行為などという、生易しいレベルの話ではない。学園の、いや、王国の法を揺るがす、重大犯罪だ」
彼女は、俺、カイン、そして、エリザの顔を、順番に、真っ直ぐに見つめた。
その声には、有無を言わせぬ、強い響きがあった。
「学園長に、報告する。ここにいる、全員、一人残らずだ」
その言葉は、俺たちが、否応なく、巨大な事件の渦の中心に、巻き込まれてしまったという事実を、突きつけていた。
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