第9話 閉店後のお客様?

 無事に初日の営業が終わり、サラはカフェをクローズにした。あとは片付けと明日の準備をしたら終わりだ。


 達成感に包まれながら機嫌良く片付けを進めていると、カフェのドアがノックされ、そっと外から開く。物理的な鍵をかけたはずなのに開いたことに、サラは驚きながらも警戒しつつドアを見つめ続けるしかなかった。


「驚かせてごめんなさいね」


 身構えるサラの目の前にそう言って現れたのは、とても綺麗な女性だ。背は高くアイスブルーの切れ長の瞳が神秘的で、美人としか言いようがなかった。


 銀髪のロングヘアも艶やかで、さらに服装もあまり見たことがないような豪華なものだ。布は多いのに露出も多いという、サラとしてはよく理解できない作りをしていた。


 大きな三角帽子が印象的で、そんな女性がサラを見て眉を顰める。


「こんなに可愛い子がルーカスの弟子で大丈夫なのかしら」


 小さく呟かれた言葉はサラの耳にも入り、そこでやっと警戒を解くことができた。この女性が、魔法使いだと分かったのだ。


「あの、サラです。ルーカスさんのお知り合いで……?」

「あ、ごめんなさい。挨拶がまだだったわね。私はメリッサ、魔法協会の三魔士をしているわ」


 三魔士とは魔法協会を束ねるトップ三人の名称だ。緩い組織のためほとんど決まりなどはないのだが、魔法協会を存続させるために三魔士だけはしっかりと空席を作らず決めていた。


 つまり、魔法協会のことを丸投げされている貧乏くじの三人とも言える。


「凄い方なのですね……! メリッサさん、よろしくお願いします。魔法協会のことについては、ルーカスさんから少しお話を聞いてます」

「大丈夫? あの子の弟子で不便はない? 優秀だけどマイペースなのよね……新しい魔法使いを見つけたら魔法協会に連れてくるのが暗黙のルールなのに、ルーカスはそれさえも破って伝言を送るだけで」


 メリッサは心の底からサラを心配している表情で問いかけてから、遠い目をして呟いた。明らかに苦労しているその様子に、サラは同情してしまう。


(ルーカスさん、魔法協会に行くべきなら教えてくれればいいのに!)


「私が行かなかったから、ごめんなさい」

「いいえ、あなたのせいではないわ。どうせルーカスが面倒くさがったのよ。あの子は転移を気軽に使えるのに……」


 メリッサの話している感じからして、ルーカスの方が年下なのだろうとサラは思った。しかしメリッサも二十代の半ばぐらいにしか見えず、ルーカスと大きな年齢の違いがあるようには見えない。


 そんなことが気になってしまっていると、メリッサがサラの肩に手を置いた。


「何かあったら私に言ってくれていいわ。魔法協会の場所は知っている? 一応座標のメモを渡しておくわね。それから魔力の隠匿はしっかりしているかしら……うん、伝言の魔法は使える?」


 次々と出てくる確認の言葉に、サラは慌てながらも一つずつ答えた。何度かやり取りをして、やっと問題ないとメリッサに理解してもらえる。


「意外とルーカスもちゃんと師匠をしているみたいね。一安心だわ」

「はい。あの、ルーカスさんはとても優しくて」

「あの子が……確かにマイペースで好奇心旺盛な割には、割と責任感はあるのかしら」


 メリッサの中でルーカスへの評価が少し上がったのを感じ、サラは嬉しくなった。サラが知らない今までのルーカスの話を少し聞こうかと口を開きかけた時、カウンター裏のドアがガチャッと開く。


「サラ、初日はどうだっ……」


 顔を出したルーカスはメリッサに気づくと一瞬固まった。そして少し気まずそうに頬を掻く。


「なんでメリッサさんがここに?」

「あなたがそれを言うのね? 新たな魔法使いの誕生という重要事項を適当な伝言で済ませたからに決まっているでしょう?」

「――でも僕が師匠になることは決まってるし、別に魔法協会に行かなくても」

「それもそうだけれど、誰もサラさんの顔を知らないというのも問題でしょう?」


 ルーカスが完全に押されている。その様子をサラはもの珍しく眺めていた。


「そのうち連れて行こうと」

「なら最初に連れてきなさい」

「――はい」


 ルーカスが素直に頷いたところで、メリッサは責めるような雰囲気を消す。そして柔らかな笑みを浮かべるとサラに向けて告げた。


「魔法使いは基本的にどう生きるのも自由だわ。サラさんも自由に楽しく生きてほしい。でも最低限のルールは守ってね。特に魔法協会に協力してもらえたら嬉しいわ」


 美人なメリッサの微笑みは破壊力抜群で、サラは同じ女性の笑みにもかかわらずかなり照れてしまった。


「もちろん、私にできることなら協力します」

「とても良い子ね。ルーカスにも見習ってほしいぐらい。そろそろあなたに三魔士になってほしいのよ」

「僕には向いてませんって」


 嫌そうに眉を顰めたルーカスに、メリッサはため息を溢す。


「実力的にはあなたが一番なのよ? ブルーノさんが早く引退したいと嘆いていたわ」

「ブルーノ爺はまだまだ現役でしょ。あと二十年は元気に生きそうでしたよ」

「でももう七十代なのだから。私も三十代後半よ? そろそろ若手が欲しいわ」


 メリッサのその言葉に、サラはついギョッと目を剥いてしまった。どう見ても二十代半ばにしか見えないメリッサかな三十代の後半。人類の神秘だ。


「まあ、考えときますよ」


 少し拗ねたようにそう言ったルーカスがサラにはいつもより子供っぽく見えて、なんだか嬉しかった。サラにとってルーカスは、いろんな顔を見てみたいなと思うような相手になっている。


「サラは何がそんなに楽しいのかな?」

 

 子供っぽいルーカスが見られて喜んでいるサラに、ルーカス本人が気づいたらしい。綺麗な笑顔で問いかけられて、サラは慌てながら誤魔化した。


「あ、その、メリッサさんと知り合えて嬉しくて……もしお時間あれば一緒に夕食でも」

「あら、とても嬉しいわ。でもごめんなさい。今日はこれからまだ仕事があるの。また今度ご一緒させてね」

「そうなのですね。では、次の機会を楽しみにしてます。あ、魔法協会にもそのうち行きます」

「そちらも待っているわ」


 そう言って微笑んだメリッサは、カウンターに並べていた残りのクッキーに目を向ける。


「そちらはサラさんが?」

「あ、はい。ルーブのクッキーです」

「いくつかもらっても良いかしら」

「もちろんです」


 サラが持ち帰り用の袋に入れて手渡すと、メリッサは嬉しそうに口元を緩め、またカフェの出入り口から出て行った。


 それを見送ったところで、サラがぽつりと呟く。


「凄く綺麗な人ですね……」

「確かにそうかな? でもそんなことより、会うたびに三魔士に入れられそうになって困ってるんだよ」

「さっきもそのお話がありましたね。ルーカスさんは嫌なのですか?」


 サラの純粋な疑問に、ルーカスはカウンターに腰掛けてまだ残っていたクッキーを口に放り込みながら答えた。


「いずれは仕方ないと思ってるよ? でもまだ早いでしょ。僕は二十五だし、三十ぐらいまでは自由でいてもいいと思わない?」

「確かに、お仕事大変そうでしたもんね」

「そうなんだよ。魔法使いは自由なやつばかりだから」


 ルーカスが言うと説得力がある。サラはそんなことを思った。


「ではもう少しブルーノさん? でしたっけ。その方に頑張ってもらいましょう」


 サラがそう告げると、ルーカスは意外そうにサラを振り返る。


「三魔士になれって言わないんだ」

「そのうちやらないといけないとしても、今は嫌なら少し先延ばしにするぐらい、いいと思います。それに数年後なら私がもう少し役に立てるようになってると思うので、ルーカスさんの負担も減るかと……」


 ルーカスの隣のカウンター席に座って顔を覗き込むように見上げたサラに、ルーカスはまじまじとした視線を向けた。

 サラはその視線で、自分が大胆なことを言ったと気づく。


 魔法使いになって新しいことをたくさん覚えて、ちょっと自信がついてしまっていたのだ。


「あ、ごめんなさい。私なんて全然役に立たないと思うんですけど、雑用ぐらいなら……あ、買い出しとか!」


 慌てて弁明するサラに、ルーカスは楽しげに笑い出した。


「はははっ、サラはもっと自信を持って大丈夫だよ。サラはすでに優秀な魔法使いだし、もっと凄くなるから。だって僕の弟子だもんね?」


 イタズラな笑みを浮かべて言ったルーカスに、サラはじわじわと嬉しさが湧き上がり、元気よく頷いた。


「はい!」

「よしっ、では弟子のサラくん。今夜は奮発して美味しいステーキを食べに行くのはどうかな?」

「行きます。お腹空きましたっ」


 まだまだ成長期のサラは甘味も好きだが、ガッツリとした食事も好きなのだ。田舎の村ではとにかく腹持ちが良くて安い芋などを主食に食べていたが、ルーカスとの生活ですっかりお肉や魚など、多様な食事の美味しさに目覚めていた。


「じゃあ、今日も僕のおすすめを教えてあげよう」

「楽しみです」


 カフェの片付けの明日の準備はルーカスの魔法によってすぐに終わらせ、二人は連れ立って薄暗くなった街に出る。ルーカスの隣を歩くサラの足取りは軽く、ルーカスも優しい笑顔だった。

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