第2話 魔法使い
ハッと目覚めると共に飛び起きたサラは、周囲の様子を確認して、そこが意識を失う前のカフェであることに気づいた。
ルーカスを探して視線を彷徨わせると、カウンターの中で何か作業をしている。
「あ、目が覚めた? 突然意識を失ったから驚いたよ。問題なさそうだったから、とりあえずソファーに寝かせておいたんだけど大丈夫?」
そんな問いかけに、サラは自分がカフェの端に置かれたソファーの上に寝かされ、さらに肌触りの良い毛布をかけてもらっていることに気づいた。
つまり、ルーカスがサラをソファーまで運び、毛布をかけてくれたのだ。そこに思い至ったサラは顔色を悪くする。
「す、すみません……! ご迷惑をおかけしてしまって」
サラは王都に来てから失敗ばかりだと自分を責めた。やはり自分は田舎の村で過ごすべきなのだろうかと落ち込んでいたところに、ホッとするような良い香りが漂ってくる。
「はい。僕の特製ブレンド茶だよ。心が落ち着いて体の疲労を回復させる効果があるからね」
目の前にカップを差し出されると自分の喉が渇いているのを思い出し、サラはありがたくもらうことにした。
「いただきます」
そっと口に含むと、とても優しい口当たりのお茶は体にスーッと染み渡り、本当に体が軽くなる。気持ちも少し前向きになったような気がした。
「このお茶、凄いですね。こんなの初めて飲みました」
「それはそうだよ。魔法使いの僕が淹れたお茶だよ?」
イタズラな笑みを浮かべてそう言ったルーカスに、サラは意識を失う前の会話を思い出す。
「あの、魔法使いって、それは本当に……?」
どうしてもすぐに信じるわけにはいかなかったのだ。魔法使いなんて、本当にいるのかさえ半信半疑だった。
「もちろん。じゃあ、サラに一つ魔法を見せてあげよう」
そう言って笑みを浮かべたルーカスはサラから少しだけ距離を取ると、右手を体の前に突き出した。スーッと横にスライドさせると、それと同時にソファーの近くにあったテーブルの上の植物が、突然花を咲かせる。
「わっ」
さらにルーカスが手のひらを向ける方向を変えると、その度にカフェの中に飾られていた植物が次々と花を咲かせた。
「どう? 信じてくれた?」
無邪気な笑みを浮かべて首を傾げたルーカスに、サラは何度も首を縦に振るしかできない。この目で確かに見た奇跡を、信じないわけがなかった。
(凄い、凄いよ。本当に魔法使いなんだ……!)
興奮から頬が赤くなったサラの前に、ルーカスが跪く。そしてサラを見上げて言った。
「それで、君もその魔法使いなんだけど、それも信じられた?」
その言葉で、気を失う前の会話をさらに思い出した。ルーカスはサラの魔法を発現させると言ったのだ。
しかしサラは、自分が魔法使いだなんて今まで感じたことがない。もちろん先ほどルーカスが使ったような奇跡を起こせたこともない。
「私には、そんな力はないと……」
「ううん。それは鍵をかけられてるからだよ。そもそもサラは魔法使いのことをどこまで知ってる?」
「ほとんど何も……」
「そっか。じゃあ、まずは説明からしよう」
ルーカスは再度立ち上がると指をカウンターの方に向けて、ふわっと一枚の白紙とペンを浮かび上がらせた。それを手元まで引き寄せると、ソファーの近くにあったテーブルで何かを書き始める。
サラは自然と使われる魔法の数々に驚きっぱなしだ。まるで現実感のない体験にふわふわしてくる。
「まず魔法使いとは、魔力器官を体内に有している者のことを言う。そこで作られる魔力を使って、いわゆる奇跡を起こすんだ。そして魔力器官は生まれた時から少しずつ形作られ、基本的には十五歳頃には魔法が発現する」
ルーカスは紙に簡易的な図を書きながら説明していった。
「しかしサラの魔力器官には、他人の魔力によって鍵が掛けられている。それによって十八なのに、まだ魔法が発現していない状況なんだ。こんなこと魔法使いにしかできないから、他の魔法使いがサラに鍵をかけたのだろうけど、誰がなんのために行なったかは分からないね。サラに心当たりはある?」
その問いかけにサラはブンブンと首を横に振る。そもそもサラは今日まで、魔法使いとの縁なんて一切なかったのだ。
「じゃあ、犯人と目的は置いておいて、サラの現状は分かった?」
「はい」
「ただこの鍵はかなり緩んでいて、あと数年で自然と壊れると思う。そもそも魔法の発現をずっと抑えるなんてことは現実的じゃないんだ。そこでいつかは発現するのなら、今ここで発現させちゃったほうがいいと思うんだけど、どうかな」
気軽に「どうかな」と聞かれても、サラに判断するのは難しかった。自分が魔法使いだなんて、青天の霹靂なのだ。どうしても混乱してしまう。
「あの、ルーカスさんはなんでそんなに分かるのですか? 魔法使いの方には他の魔法使いのことが色々と分かるのですか?」
ひとまず気になったことを尋ねると、ルーカスは気を悪くすることなく笑顔で教えてくれた。
「まずこのカフェは現在閉店状態にしてあって、そもそも入り口を見つけることができるのは魔力を持つ人だけにしてあったんだ。だからサラがこのカフェに入れた時点で、魔力を持ってることは確定した」
まさかこのカフェがそんな位置付けだったなんて。サラはかなり驚いて目を見開く。
「誰か魔法使いが訪ねてきたらと思って、扉が開かれたら僕が分かるようにしておいたんだけど、来てみたら知らない顔だったから驚いたよ。魔法使いは数十人しかいないから、基本的に全員の顔を知ってるからね」
最初にルーカスが不思議そうにしていた理由が分かり、なんとなくスッキリする。
「そして魔法使いは、他の魔法使いの魔力を感知することができる。まあ普通は魔法を少し学んだら、すぐ他人に魔力を見られないように隠匿しちゃうから、こうして他人の魔力の状態を見ることなんてほとんどないんだけど」
そう言って笑ったルーカスに、サラは少し顔が赤くなる。自分の心の奥を思いっきり公開しているような気持ちになったのだ。
しかし隠し方が分からず、無意識に胸の前を腕で隠す。
「ははっ、可愛いけどそれは意味がないかな。僕には丸見えだよ?」
「か、可愛いって……それにその言い方はやめてください!」
恥ずかしさが頂点に達して、サラにしては珍しく強めに抗議した。ルーカスがなんだか話しやすいというのも多いに関係しているだろう。
「はははっ、サラは面白いなぁ」
ひとしきり楽しそうに笑ったルーカスは、改めてサラに告げた。
「それで、どうする? 魔法を発現させてもいい?」
サラは今度こそ真剣に考えた。話を聞く限り、そのうち魔法が発現するのは避けられないのだろう。となると、ルーカスがいる今発現させてもらうのが一番な気がしてくる。
「突然発現した人は、どうするのでしょうか」
「基本的には魔法使いの誰かが気づくよ。発現した時の魔力の波動は広範囲に広がって感知しやすいからね。気づいた誰かが本人を迎えに行って、魔法協会に連れて行く」
「魔法協会?」
「魔法使いの組織の名前だよ。でも数十人しかいないし、ゆるっとした組織だけどね。新しい魔法使いを見つけたら魔法協会に連れていって、そこで誰がしばらく面倒を見るか決めるんだ」
サラは色々と考えて、魔法のことを教えてもらうのなら目の前のルーカスがいいなと思った。まだ短い時間しか一緒にいないにもかかわらず、なぜかホッとするような雰囲気があるのだ。
「あの、魔法の発現をお願いします。ルーカスさんに、色々と教えてもらいたいです……!」
勇気を振り絞ってサラが伝えると、目を丸くして驚きを露わにしたルーカスは、すぐに嬉しそうに破顔した。
「それは光栄だね。じゃあ、僕がサラにかかっている鍵を壊そう」
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