その5 身を隠すんです!

翌日、私はハゲドールさんに出ていく旨を伝えた。

ここにいたらまた同じ目に遭うかもしれない。

そう思うと怖くて仕方なかった。


ハゲドールさんもそれを理解してくれて、

私にぶかぶかのローブをかぶせてついて来いって引っ張って行った。

何処に連れて行くんだろうって疑問に思いながらついて行くと、

魔法師ギルドの裏口らしい場所に連れてこられていた。

中からリーゼさんが顔を出して、

ローブで分からないはずなのに私に気付いたのか、近づいてきて抱きしめてくれた。

怖い目に遭わせてごめんなさい、って言われて。


リーゼさんは何も悪くないですって、言おうとしたけど、

なんだか次から次から涙があふれて声が震えてまともに言えなくて。

背中をぽんぽんされながら中に入ることに。

ハゲドールさんは後は頼むぜ、ってリーゼさんに声をかけて、

リーゼさんもありがとうって返して、ハゲドールさんは帰って行った。





個室に案内されて、暖かいミルクを淹れられて、

カップを両手で包みながら一口。


全身に染みわたるような暖かさに、また涙がこぼれるけど、

ぐっと飲み干してありがとうございます、とカップをテーブルに置く。


「まさかあんな目にあうなんて思わなくて・・・

 本当にごめんなさい。

 アナタを職人ギルドに紹介してしまったせいで・・・」


「いえ、リーゼさんは何も悪くないです!

 召喚者なのに何の役にも立てそうもない私が悪いんです・・・」


「違うの、そんなのは関係ないのよ」


「だけど事実ですから・・・」


「・・・」


私は召喚された者。

あの不可思議な空間で、世界を救う為に行動するようなことを言われたことを、今は思い出せる。

なのに今の私はまともに薬も作れない役立たず。

戦う事も出来ず、かといってその補佐的なことも行えず。


本当は、死んでしまったほうが良かったんじゃ・・・


そんなことが頭を占めてしまって、項垂れてしまう。


「ほとぼりが冷めるまでは、ここに居なさい」


「・・・え?」


「前に使ってもらった錬金部屋と、あなた用に個室を1つ、用意するから、

 それでしばらく訓練しながら過ごすといいわ」


「ま、まってください、そんな・・・」


「これは、私がそうしたいの。

 あなたという、一人の人間を助けたいの」


「り、リーゼさん・・・?」


リーゼさんが真面目な表情でそう言い切った後、

私の手を取ってふわりと私に笑顔を向けて、


「あなたははじめての錬金でマナポーションを完成させたわ。

 普通はそう簡単には出来ないものなのに、ね」


「・・・」


「あなたには錬金術の才能がある。

 それも、かなりの、ね」


・・・はじめて錬金術を行なった時、

おばあちゃんの教えのままの錬金術を行使した。

あのときはなんていうか緊張してて必死だったからかな。

とにかくやってやる!っていう考えしかなかったけど。

私は人前では絶対に使うなと言われた禁忌だった魔導錬金術を、使用した。

そのあとも、職人ギルドで何度も。


あ、そっか。

おばあちゃんのあの調剤方法は魔導錬金術だったから、

だから私、元の世界では魔導錬金術師として、殺されちゃったんだ・・・。


・・・あ。

・・・もしかしたら。


同じようにしてたつもりだったのに、

どこかで拒絶していたのかもしれない。

魔導錬金術を使う事を。


忘れていたとはいえ、私が殺された原因だったから。

ううん、思い出した今だからこそ、そうだったんじゃないかって、確信が持てる。


初めて錬金した時は何ていうか必死だったから、そんなこと全然考えていなかっただけで。


だから、あの1回以降は、成功しなかったのかも・・・。


「あの・・・リーゼさん」


「何かしら?」


「覚えてますか?

 私が、魔導錬金術のことを話したの」


「え?えぇ、

 確か禁忌がどうとか言っていたわね」


「私の世界では、禁じられていたんです。

 それこそ、使っただけで殺されてしまうほどに」


「・・・もしかして」


「はい、多分、私、それで殺されちゃったんです」


テーブルのカップを見つめたままそう言い切り、

これからどうすればいいだろう、と考える。


今のままではたぶん、私は魔導錬金術を使えない。

きっと心と体が拒絶してしまう。

それではどれだけ練習したって、絶対に成功しない。


「・・・分かった。

 なら無理に錬金術を使わせても酷なだけね」


「・・・」


「でも、錬金部屋と個室は用意するから、

 しばらくは自由に使ってちょうだい」


「え、いえ、あの」


「錬金部屋といっても、あなたのいう魔導錬金術しか出来ないわけじゃないわ。

 アナタの世界にも、そうじゃない錬金術もあったのじゃないかしら?」


「あ、はい、あります。

 化学錬金術です」


化学錬金術。

魔導錬金術とは違い、一切の魔力を使用せずに行われる錬金術。

物質どうしを混ぜ合わせる際に発生する化学反応を利用したもの。

学問的な意味もあり、また、誰が行っても同じ結果になることから、

様々な研究が行われていて、広く活用されていた。


「ならそちらでもいいじゃない。

 あと薬学関係も出来る環境はあるわ。

 もともと薬剤師だったらしいし、そちらなら問題ないでしょう?」


「・・・えーと、はい、多分」


化学錬金術は全然勉強していないからよく分からない、

けど、そちらなら多分大丈夫。

薬剤関係も問題ない、うん、大丈夫。


「でも、本当にいいんですか・・・?」


「いいのよ。

 むしろ助けさせて頂戴?

 いきさつはどうあれ、怖い目に遭わせてしまったのは確かなんだから」


「リーゼさん・・・」


ここまで言われちゃったら、もう断れない・・・かな。よね?

私に出来る事、探してみよう・・・かな。


「お世話に、なります」


「えぇ、よろしくね。ルミナちゃん」



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あれから2日。

私はリーゼさんの勧めのもと、錬金部屋でこの世界の錬金術や調剤の本をお借りして、

色々と勉強しながら調剤、調合を行なった。


この世界での錬金術の殆どが、魔力を行使してのもので、

私の世界でいうところの魔導錬金術が殆どだった。

そのために私が使用できそうなものがほぼなかった・・・。


代わりに薬学、調剤関係は多分化学錬金術に近いのもあったんだと思う。

というより、私がおばあちゃんから学んでいた薬剤の知識って、

効果の高いものや希少なものは魔導錬金術だったんだと思うけど、

それ以外の普通に使うものの殆どは化学錬金術だったのかもしれない。

こっちはすんなりと頭に入っていく。


そうなると実際に作りたくなるのが人の常だよね。

リーゼさんにお願いして材料を確保。

私は覚えたものを片っ端から作っていった。


傷薬、軟膏、丸薬、飲み薬、栄養剤(飲み物と錠剤両方)、解熱薬とどんどん出来る事が増えていく。

出来る事が増えるとやっぱり楽しいもので、もっと色々なことが出来るようになりたい、と

新しい本をお願いしようかなと店頭でお店番しているだろうリーゼさんのところに向かおうとして、

聞き覚えのある声がして足を止めた。


「お帰り下さい」


「頼む、会わせてくれ!」


「お帰り下さい」


声が聞こえた瞬間、足が震えだす。

息ができない、苦しくなる。



あの、王子様の声だった。



「ここにいるんだろう?

 分かっているんだ、だから」


「居ようがいまいが殿下には関係なきお話しです。

 お引き取り下さい」


「だが・・・!」


「これ以上かような場所であなたのような方に居座られていると、

 業務に多大な影響を及ぼします。

 王宮にご報告させて頂くことになりますが」


「うぐ・・・わ、わかった・・・」


・・・声が聞こえなくなる。

だけど同時に私の気も遠くなっていく。

息が、できなくて・・・苦しくて・・・。


私はその場に倒れてしまうのだった。



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「・・・あれ」


「気が付いたかしら?」


目を覚ますと、そこは借りている個室だった。

横にはたまたま様子を見に来ていたのかな、

リーゼさんが部屋から出ようとしていたところだった。


「あ、あの私・・・」


「休んでなさい、理由は分かっているから」


「は、はい・・・」


その言葉に甘えて、私は上を向いて目を瞑る。

あの王子様はまた私に会いに来た・・・んだと思う。

だけど何のために?

何をしに?

私にトドメを刺す為?


わからない。


或いはまた、召喚者として戦いに行けと追い出そうとしに来たのかもしれない。


私が一体何をしたというんだろう。

確かに元の世界では、私もあまり自覚していなかったとはいえ、

禁忌と言われていた魔導錬金術を行使していた。

だけど、その罰は死を持って償ってる、はず。だよね。

なのにこの世界に召喚されて、何故か生きるのにも四苦八苦しながら、

しかも命まで狙われた。


私が一体何をしたというんだろう。


涙があふれてくる。


とめどなくあふれる涙を無視して、私は嗚咽を殺しながら無理やり眠ることにした・・・。

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